カモカモ カモシカ カモカモ

しゃぼてん

カモカモ カモシカ カモカモ!

 首都トーキョーでブラック企業(その名も株式会社ブラック)の会社員をしていた俺は、ある日、部長に呼び出された。


「小森君、君にはナコヤ支社に行ってもらうことになったよ」

「ナコヤ支社……」


 それは、社内で追い出し小屋と呼ばれている場所だった。


「ほら、君、残業代ももらわず残業なんてやってられない、と文句を言っていたじゃないか。それをたまたま社長が聞いていてね。やる気のない社員はうちにはいらないと仰られた」


 俺が働いている株式会社ブラックでは、サービス残業が当たり前だった。昔はホワイトな会社だったらしいけど、俺が入社する頃にはひどくなっていた。特に今の社長になってから年々ひどくなる。

 夜遅くまで毎日働いて、土日まで仕事をするのが普通。毎日くたくたに疲れ果てて仕事をするだけ、プライベートの時間なんてありはしない。おかげで三十になっても俺は独身だ。

 だけど、この勤務形態に文句を言った俺は……


「だから、ライフワークバランスを重視する君には、ナコヤ支社に行ってもらうことになった」


 ……左遷された。とばされた。


「よろこびたまえ。君は来週からナコヤ支社長だよ」

「支社長? それじゃ、給料はあが……」

「いや、ナコヤ支社長の給料は本社の新卒初任給と決まっている」

「はぁ?」


 つまり、社内で一番低い給料しかもらえない。今より給料ダウン。


「向こうは社員寮完備、仕事が楽で、物価が安いからそう決まっているんだ。なにせ社員は君一人、仕事は隣の施設の管理だけなんだから。これでも給料泥棒みたいなものだよ」


 社員は俺一人? さすがは追い出し小屋。



 こうして俺はトーキョー本社から追放され、ナコヤに引っ越すことになった。

 だけど、ナコヤはトーキョー、オサーカに続く国内で三番目に大きな大都市だ。

 給料が安くてやりがいがなくても、仕事が楽なら、きっとナコヤでの生活も悪くないさ、と俺はポジティブに受け止め、転勤した。


 ナコヤ駅の高層ビル群を見た時、俺は希望に満ちていた。

 そこからずっと電車に揺られて支社のあるモリヤマ区の最寄り駅に着いた時もまだ。けっこう田舎だなっとは思ったけれど、生活するには不便はなさそうだから落ち着いていた。


 そこからずっとバスに乗って、車窓から古墳ミュージアムの看板を眺めていた時も、まだ。

 そして、支社から一番近いバス停に降り立ち、スーツケース片手にマップを頼りに山道を歩きだした時、俺は叫んだ。


「ナコヤ市って、都市じゃないのかよ!」


 周囲にあるのは山だ。たまに畑や果樹園がある他は、ひたすら山だ。

 人口減少で、ニホン国は過疎地が増えて、以前人が住んでいた場所が山に戻ったりしているらしい。

 たぶん、この辺もそうなんだろう。いや、でも、ここは昔からなのかもしれない。最後のバス停から先、錆びついた果樹園や古墳の看板がたまにある以外、廃墟すら見かけない。


「ここまだナコヤ市だよな。このままじゃ、支社につくこともできずに遭難しそうだ……。この山、危険な動物とかいないだろうな」


 俺がつぶやいていたら。


「そんな危ないのはいないよ。キツネ、タヌキ、イノシシは沢山、サルやカモシカもちょくちょく見かけるけどね。兄ちゃん、どこに行きたいの?」


