第十話 荒れるナルシス
「私のっ! 婚約がっ! 無しになるっ! なんてっ! ありえないっ!」
ナルシス第三王子は怒りのあまり、ガリガリの体を戦慄かせながら叫んだ。
ここは王宮内にあるナルシスの自室だ。
役に立たない第三王子と呼ばれていても、そこは王族。
王宮内に部屋くらいは持っている。
ただ、三兄弟のなかで一番小さく、国王の部屋から一番遠い。
冷遇の証である位置関係だが、今日ばかりは有利に働いた。
叫びたい放題である。
ナルシスは細い体を怒りに震わせ、訴えるように手を広げ腕を振り回しながら、狭い室内をグルグルと歩き始めた。
「あのクソ生意気な公爵令嬢がっ! 護衛騎士なんぞの胸を揉むからっ!」
ナルシスは、猫足の椅子に足の小指をぶつけてはうなり、テーブルの角に手の小指をぶつけてはわめきたて、クローゼットの扉に腕をぶち当てては怒り狂った。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいませ、ナルシスさま」
危うく落ちそうになった花瓶を抱き留めながら、愛人であるミーシャ・ワイズ男爵令嬢は彼に優しい声をかけた。
「だが、ミーシャ! とても落ち着いていられるような状況じゃないっ!」
大きく腕を広げたナルシスの右手の先で、銀盆がガシャーンと音を立てて床に落ちた。
ミーシャはだめるように白く細い指を、彼の細い腕に絡めた。
そして甘ったるい声で囁く。
「ナルシスさまは、あんな赤毛で赤目の地味なちんちくりん女に、未練がおありなのですか?」
ミーシャは美しく整った可愛らしい小さな顔に、少し嫉妬の混ざった拗ねるような表情を浮かべてナルシスを覗き込む。
アメジスト色の瞳に見つめられ、細身なれど豊満な胸を自分の細い腕に押し付けられたナルシスは、だらしなく目じりを下げ、口元を緩めた。
「そんなわけないでしょ。あんな公爵令嬢より、ミーシャの方が好きだし。私はあの女に未練とかないの。未練があるのはロドリゲス公爵家のお金のほうだよ」
「まぁ、そうでしたの。安心しましたわ」
ミーシャはゆったりとした余裕のある笑みを浮かべると、踊るように優雅なしぐさでナルシスから離れた。
「それで、今回のことを国王陛下は何とおっしゃっているのですか?」
「ん? 父上か?」
ナルシスは顔をしかめると嫌そうに説明を始めた。
「公爵家との結婚は政略的なもので、ロドリゲス公爵家の財産を減らすことが私の役割だったわけよ。それがポシャッちゃったから、お怒りプンプンではあるな」
「そうなのですね……ですが、このミーシャ。どのような状況になったとしても、ナルシスさまの味方ですわ」
「ん、ありがとうミーシャ」
ナルシスは機嫌よくミーシャの細見で巨乳な体をキュッと抱き込むと、高く結い上げられたピンク色の髪に沢山のキスを落とした。
ミーシャはスッと顎を引き、アメジスト色の瞳に何やら思惑ありげな気配を浮かべていた。
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