第06話 セバスチャン

 ひげを蓄えた老齢の男。すらっとした長身で安物の服をきっちりと着こなしている。背筋が白樺のように伸びていて所作の一つ一つに品格を漂わせた上品な男性だ。


「おはよう、セバスチャン」

「昨日はお楽しみでしたか? 坊ちゃん?」

「冗談はよしてくれ! まだそこまでの関係じゃないよ!」

「まだ。ですか……。それは楽しみですね!」


 冗談めかしく笑うセバスチャン。彼を前にミリィはそわそわとしている。俺は二人を仲介するように話し出す。


「そんな事よりも、ミリィ? 彼はセバスチャン。俺を助けてくれた執事だよ」

「どうもミリィ様。わたくしセバスチャンとお呼びください。それと身の回りの事でしたら何なりとお申し付けを」

「彼女はミリィ・ペイルスター。すごい魔法使いだよ」

「そんな! 凄くないですよ! レガリアの力があってこそですよ!」

「ほほ、謙虚で可愛らしいお嬢様ですね!」


 目を線にして微笑むセバスチャン。ミリィも少しだけ表情が軽くなった気がする。


「ミリィ・ペイルスターです。よろしくお願いします」

「はい、どうぞよろしくお願いいたします。ミリィ様」


 セバスチャンは満足そうに笑った。ミリィもつられて笑みがこぼれた。


「流石は坊ちゃん。文句なしの審美眼ですね」

「なんのことかな?」

「国王様と同じで人を見る目をお持ちで安心しました」

「そりゃレガリアも彼女を選んだからね」

「それは素晴らしい」

「ねぇ? どういうことでしょうか?」

「いえいえ、坊ちゃんは女性を見る目があると申し上げたまでです」

「そ、そ、そ、そんな!」


 ミリィは顔をリンゴのように真っ赤にした。いまならきっと甘い味がするのかな?

 俺たちはセバスチャンに促されるようにテーブルの席に座り運ばれてくる料理に目を向けた。

 パンとスープそして野菜のシンプルで健康的な料理だ。


「どうぞ、お召し上がりください」

「「いただきます」」


 素朴な味の中に隠しきれない品を感じる。そのおいしさに俺はつい頬を緩めてしまう。ミリィもびっくりしているようだ。ぱっと見ではそこらへんで食べるただの朝ごはんなのにスープの味が尋常じゃないくらいに奥深いからだ。


「やっぱりおいしいね」

「はい、こんなにおいしいスープは初めて食べました」

「ほほほ、身に余る光栄でございます」


 セバスチャンは満足げにひげを撫でた。しかし、鋭い眼光が俺を差した。


「ところで坊ちゃん、レガリアを入れたポーチがないですね。どうなさりましたか?」

「えぇっとねぇ……。盗賊団に奪われました」

「あれほど気をつけろと言ったではないですか!」


 普段温厚なセバスチャンが怒号を響かせた。あまりの剣幕にミリィがびくついた。


「気を付けてはいたんだけどね、相手の方が一枚上手だったんだよ」

「リオスは悪くないんです! 人質を守るために仕方がなかったんです!」

「人命と天秤にかけて命を救ったのですか?」

「まぁそんなところかな?」

「坊ちゃん。人命を助けるのは素晴らしいことです。ですが目先の人命に囚われてしまってレガリアを失ってしまったらより多くの人命が失われるではないでしょうか?」

「返す言葉もないです」

「まぁ、盗賊団でしたら私も探してみましょう」

「ありがとうセバスチャン」

「今日はお二人でお出かけでもしてきてください」

「そうだね。せっかくだし今日はオフにしよう」


 セバスチャンは大きくため息をついた。そして笑顔を浮かべていつものセバスチャンに戻った。セバスチャンは切り替えが凄く早い。とてつもなく早いのだ。

 俺とミリィはセバスチャンの作った朝食を食べ終えると、早々に身支度を整えて街に出た。


  ***


 街には中央にギルドを置いて南方に教会や議会などの政治や宗教などの施設があり、北側には住宅地として軒を連ねている。そして東側には商店街になっていて西は倉庫街になっている、。

 俺はミリィを連れて商店街を眺めていた。


「普段、冒険者として生活しているからこっちにはあまり来ないのですよね」

「気持ちはわかるよ。でも今日は休日だ。何か見て回ろうよ?」

「そうですね! でもあまりお金がないので……」

「お金のことは気にしなくてもいいから。俺、こう見えても貯金だけはいっぱいあるからね。安心して!」

「そんな! 私のために使わないでください!」

「俺がそうしたいからそうするんだ! 俺の勝手でしょ?」

「む~! ずるいですよ!」


 ミリィは意外と簡単に丸め込めることに気が付いた。優しいからだろうか。俺は最近知ったミリィの押しに弱い一面が意外と気に入っていたりする。


「なぁ、カップルさん? おすすめのデートスポットがあるんだが興味はないかい?」


 程度の低い男がまるでごまをするように近づいてきた。

 不意にミリィが怯えるように身構えた。


「なあに、ちょっとした催し物だよ! 街から西に少し進んだところにあるテントでサーカス団が見世物をするんだよ! きっと楽しいぜ!」

「ちなみにいつかな?」

「今日の夜だよ」

「わかったよ。気が向いたら行ってみるよ」


 男は不気味な笑みを浮かべるとそそくさと他の通行人に話しかけている。

 俺はミリィの手を引いてその場を後にした。


「ねぇ? 嫌な予感がするんだけれど、どうするの?」

「確かに嫌な予感がするね? でも大概こういう場所にレガリアがあったりするんだよね……」

「それじゃあ確認しないとですね」

「そうだね」


 俺は胸に引っ掛かる思いで夜を待った。何もないといいのだが……。

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