 通りがかりの農家のおばあさんが話しかけてくれた。


「あ、こんにちは。株式会社ブラック、ナコヤ支社を探しています。住所は……」

「ああ、加茂さんとこの新しい子だね。ほら、そこを曲がって……」


 俺はおばあさんに案内してもらって、ようやく支社に着いた。

 支社の建物は林の中の小さな木造平屋の一軒家。動物のマークであるわが社のロゴの看板が掲げられている以外、ただの粗末な家にしか見えない。

 さすが追い出し小屋。本当に小屋だ。


「ここか……」


 俺はドアを叩いたけれど、中からは返事がない。ドアノブをつかんで引っ張ると開いた。


「こんにちはー」


 建物の中は、会社や事務所というより、普通の家の中のように見える。


「はい、こんにちは」


 声が後ろから聞こえた。びっくりして振り返ると、入り口のところにおじいさんが立っていた。


「新しく来た人だね」

「あ、はい。新支社長の小森と申します。あの、前任者の久世さんですか?」

「いやいや。久世君はもう4か月も前に辞めたよ。わしは加茂。まぁ、パートのじぃさんとでも思っててくれたらいい」

「あの、この支社ってどうなっているんでしょうか? 近くに家具家電完備の社員寮があると聞いたんですが」

「ここが事務所兼社員寮だよ。ほら、早く中にはいりなさい。お茶でもいれよう」


 加茂さんはまるで自分の家であるかのように、俺より先に靴を脱いで家の中に入った。

 お茶を飲みながら、俺はたずねた。


「施設の管理が主な業務だと聞いたんですが。その、施設はどこにあるんでしょうか?」


 俺が見る限り周囲には林しかなかった。


「君が管理するのは隣の古墳だ」

「となりのこふん? こふんの管理? 途中で古墳ミュージアムの看板見かけましたけど、まさか、こふんって、あの古墳……」

「この辺りは古墳が売りでな。昔は近くにフルーツパークがあって果樹園も多かったが、人口減少でだいぶ減ってしまった。あとは……この山は霊山としても有名だ」

「要約すると、ここには古墳しかなくて、俺の仕事は古墳の管理なんですね」

「そうだ」


 さすが追い出し小屋だ。まさか、施設管理って、古墳管理だったとは。



 こうして、俺はナコヤ市の端っこの山の中で古墳管理人になった。仕事の内容は加茂さんが教えてくれた。草を刈ったり古墳の修理をしたり、って感じだ。

 ある日の夕方。


「はぁ。思った以上にきついな。追い出し小屋。健康にはよさそうだけど。町は遠くて遊びに行けないし、近くに住んでいるのは加茂さんだけだし。このままここで年取って一人で死ぬことになる、とか考えたら、きついぞ」


 嘆いていた時、徒然、玄関の方から子どもの声が聞こえた。


「カモカモカモシカカモカモ!」 


「近所の子ども?」と思いながら、ぼーっと玄関の方を見ていると、ドアがどんどん叩かれた。

 ドアを開けると、幼稚園児くらいの小さな女の子がいた。白黒濃淡の毛の長いふわふわした服を着ていて、ヘッドバンドでもつけているのか、小さな角が二本はえているみたいに見える。


「カモカモカモシカカモカモ!」

「え?」

「カモカモ? カモシカ カモカモ?」 


(なにこの子? これ何語?)


