第二章 宝石に導かれし少女たち
第04話 失われた重み
結局、女の行方は分からなかった。唯一知れたことはあの女はこの街にはびこる盗賊団のボスのようだった。
家に戻りベッドに腰かけて半ば放心するようにぼーっとしている。
右手の傷はミリィの回復魔法で治してもらった。少しだけ軽くなった腰のベルトを触り、さっきまであったレガリアのはいいたポーチを探した。それでももうそこにはそのポーチはない。
「大丈夫ですよ、きっと見つかりますよ」
「盗賊団に狙われるのは想定内だった。でもあそこまで卓越した窃盗技術があるとは思わなかった。レガリアの力に甘んじていた自分の落ち度だ」
「リオスさん……」
ミリィは何とか慰めようとしてくれているけれど気が気ではない。俺はいま手に残ったレガリアを確認する。
【身体狂化】に【加速】そして【聖剣召喚】の三つだ。これしかない。
「あの時、別のレガリアを使っていたら何とかなったかもしれなかったのに浅はかだった。もっと、考えて行動していればよかったのに……」
「リオスさん! とりあえず、どうしようもないのですからまずはご飯でも食べに行きましょう?」
「そうだね。気を使ってくれてありがとう。ミリィ」
「いえ、リオスさんは仲間ですから!」
ミリィのおかげで少しだけ気分が軽くなった気がする。ミリィが差し出した手を取り、家を後にした。
***
レストラン。俺はミリィと共に食事をしている。よくあるオムライス。安定のおいしさに心が凪いでいく気がする。
「ミリィはそんなで大丈夫なのか?」
「あ、はい。私はこれだけで大丈夫です」
ミリィはサラダだけだ。決してダイエットをしているわけではないだろう。見ているだけでひもじくてかわいそうになってくる。
「なんだったら奢るからちゃんとしたのを食べなよ?」
「いいんです。私は少しでも多くのお金を家に入れないといけないから……」
「そんなに必要なの?」
「はい、下の子が三人もいますので私が頑張らないといけないのです!」
「だったらちゃんとしたもの食べてしっかりと働いてもらわないと困るよ」
俺はウエイターを呼んでサンドイッチを追加で注文する。
「そんな! 気にしないでください!」
「俺は気になる! せめて俺と食べる時は遠慮しないでほしい!」
「ですが、私は貴方に与えてもらってばかりなんです……」
「そんなこと気にしなくていい。それに手伝ってくれるんだよね? それで十分だよ」
「そうですけれど……」
どうやらミリィは自身の才能を自覚していないようだった。俺は彼女の目をしっかりと見つめて言い切った。
「君はもっと自信を持つべきだ!」
「自信ですか?」
「そうだよ。ミリィは素晴らしい魔法の才能がある。君は魔法でなんだってできるんだよ。だからもっと胸を張って」
「ですが、それはリオスさんにもらったレガリアの力ですよね。本当の力じゃないですよね?」
「そうかもしれない。でもその指輪は君を認めたんだ。君は特別な力を使うだけの素質と資格があるんだ」
「指輪に認められた。ですか?」
「そうだよ。指輪には意志のようなものがあって使い手を選ぶんだよ。使い手の人間性や願いなんかをくみ取って力を貸すか判断するらしいんだ」
「私の魔法をもっと使いたいという願いを指輪が叶えてくれたのですね」
「そうだよ。レガリアは誰にでも使いこなせるものではないから」
「でもリオスさんはいっぱい使えていますね」
「それはね俺は王族だから無条件にレガリアに愛されているんだ」
「そうだったのですね」
頼んでいたサンドイッチが運ばれてくる。俺はミリィの方に皿を置いた。
「俺たちはもう仲間だ。遠慮はいらない。だから気にせずに食べてくれないか?」
「ほんとうにいいのですか?」
「あぁ、お互い助け合ってこそだろ?」
ミリィは唐突に涙を流し始めた。俺はどうすればいいのか分からなくなってあたふたしてしまう。
「ごめんなさい。一人で頑張らないといけないと思っていたのでつい嬉しくて」
「もう一人じゃないよ」
「はい、ありがとうございます」
ミリィは涙を拭いて満面の笑みでサンドイッチを食べ始めた。彼女の姿を見ていた俺は安堵の笑みをこぼした。
「あの、リオスさん」
「リオスでいいよ」
「ではリオス。私はレグリオン王国がなくなり、王が崩御した姿を目の当たりにしました。他の王族もみんな……。貴方はどうやって生きてきたのですか?」
「俺を匿ってくれた家族がいたんだよ。俺の執事をしていた人で片田舎に逃げおおせた俺を村のみんなは優しくしてくれたんだ。だから俺はこの力をみんなのために使わないといけない。そのためにはレガリアを取り戻さなければいけないんだ」
「そうなんですね。私、手伝いますから! 必ず取り戻しましょう」
自然と表情が柔らかくなった気がする。ここまで胸が温かく感じるのはいつぶりだろうか? 彼女の笑みを見ているだけで何とかなる気がした。
俺たちは食事を済ませるとミリィを送るために宿に戻った。
宿屋のおやじさんに挨拶を済ませて別れようとしていた時だった。
「そういや、お嬢ちゃん。いい加減、金を払ってもらおうか?」
「その……私、いま持ち合わせがなくて……。もう少し待ってもらえませんか?」
「もう三ヶ月になるだろ? 嬢ちゃんの境遇には同情するけれどもう待てないなぁ」
「そんな……。困ります」
俺は袋から硬貨を取り出しておやじに手渡した。
「これで足りるかい?」
「いいのかい?」
「仲間が路頭に迷うのは困るからね」
「そんな宿代までお世話になるなんて困ります」
「困るのはうちの方だけどな」
店主は顎髭を触りながらミリィを咎める。ミリィは肩を落としている。
「ミリィ? あんまり切り詰めない方がいいんじゃないか?」
「そうですね。またご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」
「気にしなくていいよ」
「それと悪いんだが、もうお嬢ちゃんの部屋は別の人が使っている。悪いが理解してくれ」
ミリィは店主から荷物の入った箱を手渡された。彼女は荷物を抱えて崩れ落ちた。
「どうしよう……。私、宿を探さないと……」
「探せば見つかりそうだけど……」
「祭りが近いから観光客で部屋は埋まってるだろうね」
店主は呑気につぶやいた。もうすぐ建国記念の祭りがおこなわれることになっている。そのため遠方からはるばる足を運んでいる人たちも多い。
俺は項垂れているミリィに提案をしてみる。
「部屋が空いているからミリィが嫌じゃなかったらうちに来るかい?」
「いいのですか?」
「別に構わないけれど、逆に嫌じゃないかな?」
「とんでもないです!」
「それじゃあ行こうか?」
「は、はい」
俺はミリィを連れて家へと向かった。
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