第九話 カリアス・テオバルト二十歳
王宮所属の護衛騎士、カリアス・テオバルト二十歳は、婿入りを控えて周りを戸惑わせていた。
黒の短髪に茶色の瞳をした精悍なその男は、身長は二メートルを超え、褐色の肌の下に分厚い筋肉を携えている。
伯爵家の三男として生まれ、継承すべき爵位や領地のない男は、立派なゴリマッチョに育った。
そして王宮護衛騎士団、期待の星となり現在に至る。
彼は漢だ。
とても頼りになる。
婚約式の後も決められたスケジュール通り鍛錬をこなし、担当業務にも抜かりはない。
以前と同じ様子のカリアスを見て、周りの者たちは戸惑った。
突然決まった婚約と婿入りなのだから動揺したって当然だと、周りの者は思ったからだ。
なのにカリアスは、上司も、同僚も、家族すらも戸惑うほどの平常心を保っている。
本当に事態を理解しているのか?
周囲の者たちは戸惑いと不安を抱えていた。
しかしカリアスは、それらを丸っと無視して、婿入りの準備を淡々と進めている。
周りの者からしたら、ちょっと遠征に行ってきます、くらいの気楽さにめまいを覚えるほどだったが、当人に感情の乱れはない。
「突然決まった婚約なのに、随分と余裕だな」
同僚が軽い口調で言うと、カリアスは体に比べると随分小さく見える顔をコテンと横に倒し、キョトンとした顔で言う。
「婚約っていっても、相手は公爵家のご令嬢だし……まぁ、あれだ。一番近いところでご令嬢を守るのが、オレの仕事ってことだろ?」
「違うからっ!」
同僚は思わず大声で否定したが、カリアスは精悍な顔にキョトンとした表情を浮かべている。
「アレとか、コレとか、あるだろ? そのための婚約期間じゃないかっ」
「そうだぞ、カリアス。一年の間に、婚約者の心をしっかりゲットしないと、結婚生活が大変になるんだ」
カリアスは、ポカンとした表情をして言う。
「結婚生活?」
声もどこかポカンとしている。
周りにいた者は頭を抱えた。
「おいおい。マジで大丈夫か? カリアス」
「そうだよ、カリアス。婚約したら公爵令嬢をエスコートするのも、お前の役目じゃないか」
「令嬢をうっとりさせるテクニックとか、勉強しとかなくていいのか?」
カリアスは周りの者がガヤガヤと騒ぎ立てる内容が全く分からないといった様子で首を傾げた。
「お前っ……可愛らしく首を傾げている場合か?」
「ちょっと待てよ。お前、もしかして夜伽教育とか受けてないんじゃ……」
「ああ、受けてないよ。オレは三男だから必要ないと思って」
カリアスの真実を知り、周りの者たちは卒倒寸前だ。
「お前っ!」
「なんてことだっ!」
「カリアス、公爵家には、いつから入るんだ?」
「ん、明日から」
「大変だっ!」
「誰かっ! 誰か、夜伽の本を持ってこいっ!」
周りの者は彼のことを、とても心配していた。
カリアスは逞しく、力強く、とても勇ましい。
しかし、色恋沙汰にはとんと疎い武骨者。
結婚と戦場は似て非なるものなのだが、どこまで理解しているのか。
そもそも戦場に出たこともないカリアスに、戦場に例えられる結婚生活が耐えられるのか。
恋愛ってなにそれ美味しいの? と言い出しかねない人物。
それがカリアスなのだ。
彼はとっても漢なのである。
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