第13話 舞う花びらは幻?

 十六時になって、タクヤくんが遅番のアルバイトにきた。私は早速『母の日』について訊いてみる。


「タクヤくんは働くの四年目だから、色々経験していることを信頼して訊くけど、今度の『母の日』が成功するようなアイデアはないかな?」


 単刀直入に尋ねると、彼は一瞬黙り込み、視線を上にあげた。ややあって、静かに答えてくれた。


「『母の日』についてのアイデアですか……。俺は男なので男としての立場で言うと、女性ほど記念日を重視していないんですよ。その当日になって、初めて『あ、この日は記念日だった』って思うんですよね。だから成功させるためには、前もってアピールすることが重要だと思います」


 タクヤくんの話に、なるほどと納得する。【パティスリーフカミ】でも、バレンタインは前々から女性客が多く訪れたが、ホワイトデーは当日に男性客が慌てて来店したことを思い出した。


「五月の第二日曜日が『母の日』ですよね。五月になったらすぐにお店全体をカーネーションの造花で飾りつけて、クッキーや焼き菓子の箱にカーネーションのシールを貼ることをおすすめします。あとは冷蔵ケースの上に『母の日』の日付と主力商品を書いた大きなポップを置くのもいいですね」


 彼は考えつつアイデアを述べてくれた。全ていいアイデアで、私はそれらを実施することにした。五月に入ってすぐに宣伝を始めれば、男性のお客さんも、『母の日』を意識するだろう。


「アイデアを言ってくれてありがとう。すごくいい見解だね。やってみるよ」

「いえ、月並みなことしか言えなくて、あまり役には立てないかもしれません」


 タクヤくんがそう言った次の瞬間、彼の周りをピンクの花びらがふわふわ舞い、それは直後に消えた。


「……え?」


 なんだったのだろうと目を擦ってみた。幻でも見たのだろうか。タクヤくんは花びらに気づかなかったようで、私の仕草に首を傾げている。


「浅岡店長? どうかしましたか?」

「……ううん。多分、何か見間違えたんだと思う……」


 頭を左右に振ると、彼は心配そうに私を黒い瞳で見つめていた。


「大丈夫だから。ごめんね、働こう?」

「はい。でも無理はしないでくださいよ。店長の自覚を持って、体調管理はしっかりしてください。体調管理は社会人としての常識ですよ」

「……はーい」


 タクヤくんが心配していてくれていることは理解できる。でも僅かに言い方がきつくて、私は項垂れてしまった。


 その日も二十時までタクヤくんと働き、無事仕事が終わって終礼をした。


「終礼をします。何か気づいたこととかあるかな?」

「『母の日』の話をして思ったんですが、もう五月が近いので、造花やシールを早めに買うべきです」

「そうだね、雑貨屋さんで買うよ。ポップ作りはどうしようかな……」


 私は器用な性質ではないので、最初は包装をするのも時間がかかった。大きく目立つポップを作るのは大変そうな作業である。私が悩んでいるとタクヤくんが発案してきた。


「それなら俺がポップを作りますよ。そういうのは得意ですから……。浅岡店長が作ると、とんでもないものができそうな気がします」

「……とんでもないもの。否定はしないけど。でもありがとう! お願いするね」


 少しばかりタクヤくんの嫌味が入った言葉が気になったが、彼のラッピングは見事だったので、ポップ作りも期待できそうである。タクヤくんのセンスと技術を信じて任せることにした。

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