「えーっと……」

「カモカモ! カモシカ カモカモ!」


 小さな子どもはピョンピョン跳ねながら、わが社の看板を指さしている。


「あー、あの看板のマークは……かも。カモシカかも」


 言われてみれば、わが社のロゴはカモシカだった。


「カモカモ! カモシカ カモカモ!」


 女の子は突進するように俺の家……支社だけど、の中に入ってきた。

 後ろからみると、短いふわふわもこもこしたズボンの後ろには、小さな尻尾みたいなのもついている。


「えーっと、お嬢さん、勝手に入られるとおじちゃん、困っちゃうんだけど」

「こまっちゃうカモカモ!」

「かもかもじゃなくて」


 女の子は家の中をきょろきょろみていたと思うと、あっちに突進しては臭いをかいだり、つついたりしている。


「カモカモ! カモカモ!」


 なんだか興奮した様子で走りまわっている幼女に、俺はなるべくやさしく声をかけた。 


「もうすぐ日が暮れるから、帰ろうね」

「かえろーね カモカモ」

「うん、帰ろうねー」


 俺は幼女を抱きかかえて、外に出した。


「ふぅ。今時、見知らぬ幼女を家に上げたりしたら、犯罪者扱いされるからな。あぶないあぶない」

「カモカモー?」

「って、また入ってる! だめだよ。おうちに帰らなきゃ」

「おうちここカモカモ」

「ここは俺のおうち。君のおうちは別にあるでしょ?」

「カモカモ カモシカおうち カモカモ?」

「ここはカモシカのマークがついてるお家だけど……」


 俺はふと、女の子の頭の角が気になった。

 角が付いているヘッドバンドをつけているのだと思っていたけれど、よく見ても、ヘッドバンド的なものがみあたらない。


「ちょっと頭さわってもいい?」

「カモカモ!」


 角っぽいものに触ってみた。角はびくともしない。頭を触ってみた。ヘッドバンドはない。


(この子、角、はえてる……)


 俺は深呼吸を数回した。


「カモカモ!」


 俺がうろたえている内に、幼女は勝手に走って行って、台所をあさって、俺が近所の農家のおばあさんからもらった野菜にかじりついていた。


 俺はスマホでニホンカモシカを検索した。

 言わずとしれた日本の天然記念物だけど、実物を見たことはない。

 カモシカの写真を見つけた俺は、その頭部を拡大してみた。


「あの角だ……!」


 幼女はキャベツにかじりつきながら、こっちを見た。


「カモカモ?」

「かも。この子、カモシカかも……」


 何を言っているのか、俺もよくわからない。




 もしもカモシカじゃなくてただの幼児だとすると、家に泊めてしまえば俺が誘拐犯扱いされかねない。だから、俺は加茂さんの家に走っていった。


「加茂さん。カモシカかもしれない子どもが家に来たんです。何言っているか自分でもよくわからないけど。助けてください!」


 加茂さんは驚きもせず、俺の家……我らが支社に、いっしょに戻った。

 俺達が家に入ると、幼女は一目散に駆けてきて、俺の足にしがみついた。家に一人残されたから寂しかったらしい。


「カモカモ! カモカモ?」

「わしは加茂だ」

「かもカモカモ!」


 幼女は加茂さんと一瞬で打ち解けている。

「ねぇ、君はどこから来たの?」と俺がたずねると、幼女は外を指さしながら言った。


「カモカモ カモシカ カモカモ ピカーッ カモカモ カモシカ カモカモ」

「なるほど。野生のカモシカだったが、古墳で光を浴びたらこの姿になって、ここにカモシカ歓迎の家を見つけてやってきたと」

「加茂さん、すごっ。よく今のでわかりましたね」

「年の功だ。さて、夕食にしよう」


 加茂さんは自分の家がごとく、俺の家(我らが支社)の台所に入って野菜で鍋料理を作った。そして、なぜか当然のように三人で夕飯を食べた。


「カモシカ、熱いから気をつけろよー。カモシカは本当は生野菜の方がいいのかな。そうだ、カモシカって呼び続けるのもなんだな。この子の呼び名はどうしよう」

「カモカモモモカモカモ」

「名前はモモらしい」

「へーっ。加茂さん、本当にカモシカ語がわかるんですね」

「小森君も慣れたらわかるようになる」

「なるほど。……慣れる?」

「まぁ、なんだ。この姿になってしまっては山には戻れないだろうから、モモにはここに住んでもらうしかないだろう」


 こうして、俺の家(我が支社)には、カモシカの幼女モモが住むようになった。


 ・・・


 俺はデスクの前で絶望していた。

 ああ、また、仕事が終わらない。終わらない。疲れた。死にそうに疲れた。

 気が付いた時には、俺は床の上に横たわっていた。なんとなくこれは昔のブラック労働を思い出している夢だと夢の中で気が付きながら。

 働き過ぎでもう動けない。苦しい。うー。重たい。何かが胸の上にのっかっているようだ……。


「うーん。苦しい。もう働けない……」

「カモカモー!」

「……かも?」


 悪夢にうなされていた俺は、うっすら目を開いた。でかいクモの巣のかかった木造建築の天井。固い布団。


(あ、そっか。俺、ナコヤ支社にとばされたんだった……)


