第07話 見世物たち

 そして、日も暮れた頃。

 街外れに巨大なテントが張られていた。

 テントの周辺には巨大な柵が設けられており安全対策か何かだろうか?


「街の外れにこんな施設が出来ていたなんて知らなかったです」

「そうだね、俺も気が付かなかったよ」


 入場口ではピエロの格好をしたスタッフが入場料を取っている。並んでいる人たちは仮面で顔を隠しているが金持ちたちだろう。余計にきな臭い。

 俺たちは列に並び順番が来るのを待った。


「お代は銀貨二枚だよ、お連れ様も含めて四枚かな?」

「高いな? 何をやっているんだ?」

「魔獣を使った曲芸ですぜ! これは見ものですぜ!」

「そんなこと可能なのか?」

「それが出来るから見ものなんですぜ!」


 おかしい。

 魔獣とは魔法を使う獣たち。冒険者たちですら命を失うこともある猛獣をどうやって従えているのだろうか?

 俺は怪訝な顔で入場口のピエロに訊いた。


「どうやって魔獣を従えているんだ?」

「それは企業秘密ですぜ」


 俺はミリィを見遣った。ミリィも同じように俺を見つめて違和感を訴えている。

 俺は入場料を支払い、テントの中に入った。

 テントの中はむせ返るような熱気が包んでいた。みんなが日々の鬱憤を晴らすように今か今かと声を荒げている。

 俺たちは割と前列の席に座ることが出来た。ミリィは俺の手を強く握りしめている。きっと不安なのだろう。俺は彼女の手を握り返した。

 時間になったのだろうかステージに火が灯り歓声が上がる。


「大変お待たせいたしました。これより演目を披露いたします!」


 大歓声に包まれながら、サーカス団員たちが始まりの合図をあげる。最初の演目はよくある曲芸だった。目隠しをして綱渡りをしたり、大道芸を披露したりして観衆を沸かせていた。


