語部部 泉子さんのちょっとだけ怖い話 「足跡は雪に溶ける」

鳥辺野九

第2話 足跡は雪に溶ける


「雪は何故白いかって?」

 つんと上を向いた鼻の上に雪が一粒落ちた。結晶が見てとれるくらいに小さな一粒だ。

「雪は透明だ。氷の結晶が光を屈折させて白く見える」

 一粒の雪は真夜の体温を吸ってみるみるうちに溶けて消えた。

 泉子先輩曰く、雪は白く見えるが、本来は氷のように透き通った物体らしい。

「で、雪の日限定の心霊スポットってどこなんすか?」

 丸い頬と鼻の頭を紅く染めて、寒さに弱い真夜は地団駄を踏むようにスカートの下、ジャージの脚をジタバタさせて悪足掻きをした。舞降る雪を散らすように暴れても、寒いものは寒い。

「そもそもわざわざ雪の日に心霊スポット回らなくってもいいじゃないですか」

 私も小刻みに足踏みしながら真夜に目線を送り同意を求めた。雪はちらつく程度。とは言え、気温は零度近い。間もなくうっすらと道路を透き通った白で覆われるだろう。

「寒さがどうした。恐怖を実体験してこそ怪談を面白く語れるもの。語部部たるもの、実体験を重視すべきだ」

「語部部(仮)っすけどね」

「(仮)はいつのまにもげたんですか?」

「たった今だ」

 泉子先輩は女子高生怪談師(仮)らしく白い生足を披露してスタスタ先を歩いていく。厚手のタイツでも寒いというのに、この人はガチだ。ガチの女子高生であり、ガチの怪談師なのだ。




「幽霊って何色だと思う?」

 雪の日限定の心霊スポットにて。泉子先輩は一本の電信柱に向かって言った。思わず真夜と顔を見合わせる。幽霊色。考えたこともない。

「やっぱり基本無色透明っすか?」

「幽霊なんてのは存在しないんで色として表せない説を支持しまーす」

 私たちそれぞれの意見に、満足気に首を斜めに振る泉子先輩。黒髪ロングストレートの前髪にちょんと乗った小雪が散る。

「半分正解で半分ハズレ」

 どっちがどっちだろう。とりあえず私と真夜は正解とハズレを折半する。結果、プラマイゼロだけど。

「幽霊は光を反射も吸収もしない物質だから、正解は『網膜に実像を結ばない』だ」

 科学的に非科学的なことをのたまう泉子先輩に小雪も蹴散らす勢いで真夜と私の抗議が炸裂する。

「意味不明ですって。何色かって質問でしたでしょー?」

「何色でもないけど網膜以外では視れるみたいな言い方っすよ」

 小雪舞う中、泉子先輩は私たちの猛抗議を反らすようにつと電信柱を指差した。絶妙な間を置かれてしまったので、私も真夜も口を結んでその指先を見つめてしまう。

 アスファルトを薄く覆い、やや白く透けて積もり始めた透明な雪に、黒々と濡れた細長い跡が二つ。きれいに並んで電信柱の傍らにぽつねんと落ちている。

 まるで一対の足跡のように。

 雪がそこだけ避けて薄っすら降り積もっているようで、黒いプリントが余計に目立つ。真っ白く染まりつつある黒いシミはインパクト充分だ。

「あれが雪の日限定の足跡だ。曰くは不明。正体も不明。ただ雪の日に、あの場所に透明な誰かが立っているような足跡が残る」

「おおっ、なんかそれっぽい!」

 幽霊肯定派の真夜がいい食い付きっぷりを見せた。速攻スマホを構えて画像に収める気だ。少し腰に勢いを溜めるよう姿勢は低め、両手をピンと伸ばして連写モード全開。

 かく言う私はオカルト好きな幽霊否定派だ。真夜とは違った角度で見解を披露しよう。

「たとえば、電気工事関連の人があの場所にグリスでもこぼしちゃえば、ちょうど人の足跡みたいな形に油分が小雪を弾いてそこだけ積もらないですよね」

 おっという形で口を開く泉子先輩。

「なるほど。今度は二人とも正解だ」

 どうやらさっきの質問の答え合わせはまだ続いていたようだ。泉子先輩は一歩電信柱に歩み寄って続ける。

「心霊スポットってのは受け取る側によって色を変えるものだ。だから幽霊は何色って問題には、自分の見たい色を答えるのが正解だ」

 よくわかるような、よくわからないような、どうとも取れる言葉が私たちの目の前にぶら下げられる。言い包められてるか、私は泉子先輩に一つ言葉を返してみる。

「泉子先輩は幽霊は何色に見たいんですか?」

 形のいい眉毛が片方だけピンと跳ねる。

「私? そうだなー」

 くるり、問題の足跡が残る電信柱に向き直る。

 そこには一対の足跡、のような雪の溶けた跡と、二つの手のひらが雪を溶かしたような跡があった。

「……」

「……」

「……」

 さっきまで、手のひらの跡なんてなかったような。そう言おうと思ったら。

 足跡が一つ前に進み出た。続いて手のひらの跡がもう一個雪を溶かす。ぺた。ぺた。何者かが四つん這いになってこちらへ迫ってくるように。

 幽霊は見たい色に見える。怪談師を目指す泉子先輩はそう言った。

 もう一度手のひらと足跡を見てみよう眼を凝らすも、雪が舞い降り、黒々とした痕跡をあっという間に覆い隠してしまった。

「お汁粉食べて帰らない?」

 泉子先輩は何事もなかったように言った。

「賛成っす」

 真夜もまた同様に普通を装って言った。

「あったかいの欲しいですねー」

 私も。

 三人の女子高生は、何故か足早に現場から走り去った。四つの足跡を残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

語部部 泉子さんのちょっとだけ怖い話 「足跡は雪に溶ける」 鳥辺野九 @toribeno9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画