第四話 筋肉と貴族

 ペクタルマス王国では、女性が男性の胸を触ると婚約が成立するという不思議な習慣がある。

 この国では、高位貴族にガチマッチョは少ない。

 いや、ガチどころか細マッチョすら見つけるのが困難なのである。

 なぜなら、筋肉とは野蛮なものとされているからだ。


 護衛に囲まれて育ち、自らの肉体を自ら守る必要すらない貴族男性にとって筋肉は、もはや醜いモノに分類されていたからだ。

 モリモリと盛り上がる筋肉は、貴族を彩る貴族服を着るときには邪魔になる。

 しかも筋肉は、力の証。

 知略を尽くす社交の場で、威圧するような力の見せつけ方をするなど無粋ではなかろうか?

 そんな論調が出てきてから久しい。

 ゆえにこの国の高位貴族は、あえて筋肉をつけない。

 鍛錬をサボりたいという怠惰な気持ちではなく、あえて筋肉はつけないのだ。

 ……ということになっている。


 そもそも贅沢することが可能な貴族たちにとって細い体を維持することは、自制を求められることに他ならない。

 自堕落に見えがちなノン筋肉な細い体は、実際には努力の賜物なのである。


 とはいえ、筋肉不要論は、継ぐべき爵位のある者にだけ有効な理論だ。

 また継ぐべき爵位がなくとも、領地経営などで収入が得られるのであれば、筋肉など要らない。

 しかし貴族の家に生まれても、爵位が低かったり、貧乏だったり、第二子以降で爵位を継ぐ予定のない者にとっては筋肉は武器になる。

 爵位を継げない貴族にとっての将来設計は、武官になるか文官になるかの二択だからだ。

 

 爵位がないということは継ぐべき屋敷や財産もないということだ。

 そうなれば仕事をして稼ぎ、家賃を払って生活していくしかない。

 実際には独立のための準備金やらなんやら支給されるのが常だが、貴族だからって金持ちばかりではない。

 貧乏でなくても、既にある屋敷の維持管理だけで手一杯という貴族も多いのだ。

 だから貴族出身であっても爵位がないなら問答無用で職を持つ。

 それがこの世界の常識なのである。


 文官になるなら知力が必要だ。

 実家に力もなく、知力もないとなると文官になるのは難しい。

 命の危険と隣り合わせの武官よりも、文官のほうが人気の高い職業だ。

 よって知力を武器にするつもりなら、激しい競争を勝ち抜く必要がある。

 文官への道は厳しい。


 実家に力もなければ金もない、しかも本人の頭が……となると武官一択である。

 武官になるなら筋肉は必要だ。

 そこで一気に筋肉の需要は高まる。

 そして筋肉の地位が低いのも、この辺に原因があるのだ。

 爵位を継げない、地位が低い、勉強よりも筋肉育成したってことは頭もイマイチってことですよね? みたいな流れである。

 よって筋肉マッチョは地位が低い。


 華麗な貴族服映えする体を必死で維持している高位貴族からしたら、なんとかノン筋肉な体を肯定したいのだろう。

 そうでなければ、国を守る兵士の賛美されるべき筋肉に対して、不要論などでてこないはずだ。

 アイーダは、そう踏んでいたし、実際近いところを突いていると思っている。

 健康の維持増進のために少しは筋肉つけたらいいのに、と思うほど夜会で見かける高位貴族はガリガリだ。


 それに対し、継ぐべき爵位のない貴族令息たちの体は、マッチョである。

 文官志望の貴族であっても、念のため、筋トレは欠かさない。

 それが爵位無し貴族の生命線とでも言うように、割とこの層の筋トレ率は高いのだ。

 

 夜会に出る必要などないから、夜会に出てくることは少ないが。

 護衛騎士などは貴族出身者も多く、要するにこの辺の人たちで固められている。

 よって夜会に出れば、見ることは出来るのだ。

 素晴らしい筋肉マッチョメンたちの姿を。


 もっとも、この層の男性たちは、貴族令嬢の結婚相手として相応しくはない。

 ゆえにダンスの相手にはならないのだ。

 もっぱら目の保養である。

 見るだけでお触り禁止物件なのだ。


 しかしアイーダは知っている。

 物欲しげに彼らを物色している令嬢たちも、一定数いることを。

 結婚相手として相応しければ、ガリガリとマッチョ、どちらを選ぶのかは火を見るよりも明らかな令嬢もかなりの人数いるのである。


 彼らは売りには出てない。

 令嬢たちにとっては、実に残念なことだ。


 筋肉マッチョメン好きなら平民兵士のほうが良いのではないか、と疑問に思われる方もいるだろう。

 しかし、平民と貴族では食糧事情が違う。

 平民の場合、しっかりと締まった細マッチョが多い。

 胸板厚々のゴリマッチョが好みであれば、やはり貴族の子息へと視線が向いてしまう。


 アイーダの観測によると、ゴリマッチョを探すなら伯爵位の三男くらいがちょうどよい。

 貧乏過ぎず、裕福過ぎず、ちょうどいい塩梅のゴリマッチョが育つようだ。

 まるで損益分岐点のように、伯爵位の三男くらいがちょうどよい仕上がり具合になっているのを、アイーダは何度も目撃した。


 そして彼を発見したのだ。

 ほどよい好みのゴリマッチョの、彼を。

 短い黒髪に彫の深い顔立ち。

 切れ長の目には小さな茶色の瞳。

 眼光は鋭く、周囲の異変を欠片たりとも見逃さないぞ、という意思を感じさせた。

 立派過ぎる体は、他の男性たちよりも頭1つ分ほど高いので、とても目立つ。


 推せる。

 アイーダは、何度そう思ったか知れない。


 アイーダが、がっつり雄っぱいを揉んで婚約に至ってしまった、黒の短髪と茶色の瞳をした彫の深い精悍な男前。

 その男性こそテオバルト伯爵家の三男で護衛騎士、アイーダ一押しのゴリマッチョ、カリアスその人だったのである。

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