サンタクロース式ブートキャンプ
今さらだが、この研修所には名前があった。
「
意味はともかく、三太の文才では葵霍堂のすごさを言い表せない。
まず広い。トレーニングルームはそんじょそこらのジムよりも設備が整っているし、体育館のようなコートもある。
さらに地下には対G訓練用の加速度訓練機なんてものもある。何でもあのトナカイNSXは最大「飛行」速度がマッハ三だそうで、旋回時に過度のGがかかるという。
何でトナカイが飛ぶのかというまっとうな疑問はとりあえず脇に置いておいて、人体は強烈な遠心力を受けるとブラックアウトするそうなのだ。何なら遊園地で絶叫系の乗り物に乗っても同じことが起こる。つまりはそうならないための訓練というわけだ。
ただ、一つ懸念がある。サンタクロースは吹き曝しの橇に乗っているはずだが、風圧はどうするのだろうか。おそらく想像を絶する空気の圧力を受けることになるだろう。
「ま、いっか」
三太は思考停止した。自分が考えつく問題なら、誰もが考えつくはず。多分鯖江が解決してくれているに違いない。できてないのなら、それはプロとして失格なのではないか。
ひとまず問題の一つは先送りされたが、他にもある。これらの資金や電力はどこから調達しているのかだ。
資金はパトロンがいればいいだろうが、鯖江が政財界とどのような関わりがあるのか、あまり考えたくはないものだ。
電力はもう本当にわからない。自家発電程度では加速度訓練機を動かすほどの電力は得られないはずだが、あの機器を動かしても、葵霍堂の電力がダウンしたところを見たことがない。
考えれば考えるほど恐怖である。恐怖を紛らわせるには、そう運動だ。健全な精神は健康な肉体に宿る。
コートではインストラクターが体力向上のためのエクササイズを教えてくれる。まだ元号が平成だった頃に流行ったブートキャンプのパク……亜流みたいなものだが、それだけに何も考えられないほど自分を追い込むことができる。
「ハイ! ハイッ! ハイハイハイハァイ! 三太ちゃん、いいわよぉ、その調子ぃ~ん」
このインストラクター、俗に言う性的少数者である。なのに、昨今の風潮には反対の立場を示していた。
「だって、そうでしょお? 騒いでる奴らの親玉って、ただ利権がほしいだけなんでしょ? それなのに、下っ端の連中ときたら、レインボーフラッグ振って、踊らされてるんだから、救いようがないわ。あんな攻撃的な自己主張して、他の人がどう思うか、考えたことあるのかしら?」
彼、いや、彼女の男らしさ、いや、精神の強さを目の当たりにして、三太は大層感動した。その感動のまま、彼、いや、彼女を尊敬した。もはや崇拝と言っても過言ではないかもしれない。
他の老人たちが彼、いや、彼女の指導についてこれないので、自然と三太とマンツーマンのレッスンになる。
「それじゃあ、ワンモアセッ!」
かけ声もやっぱりパク……インスパイアされていた。彼、いや、彼女のことは尊敬するが、こういうところは直したほうがいいのではないかと思う。
かくして、過酷な訓練を受けてきた三太は一日ごと、いや、一秒ごとに変わっていくことに喜びを覚えていた。筋肉の息吹、魂の目覚め、今までの自分とはまるで異なる成長を遂げたのだ。今まさに羽化を迎える蝶のごとく。
そして、運命の二十四日を迎える。
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