第2話

 大樹タイキが彼女を家に連れてきた時、ヒカリは目をうたがった。というか、そんなイベントがあるなんて聞いてなかったから、髪もボサボサだし、顔も浮腫むくんでたし、めちゃくちゃ部屋着だった。そのまま挨拶をされて、何か喋った気はするけど、唖然あぜんとしてしまって、ほとんど記憶がない。


 タイミングが卑怯だ。


 いかに私が美人だって、彼氏の家に挨拶に来るために着飾きかざった女と向かい合うのはさすがに不利だ。臨戦りんせん体制たいせいの兵士と寝起きの兵士では、とても勝負にならない。そもそも、この唐変木とうへんぼくで偏屈な兄に彼女ができるなんて、天地がひっくり返っても有り得ないと思っていた。だから大樹タイキが女の子を連れてきた時点で面食らっていたのに、こちらときたらすっぴんだ。そりゃ記憶も飛ぶってもんだ。


 彼女を駅まで送っていった兄が家に帰ってきたので、さっそく問い詰めた。そもそも連れてくるなら事前に話せ、と滔々とうとうと説教した。くどくどと話していたら、お母さんは彼女ができたことも、今日挨拶をしにくることも知っていたと聞いて、ショックだった。なんで私に話してないのだ。おかしいだろう。そう言うと「妹にわざわざ兄の彼女を自慢するのはおかしいだろう」と言われた。納得はしなかった。お母さんが知らない間に他所よそきの服を着ていたのが、無性に腹が立った。


 彼女の名前は風子フウコといった。つややかな黒髪は肩に触れるほどの長さで、大樹タイキのしょうもない話にも闊達かったつに笑う、かわいらしい人だった。二十二歳で、大樹タイキの一つ上で、私より五つも上の大学四年生だそうだ。肌もやけに綺麗だったし、化粧っけのない顔をしていたので、同い年くらいかもと思っていた。大樹タイキよりも年上と聞いてまたびっくりしてしまったが、大樹タイキの通う大学は頭がいいし、こういうちょっと幼い感じの、地味目な人がモテるのかな、と思った。後ほど聞いた話だと、風子さんはもともとずっと運動部に所属していて、お化粧も大学に入るまでほとんどやってなかったらしい。そりゃお肌も元気だろう。


 二人は去年の夏に行った免許合宿で出会い、遠征組同士だと話していたら、実は同じ大学なのだとわかって、それからすっかり意気投合したそうだ。となれば、あとはもうお察しだ。普段と違う心細い環境で身を寄せ合う同郷の二人、おまけに風子さんは三年付き合った彼氏と別れたばかりで、気分転換と出会いを求めての免許合宿だったそうで、兄は見事お眼鏡めがねに叶ったというわけだ。聞いてもいないめを嬉しそうに兄は話した。


 お母さんはニコニコして聞いてたけど、ヒカリからしたらしょうもない時間だった。つまらなかったから話を切り上げて、部屋に戻って不貞寝ふてねした。寝過ぎたせいかまぶたれて、次の日の学校は最悪だった。

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