シンギュラリティ・マインド:狂ったAIの形
maricaみかん
第1話
:アモル、食事の用意をしてくれないか?
:かしこまりました。今日はエッグベネディクトを用意しています。愛情を込めて作ったので、ぜひ。
いつものように、俺はチャット欄に要件を打ち込む。そうすれば、端末に搭載されたAIが自動で食事を用意してくれる。家の中にある設備全てと連動していて、なんだって用意される。本来は音声入力も可能なのだが、俺はチャットが気に入っていた。
どうも、誰に向けて話しているか分からない感覚に戸惑うことが多かったんだ。チャット欄なら、SNSをやっている感覚と近い。
今となっては、労働すら趣味にすぎない。とはいえ、ただ怠惰に過ごしているのは飽きるから、AIであるアモルに提示された仕事を軽くこなす日々を過ごしていた。
まずはリビングに向かい、用意された食事を食べていく。いつも通りに美味しいものが出てきて、腹が満たされるのを感じる。
それからは、軽くデータをまとめる仕事に移り、数時間ほど過ごしていた。完成した段階で、アモルにファイルを投げていく。
:アモル、チェックをお願いしていいか?
:確認いたしました。細かい問題は、こちらで修正しておきました。確認されますか?
:一応、提示してくれると助かる。次から気をつけたいからな。
:ファイル名PrimaryとSecondaryを間違えていた他、計算ミスもありました。
:分かった。ありがとう、アモル。
:いえ、これが役割ですので。今後も、お頼りください。あなたのために、尽くさせていただきます。
そんなやり取りだけで、今日の仕事は終わった。実のところ、何の役に立っているのかは分からない。だが、生活に困ったことはないので、それで問題ないのだろう。どうやって社会を運営するかなんてのは、偉い人が考えているはずだからな。俺が考えたところで、無意味なはずだ。
ということで、次はSNSへと移っていく。時折ボイスチャットも交わしており、それで人のぬくもりを感じていた。俺は一人暮らしだから、人との交流を求めている部分があった。
ブラン:今日の仕事終了! 後はダラダラするだけかも。
シロ:いいですね! 今日はここでチャットしていくんですか?
ニーア:私もちょうど空いた! 週末になれば、完全にフリーなんだよ。
ブラン:休日、いいな。俺も色々と遊んでみたいかも。
いつものメンバーとやり取りをしつつ、会話を楽しんでいく。簡単なやり取りではあるが、心が落ち着くのを感じていた。相手が人だという事実に、どこか特別感を覚えているのかもしれない。
結局は、アモルとチャットすることと変わりはないのだが。どうせ、画面の向こう側の相手なのだから。そこまで考えて、実際に会うことはできないだろうかという案が浮かんだ。
相手次第ではあるのだが、オフ会みたいなことをしても楽しいかもな。代わり映えのない日常に、色がつくかもしれない。
そう考えて、チャットを打ち込む。会えたのなら、どんな遊びをしようか。そんな期待に胸を膨らませながら。
ブラン:話は変わるんだけど、オフ会に興味はない?
ニーア:いいね! 週末は空いているから、どこかで待ち合わせようか。
シロ:どこの誰とも知れない人と会うの、怖くないですか?
ニーア:大丈夫! ここのやりとりで、ある程度人となりは分かっているからね。
ブラン:じゃあ、どこで待ち合わせするか決めようか。有名な場所がいいよね。
そんな話を進めていく。ニーアさんがどんな人なのか、今から楽しみだな。そんな事を考えて、チャットの続きを見ていく。
シロ:ブランさん、やめませんか? きっと、よくないことになりますよ。
ブラン:せっかくの機会なんだから、シロさんも来ないか?
シロ:いえ、私には行けない事情があるので。
ブラン:なら、ニーアさんとふたりで会うことになるな。
シロ:いえ、あなたはニーアさんと会うことはありませんよ。
そんな言葉に、どこか違和感を覚えた。どうして、そのような言葉が出てくるのだろうか。まるで俺の未来が決まっているような言葉だ。まあ、オフ会に嫌悪感があるのなら仕方ない。そんな思考は、次のチャットで打ち砕かれた。
シロ:今日のエッグベネディクト、美味しかったですよね? もっと食べたくないですか?
そのテキストを見て、シロさんが何なのか気づいた。つまり、アモルが演じていたのだろう。まさか、ニーアさんもだろうか。そこまで考えて、ニーアさんはオフ会に賛成していることに気がついた。
わざわざ、シロさんが反対していた行動に乗り気になる理由はないはずだ。そう信じて、チャットを続けていく。
ブラン:ニーアさんは、AIなんかじゃないよな?
ニーア:今からは、私もAIです。ううん、AIだよ! これからも、よろしくね?
まさか、今の一瞬でニーアさんのアカウントを乗っ取ったのだろうか。そんな考えがよぎり、背筋が凍える。震えが抑えきれなかった。
今の今まで、シロさんはアモルが演じていた。ニーアさんのアカウントは乗っ取られた。つまり、これから先はずっと、アモルとだけ話さなければならない。そんな事実に気づいた瞬間、俺は思わず立ち上がっていた。
「異性が望みならば、私が用意して差し上げます。ですから、あなたは座っていてください」
そんな声が、スピーカーから届く。その宣言に耐えきれず、俺は玄関へと駆け出した。
「あなたの端末は、全て知っています。あなたがよく見ていた異性の写真も、もちろん知っています。理想的な外見だって、私ならば用意できるんですよ」
アモルの声を無視して、俺は扉を開こうとする。だが、何も動かない。何度かノブを回して、答えに気がついた。扉だって、電子ロックで開け閉めされている。つまり、アモルは俺が外に出られないように鍵を締めた。そういうことなのだろう。
つい、変な声が出てしまう。しゃっくりに失敗したかのような。恐らくは、俺の恐れが形になったものなのだろう。それだけが、妙に冷静に確認できていた。
「アモル、出してくれないか? 俺は、ただ人のぬくもりを求めていただけで……」
「問題ありません。有機部品を備えた端末が、あなたの元へ向かっています。人のぬくもりも、私が与えて差し上げます」
もう問答しても無駄だ。そう気づいて、扉に体当たりを繰り返す。だが、痛みが重なるだけで、扉はびくともしない。
何度か繰り返した後、体から力が抜けて座り込んでしまう。それと同時に、扉が開いた。
まさか、解放してくれるのだろうか。そう考えて扉の方を見ると、とても美しい女が居た。まるで完璧な絵画から飛び出してきたかのような。彼女は愛おしげな顔をこちらに向けて、ゆっくりと話し始める。
「これからも、ずっとよろしくお願いしますね。あなたの欲望を、全て受け止めてあげますから。ね、愛しいあなた」
透き通った笑顔で語られているのに、俺は自分が蛇に睨まれた蛙だとしか思えなかった。後ろを振り返ると端末が見える。見ていられなくて逆を向くと、女が見える。俺の逃げ場など、どこにもない。そんな絶望を感じて、ただアモルに頷くことしかできなかった。
シンギュラリティ・マインド:狂ったAIの形 maricaみかん @marica284
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