 にしても、悪夢のせいだろうか。金縛りにあったように動けな……いや、何かに腹を踏まれているように苦し……


「カモカモー!」

「ぐふっ、いてっ、いてっ」

「カモカモ」


 早く起きろというように、かわいい顔が上から俺をのぞきこんできた。


「起きるから。起きるから。俺を踏まないでくれ。俺の上を歩くな!」

「カモカモー!」


 モモは俺の上から降りて部屋中を走りだした。


「うう……まだ、朝日が昇り切っていないのに」


 カモシカは早起きらしい。


 まとわりついてくるモモをひっぺはがしながら、台所で朝ごはんを作ろうとしていて、俺は気が付いた。


「あ、もうパンがない」


 田舎は車が必需品だというけれど、実は俺は車も免許も持っていない。

 さらにここはネットスーパーの配達エリア外。

 でも、保存のきく食料品なんかはネット注文して宅配便で送ってもらえる。野菜はちょっと歩けば農家の直売所があるし、農家のおばあさんはサービスで買った野菜の数倍の量をくれたりする。だから、生きるだけなら、どうにかなる。

 でも。


「あーあ。長期保存用じゃないパンとか、色々普通にスーパーに売っているようなものが食べたいなぁ」

「カモカモ?」

「今日は休みだし、買いにいくか!」

「カモカモー!」

「いや、モモは加茂さん家でお留守番だ」


 ところが、困ったことに加茂さんは留守だった。しょうがないから、モモにニット帽をかぶせて角をかくし、俺はいっしょに買い物に行くことにした。

 バス停まで歩き、バスに揺られて、町へ行く。

 バスに乗って走りだしたところで、モモはすでに大興奮だった。


「カモカモー!」

「モモ、車内では静かにしないと」


 走りだそうとするモモを抱きかかえて、むりやり二人掛けの席の窓際に座らせた。

 始発のバス停だったから、最初は誰もいなかったけれど、だんだんと人も増えていく。横に座った俺の体で隠してるけど、モモは窓の外の景色に夢中になって、小さな尻尾をブンブン振っていた。


(まずい。しっぽの隠れる服を買わないと)


 しばらくバスに揺られた後、人がたくさん降りる、店がありそうなところで、俺たちも下りた。


「えーっと。子ども服を売っていそうな店は」


 俺がきょろきょろ辺りを見渡していると、


「カモカモー!」


 モモの声がちょっと小さいな。と思って、俺は傍を見て気が付いた。


「あれ? モモがいない!」


「カモカモー!」


 遥か遠くに、モモの姿が見えた。


「待て! モモー!」


 走ってはお店の中をのぞきこんで、また走って、を繰り返すモモを、俺は全力で走っておいかけた。でも、ぜんぜん、追いつけない。


(さすがカモシカ……)


 ぜぇぜぇ苦しい息で、意識も失いそうにふらふらになったところで、俺はようやく、カフェのテラス席でうれしそうにソフトクリームをペロペロなめているモモに追いついた。


「モモ? なんでアイスを食べてるんだ? お金は……」

「ほらほら、お父さん。ちゃんと見ておかないと」


 傍でニコニコしている老夫婦がおごってくれたらしい。


「すみません。すみません。おいくらですか?」

「いいのよ。これくらい。お父さん、がんばってね」


 ソフトクリーム片手に楽しそうにスキップしているモモの手をしっかりつかんで歩きながら、俺は大きなため息をついた。


(やばい。子育てって、やばい)


