第08話 亜人の少女

 亜人の少女は嵐のようだった。風のようにステージを駆け巡り、ゴブリンたちを翻弄していく。その姿は踊り子のようでいて、見るものを引き付けるように魅力的だった。あまりの美しさに俺はつい釘付けになってしまった。

 亜人の少女はゴブリンが振るう棍棒を躱し、その勢いのまま回転蹴りを放った。ゴブリンは結界に衝突して跳ねる。

 もう一体のゴブリンが隙を潰すように棍棒を横に振るった。しかし、亜人の少女は身体を猫のようにひるがえして棍棒をすれすれのところで避ける。そして、着地と同時に足払いをして見せた。そして、少女は続けさまにゴブリンを蹴り飛ばした。

 その光景に歓声が上がる。

 


「なんということでしょう。両腕を拘束されているというのに、ペナルティをもろともしない軽やかな身のこなし! またしても勝利を収めるのか?」


 サーカス団の団長が声高らかに実況を始める。それに合わせて観客たちのボルテージが上がっていく。俺はそれを見ながら拳を握り締めていた。


「リオス? 何とか止められませんか?」

「そうだね、このまま見過ごすことは出来ないよね」


 俺とミリィはステージに向かって降りていったところだった。

 ゴブリンたちが急に苦しみだした。亜人の少女は何が起こっているのかわからずに後ずさりをしている。

 そして結界の色が薄くなりだしてところどころに亀裂が入り始めた。

 サーカス団の団長は首をかしげながら手を振りかざして必死に何かをしている。

 ミリィは眼前の光景に戸惑いを浮かべていた。俺は急いでステージに向かう。


「レガリアが暴走している!」

「暴走ですか?」

「あぁ、レガリアは人を選ぶ。無理矢理に酷使され続けるとレガリアは暴走して最悪の場合使用者を呪い魔人化させてしまうんだ」

「そんな!」


 俺はステージに上がり結界を叩く。強く叩いたからか、結界の亀裂が大きくなる。

 観客たちもこの状況に異変を感じたのか、そそくさと会場を後にし始める。残ったのは馬鹿な連中とこの状況の深刻さを知る俺とミリィだけだ。


「おい、このままだとあの子が殺されるぞ! 早くとめるんだ!」

「止めると言われましても制御が効かないのですよ。それに彼女が死ねば観客が喜びます。これも一興なのです!」


 それを聞いていた亜人の少女が絶望の表情を浮かべていた。もしかしたらレガリアを使って八百長でもしていたのかもしれない。


(そんなことをするからレガリアの怒りに触れたんだ!)


「リオス? 何とかできませんか?」

「そのつもりだよ」


 もがき苦しんでいたゴブリンたちが立ち上がると筋肉を肥大化させて咆哮をあげる。そして、いきなり二回りも大きくなった。狂暴化し始めたようだった。

 俺は【聖剣召喚】のレガリアで聖剣を虚空から召喚する。そして、聖剣を使って結界を攻撃する。それでも結界は壊れない。


「リオス! あの子が!」

「わかっている!」


 ゴブリンたちが亜人の少女に突っ走っていく。亜人の少女は必死の表情で逃げ惑っている。いつまでもつのかわからない。早く助けてあげなければ……。

 俺はべっとりとした汗をかきながら結界に聖剣を叩き続けている。

 今度はゴブリンたちが左右から挟撃をするように走り、左右から壁のように棍棒を重ねて振り抜いた。

 亜人の少女はよけきれずに吹き飛ばされてしまった。結界に弾かれてバウンドする。そのまま転がりながら倒れてしまった。

 ゴブリンたちはゆっくりと亜人の少女に向かって歩みを進めている。


(聖剣が応えてくれたらこんな結界一撃で壊せるのに!)


 聖剣召喚のレガリア。それは、聖剣を召喚するだけのレガリア。だが、その政権に意味がある。聖剣は持ち主の意志に応えて絶大な力を与えるからだ。俺は聖剣に祈りを込めて構える。

 遂に、亜人の少女がゴブリンにつかまってしまい首を鷲掴みにされて持ち上げられてしまう。

 亜人の少女は両手を拘束されていて何もできずに苦しそうな表情を浮かべている。そこにもう一体のゴブリンが腹部に拳をうずめた。

 亜人の少女はよだれを垂らしながらぐったりとしている。


「リオス!」

「頼む! 聖剣よ、我が意志に応えよ!」


 聖剣は光を纏い光刃と化した。俺は祈りを込めて聖剣を振り抜いた。

 衝撃で結界が割れた。瞬間、ミリィは氷塊を高速で撃ちだしてゴブリンたちの頭を吹き飛ばしていった。


「おい、大丈夫か?」

「……」


 亜人の少女は失神して意識を失ってしまっていた。


「私に任せてください。彼の者の傷を癒せ、ハイ・ヒール」


 ミリィの回復魔法で傷が回復していく。

 俺は鬼の形相で団長に詰め寄った。


「レガリアを返してもらおうか?」

「まさか、貴方は行方知れずの第三王子?」

「いいから返すんだ! このままではレガリアの暴走で魔獣たちも錯乱して手が付けられなくなるぞ!」

「ひぃ! わかりました!」


 団長から白い宝石に銅のブレスレットと青い宝石に銀色の指輪を回収した。しかし、すでに壊れてしまっているようで使い物にならなかった。それでも形見だ。俺は大事にしまった。


「これはどこで誰からもらったんだ?」

「それだけは言えません! 言ったら私は殺される! そういう呪いなんです!」

「クソ!」

「リオス?」


 ミリィは亜人の少女の拘束具を解いて横に寝かせていた。


「彼女の奴隷紋を消してもらおう。全員だ! そして解放してやれ!」

「ひぃ! わかりました!」


 団長は魔法をかけ始める。すると彼女の胸に刻まれた奴隷紋が消失していく。


「彼女は俺が保護する。問題ないな?」

「ひぃ! わかりました!」


 団長は脱兎のごとく逃げて行ってしまった。

 俺は亜人の少女を抱えてテントを後にする。

 力なく腕の中にうずくまる少女がとても小さく、そして壊れそうに見えた。

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