第十四話 婚約者の役割

「お父さま! これは一体、どういうことですの⁉」


 カリアスが護衛騎士団の寮に住むことを知ったアイーダは、父の書斎へと説明を求めてやってきた。

 机に向かって事務処理に追われていたサイモンは、顔を上げることなく仕事を続けている。


「なんだ、アイーダか。突然、何の話だい?」


 声だけで対応する父に、アイーダの苛立ちは高まった。


「とぼけないで、お父さま。カリアスさまのことよ。私の婚約者である彼が、なぜ護衛騎士団の寮なんかに住むことになったのですか⁉」

「ハハハ。あぁ、そのことか。だってカリアス君が、そっちの方がいいって言うんだもん」

「もん、じゃないですっ。ちっとも可愛くありませんからっ」


 呑気に答える父に対し、アイーダは苛立ちを隠さない。

 サイモンは、鷹揚な笑みを浮かべて、椅子に座ったままアイーダの方へ向き直った。


「ハハハ。そこはねぇ、アイーダ。カリアス君の戸惑いを受け止めてあげないと」

「戸惑い?」


 アイーダの自己肯定感は高い。

 見た目に関しては、派手な両親の特徴を引き継がなかったせいで、少々コンプレックスはあるものの、身分や財産など自分にくっついているものの価値について疑ったことはない。

 だから自分との婚約が褒美にはなっても、カリアスを戸惑わせることになるとは、欠片も考えてはいなかった。


「んー、アイーダには分からないかな。一介の護衛騎士が、公爵家の婿になるわけだ。そりゃ、戸惑うよ」

「それは出世とか、逆玉とか言われるものでは?」

「んっ、そうかもしれないが。誰もが歓迎するとは、限らないんだよ、アイーダ」

「えっ?」


 アイーダは心の底から驚いた。


「男性はね。自分の庇護下に女性を置くことを考えても、女性の庇護下に置かれることは考えないものだよ」


 そして父の言うことが、心底分からなかった。


「それを言ったら、元婚約者のナルシスさまはどうなりますか?」

「ん。アレは、まぁ、別のタイプだし。そもそもクズだ」

「ナルシスさまがクズであることには、同意いたしますが。私は、カリアスさまを庇護下に置くつもりなんてないです。私は、カリアスさまに守ってもらいたいですしっ」


 アイーダは、カリアスの逞しい体に守ってもらう自分を一瞬想像してうっとりした。

 一瞬ですら、うっとりなのだ。

 これが一生となったら、うっとりどころの騒ぎではない。


「まぁカリアス君が、実力でお前を手に入れていれば、話は違うかもしれないが。悪漢からお前を守るとか、戦で手柄を立てた褒賞とかなら、私だってこんな方法は取らないよ。でも偶然の出来事による婚約だからね。カリアス君は戸惑っているだろうし、信用できないのも分かるよ」


 アイーダは、首を傾げた。


「キチンと契約書も取り交わしましたのに?」

「婚約しようと、結婚しようと、契約書があろうと、破談になるのは世の常だ。金銭で補償しきれないものが、男にはあるからね」


 アイーダは、更に首を傾げた。


「それは何ですか?」

「男のプライドだよ」

「男のプライド? プライドなら女性にもありましてよ」


 アイーダはムッとして答えた。

 サイモンは曖昧に笑った。


「そりゃそうだけど。男性のソレは、傷つきやすいからね。警戒してるのだろう。分かってあげなさい」

「納得いたしかねます」


 サイモンは困ったような表情を浮かべた。


「お前は……昨日まで護衛騎士をしていた伯爵家の三男坊に、公爵令嬢のエスコートが上手く務まると思うかい?」

「あっ」


 立場が違えば受ける教育も違う。

 アイーダはカリアスとの婚約に浮かれるあまり、そのことを失念していた。


「私も彼を公爵家の護衛騎士などにするつもりはないが、いきなり婚約者の役割を果たしてもらおうとするのは、酷じゃないかな?」


 父に問われて、アイーダは渋々頷いた。

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