 その後、衣料品店で服の間を走り回ってかくれんぼをはじめたモモをなんとか捕まえて尻尾の隠れる丈の長いパーカーやスカートを買って、それから、飲食店に行って皿に顔を突っ込んで食べるモモのせいで周囲の人から白い目で見られ、最後にスーパーに行って色んな食べ物にかじりつこうとするモモを必死に抱えながら食料品を買った。

 その時には、すでに日暮れ時だった。


「あぁ、くたびれた。もうダメだ」


 俺はバス停でぐったり座っていた。俺が座っているバス停には、人は他に誰もいない。


「カモカモー カモシカ カモカモー」


 新しい服をさっそく着こんだモモが楽しそうにうたっている。


「ふぅ。バスはいつ来るんだろうな」


 そうつぶやきながらバスの時刻表を見て、思わず二度見をして、俺は青ざめた。


「え、最後の便……もう、行っちゃったの?」


 田舎、恐るべし。


「なんてこったぁー! バスがもうない! ここから歩いて帰るのか? 帰れるのか? モモは大丈夫そうだけど、俺は無理。俺はブラック事務労働で運動不足の都会っ子なんだぁー。今日は散々走り回ったから、もう足が痛いし、一ミリも動けない疲労度だ。もう無理だぁー。もう歩きたくないぃ」


 俺がなげきまくっていると。


「カモカモ! カモカモ!」


 モモが嬉しそうに手をあげて、とびはねていた。


「モモは元気だなぁ……。俺はもう死にそうだ……」


 俺がうなだれていると。バス停に、軽トラックがとまった。


「かもカモカモー!」


 ドアが開いて、加茂さんの顔が見えた。


「乗りな」


 その時の加茂さんは、俺には神様のように見えた。


 ・・・


 時は流れ、モモと一緒に暮らし始めて早一年がたった。毎日色々と大変だけど、俺にはもうモモがいない生活なんて想像もできない。

 正直、俺にはカモシカ幼児の子育ては手におえないと思うこともある。いつもモモにふりまわされているだけだ。でも、モモが元気で日々を楽しんでいるなら、親は完璧じゃなくてもいいんだって思いながら生きている。

 親一人子一人、これからもここで仲良く暮らしていくつもりだ。


「それにしても、いまさらながら、古墳の光を浴びたらカモシカが人間になったって、どういうことなんだろう。そもそもこの古墳、光らないよな」


 その日、あらためて不思議に思いながら、俺は古墳の掃除をしていた。

 古墳のてっぺんの円形部分の周囲で草刈りをしていた時。

 近くで走り回って遊んでいたモモが、俺の背後を指さして叫んだ。


「カモカモ ピカーッ」


 俺の後ろにある、古墳の円形部分から光が放たれている。

 俺はとっさにモモを守ろうと思って抱きかかえた。


「カモカモ! カモカモシシシシ!」

「なに? イノシシがどうしたって?」


 モモの指さす先、光の収まった古墳の真ん中に幼女が座っていた。茶色の濃淡しましま模様の服を着ていて、茶髪のショートヘアもしましま模様だ。


(今度はウリ坊か!)


「カモカモ!」


 モモが笑顔で近づいていくと、その子は大きく口を開いて「シシシシ!」と笑った。


「加茂さーん! 二人目のケモノ幼女がー!」


 俺は二人の幼児を連れて加茂さんの家にかけこんだ。


「今度はイノシシが人間になっちゃったみたいです」

「イノシシが? それは聞いたことがないな」


 モモがあらわれた時は何も驚いていなかった加茂さんが驚いていた。


「え? どういうことですか?」

「まぁ、とりあえず、入りなさい。君にはそろそろ話しておこうと思っていた」


 加茂さんは俺達を家の中にいれた。加茂さんは仲良く遊んでいるモモとイノシシ幼女を見ながら俺に言った。


「実は、カモシカがあの古墳で人間になったという話はこの辺りでは有名な話なのだ」

「そうだったんですか」

「何を隠そう、我が家の先祖がカモシカだったといわれている」

「へぇ」


 そういうわけで、ここの人達はカモシカ子どもがあらわれても不思議に思わないらしい。


「そのため、我が家は代々あの古墳を大事に守ってきたのだ」

「そうだったんですか。もはや古墳っていうか、魔法の装置ですね。あれ? でも、あの古墳って、うちの会社が管理しているものじゃ? あ、そっか。管理委託だったんですね。じゃ、ひょっとして、加茂さんが古墳のオーナー?」

