第9話 ゲーム世界から現実世界へ
自分が店長として働く【ローズスイーツ】ストロベリー店に戻ると、ヨリコさんが接客していた。
「今日は新作ケーキないの?」
「はい。本日入荷のキウイたっぷりフルーツケーキがございますが、いかがでしょうか?」
「んー。じゃあそれで」
会話を聞いている限り、よくいらっしゃるお客さんらしい。
なんとはなしにお客さんへ視線を向けた。背中まで流れる、長い銀髪が印象的な男性客だった。銀色の前髪から覗く細められた瞳は、楽しそうな色を浮かべている。
私が見ているのに気がついたのか、お客さんも私を見つめ返してきた。
「あれ? 新しい子?」
お客さんの問いにヨリコさんが答える。
「本日赴任してきました浅岡カオル店長です。よろしくお願いします」
「可愛い店長さんだね。カオルちゃんっていうのか。俺、いつもくるから覚えてほしいな。
また彼の下に画面が表示される。
【萩尾トオル・攻略対象のひとり・ストロベリー店の常連客・二十六歳・物言いは軽いが、年齢より大人びた性格】
──このお客さんも攻略対象なのか。初めて見る男性だが、確かに彼は顔もスタイルも格好良い。軽そうな見た目とは裏腹に穏やかな物腰で、好感が持てた。
「萩尾様。浅岡カオルと申します。どうぞよろしくお願いします」
萩尾さんがフルーツケーキを買って帰ると、時計は十二時過ぎを示していた。ヨリコさんが興味津々な様子で私に話しかけてくる。
「さあ、これでカオルちゃんは攻略対象者全員に会ったよね。誰かピンときた人はいたかな?」
「……ええと」
私は返答に窮する。
攻略対象者たち四人──現実世界で私と接点を持っている男性が多いという奇妙さに当惑するばかりであった。
こんな乙女ゲームがあってもいいのだろうか、という根本的な疑問が頭の中を占める。それを言ったら、乙女ゲーム内に入り込んでいる状況のほうが余程おかしいのだけれど。
「まだ……わかりません」
私は正直にそれしか言えなかった。ヨリコさんも「そうだよね」と私の意見に同意した。
「初日だからね。全員と顔を合わせただけでも疲れたでしょう。一応、今の状態をカオルちゃんに教えるから」
ヨリコさんは右手を肩まで上げた。そのさらに上に、今日会った男性たちの顔が映しだされる。
『黒岩エイジ・好感度0
上杉タクヤ・好感度0
中峰コウキ・好感度0
萩尾トオル・好感度0』
「今のところ教えられるのはこれだけ。もっとゲームが進んだら、色々な情報を教えるからね。じゃあ、今日はお疲れ様。現実世界に戻ってね」
「あ……」
私はヨリコさんに別れも告げられないまま白い光に包まれ、そして──マンションの自室で携帯ゲーム機を握りしめていた。
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