「いまのところごく普通のサーカスですね」

「そうだね、いまのところはだけど……」


 胸騒ぎがする。みんなが熱くなるなかで、俺は肝を冷やし続けていた。

 そして、魔獣がやってくる。巨大な猛禽類の魔獣。


「さぁ、ご覧ください! こちらは冒険者でも命を落とす程の危険な魔獣です。この魔獣を使って一つ特別な魔法をお見せいたします」


 主宰とみられる団長が手をかざした。すると、観衆が大騒ぎするなかで巨大な結界が張られる。それは巨大なキューブのような有色透明な結界だ。


「【結界】のレガリアだ!」

「ほんとうですか?」

「魔法なら必ず残る魔力の残滓がない。これはレガリアによるものだ」


 団長が声高らかに宣言する。


「これは特別な魔法によって作り出した結界になります。どんな魔獣でも破壊できません。ご安心ください!」


 魔獣が炎を吐くが、結界はびくともしない。


「結界が破られないというのはほんとうなんですか?」

「そうだね。魔獣程度なら絶対に破ることは出来ないね」


 俺はこの結界の強度がどれほど強固なものか知っている。だからこそ安心してみることが出来るが、果たしてどうやって回収したらいいものか。悩ましいものだった。

 魔獣は魔法を駆使して綺麗な氷の彫像を作り出した。

 これには流石の俺でも感嘆の声を漏らしてしまう。


「すごいですね」

「そうだね」


 しかし、やはり団長の動きが怪しい。魔獣が暴れそうになると手を振りかざして何かをしている。その手にはきらりと光る青色の宝石が見えた。


「やっぱり【使役】のレガリアも持っているのか……」

「【結界】に【使役】となるとサーカスにあつらえたみたいですね」

「そうだね。まるで誰かが与えたみたいに偶然が過ぎるね」


 魔獣たちがこれ見よがしに魔法を使った芸術を魅せていく。そのたびに歓声が上がりボルテージがどんどんと上がっていくのを肌で感じる。


「さぁ、今度は魔獣と人の共演です!」


 今度は魔獣に合図を出して曲芸を始めた。像の魔獣が鼻で団員を持ち上げて空中に飛ばした。そして、鼻から水魔法を出して団員を浮かせている。

 団員は水の上でダンスをして会場を沸かせている。


「すごいですね」

「そうだね。ありえないくらいだよ」


 俺はあまりの光景に息を呑んだ。しかし、これがレガリアの力なんだ。俺はその力の揺り戻しが来ないかどうか不安で仕方ない。レガリアは人を選ぶ。レガリアが使えるからと言って選ばれたとは限らないからだ。

 魔獣たちが苦しそうだ。まるで押さえつけられているように悲しそうだ。

 俺はこの光景を眺めながら拳を握り締めた。


「リオス? 大丈夫ですか?」

「うん、なんとかね。ありがとう」


 ネコ科の魔獣が背中に人を乗せて日の輪くぐりをしている。そして、団員と魔獣が魔法を放ち空中に炎のアートを刻んでいる。

 魔獣の演目が終えると団長がステージにやってくる。


「みな様お待ちかねの大闘技大会の時間です」


 大歓声の中で俺は戦慄を覚える。

 麻布のぼろきれを着た少女が震える手で剣を握っている。そして、檻が運ばれてくる。そこには小柄なオークがいた。


「まずは手始めにレッサーオークと奴隷少女の血で血を洗う決闘でございます。どちらかが死ぬまで終わりません! それではよーい、はじめ!」


 少女は剣を構えて距離を取り始める。膝が笑っている。どう考えても彼女ではあのオークを倒せないだろう。


「何をやっているんだ! やめさせるんだ!」

「そうですよ! こんなのあんまりです!」

「落ち着いてください。みな様。彼女たちは進んで志願した剣闘士です。彼女たちの有志を汚してはいけません」


 少女はびくびくとしながら剣を構えてオークに突っ込んでいく。その姿を俺は拳を握りただ見ていることしか出来ない。

 オークは少女をはたき飛ばした。鈍い音が響くと歓声が上がる。

 観客たちは完全に面白がっている。こんなこと間違えている。

 少女は立ち上がり、よろよろの身体で剣を握り直している。その間にオークが跳躍してとびかかった。少女は剣を伸ばして迎撃をした。

 結果は少女が勝った。とびかかったオークはそのまま剣に吸い込まれるように刺さってしまった。

 しかし、問題はここからだった。勝利した少女は錯乱するようにオークをめった刺しにしている。オークが痙攣しても刺すのを辞めない。

 やがてオークはピクリとも動かなくなった。少女はゆがんだ顔で喜んでいた。


「どうでしょうみなさま? 最後にみな様のお望みの彼女を出しましょう!」


 現れたのはネコ科の亜人の少女だった。若い。十一~十二歳くらいだろうか? 細身で小さい。髪の毛は真っ白でミドルボブ。瞳は黄色く星のように煌めいている。

 亜人の少女はぴょんぴょんとリズムを刻んでいる。武器は持っていないようだ。


「流石に彼女の勝ち姿に見飽きてしまったでしょう?」


 歓声が一層強くなる。

 団員たちが拘束具を持ち出して暴れる亜人の少女を後ろ手に拘束し始める。

 檻の中からは大きなゴブリンが二体現れた。


「前回は重りのペナルティを与えましたがそれでも勝利を収めました。では今度は両腕を使えないペナルティを与えましょう」


 これでもかと大歓声が上がる。亜人の少女は半ばあきらめるように天井を見上げている。俺は彼女を見つめていた。そして目が合った。きっと俺は悲しげな表情を浮かべていたのだろう。亜人の少女は俺に向けて朗らかに笑った。その瞬間何かが弾ける気がした。


「よーい、はじめ!」


 合図が始まると亜人の少女は風のようにステージをかけていた。

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