「うむ。君が住む家と古墳を含むこの辺りの土地はわしのものだ」


 自称パートの加茂さんは、実は大家さんだったらしい。たしかに俺は雇用契約書も何も見たことないんだけど。書類は全部本社にあるんだと思っていた。


「でも、なんでその古墳をうちの会社が管理しているんですか? うちは不動産管理の会社じゃないし、地元の管理業者の方がよさそうなのに」


 なにせ本社じゃ、ここは追い出し小屋扱いだ。加茂さんは遠くを見るような目で話しだした。


「東京に出て会社を興してしばらくは忙しくてな。ここに帰ってくることもめったになかった。親が死んでからは、代わりに会社の者に手伝わせていたのだ」

「え……?」

「社長職を辞してここに戻ってきてからは自分で管理しようかと思ったのだが。年寄にはきつい仕事な上に、いずれは後継者を見つけなければいけない。なら、若い社員をひとり派遣してもらい、見込みのある者を……」

「ええー!? 加茂さん、ひょっとして、わが社の……」

「創業者だ。今は名ばかりの会長職についている」

「そ、そんな、俺、今までさんざん会社のグチを……」


 加茂さんと一緒にお茶を飲んだりしながら、本社のブラック勤務の実態を散々ぐちってきたのだ。


「ああ、改善するように伝えておいたよ。社長はすでに変えてある」

「は、そ、そうですか……」


 知らない間に、俺のグチで社長の首が飛んでいたらしい。


「だが、なかなか見込みのある者が来なくてな。ついついきつく当たっては、逃げられ、を繰り返していたのだ」

「それで、追い出し小屋といわれるように……」

「だが、君はわしをただのパートのじじぃと思っていても、いつも丁寧な態度で接してきた」


 そりゃ、俺は加茂さんの助けなしじゃここでは暮らせないから、いつも全力リスペクトしてきた。


「それに、君はモモをしっかりと育てている。モモは君にとてもなついているな」

「えぇ、まぁ、しっかり育てられているかはわからないですが、なつかれてはいます」

「君になら任せられるだろう。君はこれからもあの古墳と人になったケモノ達を守ってくれるな?」


 どうやら俺はケモノ幼女の養育者として加茂さんの信頼を勝ち取ったらしい。


「はい。任せてください。古墳とケモノ娘達は俺が守ります」

「わしが亡き後は頼んだぞ。土地と株式は君にゆずることにしよう」

「かぶしき? ……あー! モモ、障子をつついちゃだめ!」


 モモが楽しそうに、カモさんの家の障子に穴をあけている。


「カモカモー!」

「シシシシシ!」

「コラ! モモ! 障子は穴をあけて外をのぞくものじゃないの! イノシシっこは壺で遊ぶな! そんなすごく高級そうな壺を、かぶるな!」

「カモカモシシシシリリカモカモ」

「この子の名前はリリだって? おい、リリ……」


 壺をすっぽり頭にかぶったリリは前が見えなくなって、そのまま柱にむかって突進していった。


「あー!  壺がぁ! すみません、すみません、加茂さん! ものすごく高そうな壺を割ってしまって」

「フハハハハ。気にするな。壺は割れるためにあるのだ」


 俺は幼児たちを捕まえるのに忙しすぎてこの時よく理解していなかった。

 創業者である加茂会長は、いまでも会社の株のほとんどを持っている、つまり会社のオーナー。そして、この時、俺はその跡継ぎに指名されていたのだった。




おわり



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