第02話 ミリィ・ペイルスター
「いきなり仲間にしてくれって言われてもねぇ、君の名前も知らないからねぇ」
「私、ミリィ・ペイルスターです。魔法が少しできます。必要なら前衛もやります」
ミリィ・ペイルスター。栗毛の長髪を後ろに束ねた可愛らしい少女。安物の胸当てくらいしか守る物のない危なっかしい装備。盾と剣を持っているが、正直なところ前衛として役に立つのか疑問になる。
「魔法が少しできるって言うのは?」
俺はミリィの違和感について聞いてみた。
「私、もともとは魔法使いをやっていたのですよ。でも総魔力量が低くてすぐに魔力切れを起こしてしまうんです」
「だから剣士に転向したと?」
「ですです! でも、少ししかかじったことがなかったから、手になじむまで時間がかかるっていうか……。経験が足りないっていうか……」
「君は意外と器用なんだね」
「そうですね。人からは何でもそつなくこなせてすごいって言われますけれど、魔法は魔力量が足りないし、剣士は前衛で怖いし、器用貧乏なんです……」
ミリィは肩を落とした。そんな姿が少しだだけかわいそうだと思った。
「せめて、私にもう少し魔力があれば後衛として戦えるのに……」
ミリィは拳を強く握り締めている。いまの俺なら力を差し出すことが出来るのに。
「こんなこと言ってもやっぱりダメなものはダメなんですよね……。ごめんなさい」
ミリィは走ってギルドを出て行ってしまった。
「ミリィさん。魔法の才能があるのに魔力量が足りないせいで魔法が思うように使えないの。まるで翼の折れた鳥みたい」
ラウラの一言が胸に刺さった。きっと彼女は飛びたいはずなんだ。
俺はラウラに「また来る」と言ってギルドを後にした。
ギルドの前には大きな噴水がある。ギルドは町の中心に陣取るように構えていた。冒険者たちは魔物討伐の要だからアクセスの良い中央に位置していた。
そんな噴水の前でミリィが噴水に向かって身体を伸ばして何かをしていた。
「なんで溺れているのよ! どんくさいわね!」
どうやら噴水に落ちた動物を助けようとしているようだった。
「ちょっと! ダメ!」
そして盛大に噴水に落ちた。この子はどんくさいようだった。そして、びしょ濡れになりながら一匹の黒い子猫を掴み上げていた。
「もう、びしょ濡れじゃない! 明日どうしよう……。って言っても私、いまは独りだしね!」
ミリィは猫を離してあげると、黒猫は一目散にどこかへ行ってしまった。心なしか満足そうな彼女を見ていたら俺の心に小さな灯火が宿ったような気がした。
「ミリィさんだっけ?」
「あ、はい! 貴方は?」
「俺はリオス」
「リオスさん?」
「うん、明日予定あるかな?」
「ないですけど?」
「じゃあ、早速だけど試しにパーティを組んでみないかい?」
「いいんですか?」
前のめりになった拍子で水滴がかかる。どうもそそっかしい一面もあるみたいだ。俺はうなずいて肯定する。
「で、でも、この装備明日までには乾かないかも……」
「魔法が使えるんでしょ? ならそっちの装備で来てほしい」
「いいですけど、あまりお役に立てないかもしれませんよ?」
「いいから! それじゃあ、明日、ギルドで待っているから」
俺は返事を待たずに後にした。彼女ならきっと……。俺は期待に胸を膨らませながら宿に向かった。
***
ギルドの朝は早い。みんな出発に向けて準備を進めているから。
にぎわうギルドの中でミリィの姿を探す。
「お、おはようございます」
「うん、おはよう」
ミリィは大きな木製の杖を持っていた。ローブを身に纏い、髪を下ろしてとんがり帽子をかぶっている。一般的によく見る後衛の魔法使いの格好だ。
「その、本当に少ししか魔法を撃てませんので……過信されると……」
「大丈夫だから! これでもソロで活動していたんだから安心して」
「あ、はい」
消極的なミリィを連れて街を出た。
***
森の中を進んでいく。木々のさざめきや鳥のさえずりが心地いい。
「えぇっと……今回の目標は森に住まうオーガの討伐か」
「私なんかにオーガを倒せるのかな」
「大丈夫。俺が何とかするから」
