第8話 隣の店への挨拶で驚くカオル
「カオルちゃん。新任店長として、隣の駅の支店店長にも挨拶に行ったほうがいいよ。隣のレモン店の店長にはお世話になることも多いだろうし」
ヨリコさんにそう言われて、他にも支店があることを知る。
【パティスリーフカミ】の深見店長のことを思い返す。深見店長は、よく他の支店の店長と交流していた。そう考えると挨拶に行くべきなのだろう。
先輩店長に何かと教わることも多いだろうし、顔見せは不可欠だと思えた。
「じゃあ……すみませんが、ちょっと出かけてきますね」
ヨリコさんに見送られて、隣駅のレモン支店を目指した。
上着を羽織って、ワンピースの格好で最寄りの駅から電車に乗る。知らない路線だが、隣駅ならすぐに到着するはずである。【パティスリーフカミ】でも、出かけるときは制服のままだったので、特に抵抗感はない。
隣駅で電車から降りると、改札の前に洋菓子店があった。【ローズスイーツ】レモン店と看板に記されているので、ここで間違いないだろう。
売店で働いている女の子に話しかける。
「お仕事中、申し訳ございません。【ローズスイーツ】ストロベリー店の新しい店長の浅岡カオルと申します。挨拶に伺ったのですが、店長はいらっしゃいますか?」
「あ、はい、いますよ。すぐに呼んでまいりますね」
感じのいい女の子だったな、と呑気に考えつつ店長が出てくるのを待つ。売店脇の扉から、縁なし眼鏡をかけた男性が姿を見せた。
「初めまして、隣駅のストロベリー店新任店長の浅岡カオルです。これからよろしくお願いします」
「ああ……、そういえば新任店長がくるんだったな。よろしく。レモン店の店長の
コウキ? 名前を聞いて、私は思わず顔を上げて彼を眺めまわした。最初の印象が別人としか捉えられなかったので、気づかなかったのだ。
「航希……?」
「うん? 呼ぶのは苗字で十分だろう?」
縁なし眼鏡のレンズをいじりながら彼は言う。赤毛のウルフカットのコウキは、紛れもなく私に婚約破棄を言い渡した峰岸航希だった。
彼の下に何度も見た表示画面が現れる。
【中峰コウキ・攻略対象のひとり・レモン店店長で二十九歳・趣味はサイクリングとショッピング】
──現実の航希も買い物が好きだったな、とぼんやり思い出す。婚約破棄した彼は、私にとってあまり関わりたくない人物であった。
私は名前を呼んだことを適当に誤魔化し、お辞儀をしてそそくさと自分のお店に帰った。
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