第4話

「人の名前には願いがこもっているんだ。その子にどんな人生を歩んでほしいのか、たくさんの願いを込めて付けるんだと思う」


 私がその話を聞いたのは、大樹タイキが中学生になった頃で『たいようのいえ』に通うようになって半年くらい経った時だったと思う。施設にはそこに住んでる、いわゆる親が居ない子どもだけじゃなくて、シングルマザーの子どもを一時的に預かったりもしていた。


 この地域は外国人のシングルマザーも多い。都内に出稼ぎに来て、夜のお店で勤めているうちにそういう関係を持って、そして日本人の男に捨てられる。でも仕事は変えられない。夜職を続けないといけないから、夜、仕事に出る前に子どもを『たいようのいえ』に預けて、二日後の朝の仕事終わりに迎えに来る。そんな家族がいくつかあったから、『たいようのいえ』には色んな名前の子どもたちが生活していた。


「テディくん」と呼ばれている子がいた。


「愛」と書いて「テディ」と読む。これが本名だった。日本では名前に使う漢字は制限されているけど、読み方は無制限だから、どんな読み方であっても問題ない。初めて聞いた時はかわいい音の名前だな、くらいに私は思っていたけど、周りの子たちからすると、イジメの格好のネタだったらしい。


「変な名前だよなー。ハカセでもこんな名前、知らないよな」


 周囲の子どもたちは悪意なく、今日もボランティアに来ていた大樹タイキに同意を求めた。物知りで人気者の大樹が「知らない」と言ったら、より自分たちの主張が強くなることを知っているから。自然な流れだった。


 そんな話を向けられた大樹は、いつもと変わらない調子で、彼らに話し始めた。


「いいかい。人の名前には願いがこもっているんだ。その子にどんな人生を歩んでほしいのか、たくさんの願いを込めて付けるんだと、僕は思う。だから、人の名前をそんな風に、馬鹿にするようなことを言ってはいけないんだ」


 この声は不思議と、ものすごく重たいひびきを持っていた。イタズラ盛りの子どもたちは施設の先生方によく叱られていたし、大人のお説教なんてどこ吹く風で受け流せていたのに、誰もこの言葉を無視してはいけないような、魔法にかけられたみたいだった。


「それにね、名前っていうのは、世界と自分を繋ぐ魔法なんだ。みんなは僕のことなんか知らなかったけど、タイキ、って僕のことをみんなが呼んでくれた時から、僕は君たちと友達になれたでしょ。相手がどんな人でも、知らないものでも、まずは名前を知っていくことで、世界と繋がっていくことができるんだよ。名前はね、僕たち全員が持ってる魔法なんだ」


 訥々とつとつと話す大樹タイキは、ホンモノの博士みたいだった。言ってることが全部理解できたわけじゃなかったけど、子どもたちは自分がしてきたことが、何か大きく間違っていたということだけは受け止めることができたみたいだった。テディくんは、それから『たいようのいえ』の中心人物になった。


 昔、私は「ヒカリ」って名前が好きじゃなかった。漢字がかわいくない。一文字だけで寂しい。珍しくもないから特別っぽくない。しかも「光」って、なんかよく分からないものなのも、何となく嫌だった。ゲームとかだと回復とかしたり、ゾンビに強かったりすることが多いけど、実態が何かは全然わからない。


 光が何なのか、その正体は、みんな知らない。

 それが何だかすごく不安だった。それでも大樹が言ってた通り、この名前にも誰かの願いがこもっているなら、それが何なのか、いつかママに聞いてみようと思った。そうしたら少し前向きになれる気がした。中学校に入る頃には、自分の名前がずいぶん好きになっていた。

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