オーガ。大きな体躯をした人型の魔物だ。村を襲い、食料を奪い、女を攫う。存在するだけで村を壊滅させてしまう悪魔のような存在。それが隣村の森の中に現われたらしい。
俺はポーチに隠したアクセサリーを撫でる。中には様々なアクセサリーが入っている。これは大事なものだ。誰にも触らせない。
「鳥たちが騒がしいですね」
「近くに例のオーガがいるんだろう。気を付けよう」
「はい」
小動物たちが森の奥から逃げるように通り過ぎていく。奥で木々がざわついている。きっと奴がいるのだろう。
俺は腰に下げた剣に手をかける。
唐突に悲鳴が聞こえた。
「ミリィ、行くよ」
「は、はい」
森の奥に向かって俺たちは走った。開けた場所に行きつく。そして、目の前の光景に息を呑んだ。
若い青年が血を流して膝をついて剣を突き立てている。女性の弓使いが地面に倒れ、身体の大きな武闘家がオーガに掴みあげられていた。パーティが崩壊している。
ミリィが叫んだ。
「マーク、シーラ、ケイン!」
「知っているのか?」
「私がいたパーティです」
俺は奥歯をぎりぎりと噛みしめた。
「くそっ……負けてたまるか!」
「ケイン! いま……何とかする」
若い青年が立ち上がろうとするが間に合わないだろう。しかし、オーガは男を手放して、大きくのけぞっていた。
「ブリザード・ブラスト!」
ミリィの氷魔法による氷塊がオーガの頭に直撃したからだった。大男は倒れている女弓使いを担ぎ上げて後退した。
「おまえ、ミリィか?」
「大丈夫?」
「大丈夫に見えるかよ?」
「ここは私と彼で何とかするから逃げて」
「横取りさせるかよ」
若い青年の剣士が怒鳴った。
しかし、戦況は刻一刻と変化する。オーガが走り出してきたからだ。
振りかぶった棍棒を振り下ろしてきた。
俺は剣を抜いてオーガの一撃を弾き飛ばした。
「なんだと! あのオーガの一撃を軽々と弾きやがった!」
「うそ! リオスさんは本当に強かったんだ!」
「ミリィ、援護!」
「は、はい」
ミリィは魔法を詠唱してオーガのいる地面を凍らせて身動きを封じている。俺は疾風の如く詰め寄り、剣を横に一閃。オーガの身体を真っ二つにした。
「マジかよ、お前何者なんだよ!」
「リオスさん本当に強いんですね!」
「まだだ! まだ来るよ!」
地響きが鳴り、奥からオーガが二体突っ込んできた。俺は剣を構えて迎撃の準備をする。しかし、振り返るとミリィは棒立ちをしていた。
「ミリィ!」
「ごめんなさい! 魔力切れなんです!」
「二発しか撃ってないぞ?」
「でも、本当に魔力切れなんです」
ミリィの顔色が悪い。確かに魔力欠乏症になっている。このままではまずい。
俺はポーチから一つの指輪を取り出してミリィに投げた。
「何も訊かずにこれを指にはめてくれ」
「わ、わかりました」
ミリィは受け取った指輪を薬指にはめた。指輪は彼女の指に合わせて形を変えた。
俺は迫りくるオーガを蹴り飛ばして距離を取る。
「あれ? どうして?」
ミリィは文字通り輝きだし、そして目で視認できるほどに魔力を溢れさせている。ミリィは杖を構えて詠唱をする。
「リオスさん! 離れてください! ロック・エッジ!」
俺は彼女に促されるように後方に跳躍して下がった。そして、ミリィの魔法が炸裂する。それは圧巻だった。まるで枷から解き放たれたかのように地面から巨大な棘が生えだしてオーガたちを串刺しにした。オーガたちはそのまま動かなくなった。
ミリィが魔法を解くと、大穴を穿たれたオーガたちが崩れ落ちた。
彼女の魔法の才能は目を見張るものがあった。
(やっぱり、あの指輪はミリィを選んだんだ)
俺は確信を得た。何が起こったのかわからずにいるミリィのもとに近づいた。
「リオスさん! 魔力切れを起こしていたのにこの指輪をしてから魔力が溢れてくるんです! これはどういう事なんですか?」
眼を見開き驚いているミリィに俺は一つの事実を告げた。
「レガリアの力だよ」
そう、レガリア。あの指輪はレガリアと呼ばれる亡国の権能の一つだったのだ。
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