2.

「コウタ。マコさん、くなったってホントか?」


 姉さんが死んで二週間が経った頃だった。橋下と一緒の帰り道で、他愛もない話をしていたはずだった。期末試験の前で、テスト勉強のための期間として部活が休みになった。じゃあ軽く図書室で勉強して、帰りは幸楽こうらくで学割ラーメンでも食うか、と橋下に持ちかけられた。そんな帰り道だった。


 僕の家まであと百メートルも無い交差点で、橋下の家はその南にあった。この交差点で別れて、信号を渡ったアイツを見送るのが僕の習慣だった。しかし信号を渡る前に、橋下は自転車に身体をもたせかけながら、少し構えた顔で、言った。


「すまん、急に聞いちまって。ただ、お袋がそんなこと言ってたんだが、お前からそんな話聞いてないし、本当なのか、気になっちゃってな」


 こちらを見ながら橋下が聞く。橋下は姉さんと交流があった。昔からよくウチに来てたし、姉さんとも随分ずいぶんと仲が良かった、と思う。中学に入ってからは部活の陸上が忙しくなって、姉さんとも会う機会が無くなっていたが、それでも時々様子を聞かれていた。


 以前から「マコさんは美人だ」としきりに話していたし、写真をせがまれたこともある。僕は少し得意になって、実物の二割増しで美人に撮れた写真を送ってやった。


「言ってなくてすまん。橋下の言う通り、姉さんは死んだよ。七月七日だから、ちょうど二週間くらい前かな。七夕の夜に、静かに逝ったよ。ちゃんと話せなくて、すまなかった」


 一息に話すと、橋下は目を見開みひらいた。そうして一つ息を入れた。毅然きぜんつとめようとしているようだった。


「そうか。それは、ご愁傷しゅうしょうさま、って言うのは、あってるのかな。」


 橋下から聞いてきたというのに、しどろもどろになりながら、僕に聞いてきた。「あってるよ」と伝えると、そうか、いや、すまん、と呟きながら、下を向いてしまった。


 そんなかしこまるなよ、と言おうとしたら、橋下の足元のコンクリートにみが出来たのが見えた。自転車の車輪のかげに、ぽたぽたっと、涙が落ちていた。


 橋下は静かに泣いていた。それを見て、僕もまた泣けてきた。姉さんが愛されていたのは家族だけじゃなかったんだ。誇らしいのに、むなしかった。


「俺も、マコさんが大好きだったんだ。大好きだった」


 橋下が言ってくれて、また泣いた。


 僕も、大好きだった。

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