1.

 姉さんは我が家の中心だった。


 当たり前だけど、僕は生まれてからずっと姉さんと一緒だった。一緒に寝て、一緒にご飯を食べて、一緒に育ってきた。母さんは「アンタが泣くと姉さんがいつもすぐあやしてくれたのよ。なんで泣いてるかなんて分かってないんだろうけど、本能なのかしらね。一生懸命アンタのことでたり、声かけたりして、最後は一緒になって寝るの。そうしたらアンタもすっかり泣き止んでるんだから、不思議よねえ」と話してくれた。そんな記憶はないけど、姉さんならきっと、ずっとそうしてくれてたんだろうな、と思う。


 僕がまだ四歳にもならない頃に、姉さんは独りで外に出てしまったことがある。父さんも母さんも、そんなことをする子だとは思っておらず、まず家中を探し回った。どうやら家の中には居ないと思い至った二人は、寝かしつけた僕の世話をおばあちゃんに任せて、顔面がんめん|蒼白《そうはくになりながら近所を探し回った。


 父さんは車を出して、国道沿いの道をぐるりと回った。母さんは半ベソで自転車を漕ぎながら、最寄もよりの幼稚園や公園など、姉さんが行ったことのある場所をしらみ潰しに探したという。


 僕と同い年の息子さんがいて、たびたび交流があったご近所さんの橋下さんの家も訪ねたらしく、今でも橋下さんのお母さんからは、その必死な様子を笑い話にされている。


「笑い話になった」と書いた通り、この話はこのあと、あっさりと解決した。夜までかけて姉さんを探し回った父さんと母さんは、精根せいこん尽き果てて家に戻り、さぁいよいよ警察か、と思ったところで、ベッドの上の僕の隣で眠っている姉さんを見つけたそうだ。おばあちゃんは姉さんが帰ってきたのにも気づかず寝こけていて、母さんは思わずおばあちゃんに怒鳴どなってしまい、二人の仲はこのあと少しの間、ぎくしゃくとしたらしい。


 さて、当の姉さんはというと、僕の枕元まくらもとにたくさんのドングリを運び込んでいた。隣で眠る姉さんの服にはたくさんの枯れ葉がくっついてた。姉さんは近所の公園へ、僕へのプレゼントを探しにお出かけしていた、というのがことの真相だった。


 僕はこのドングリがいたく気に入って、寝ても覚めても握りしめていたそうだ。その様子を見た父さんが、そのドングリに根付ねつけを着けて、ストラップを作ってくれた。軽くでて虫が出ないようにし、ニスを塗ってつやを出したそれは、ちょっとした土産物みやげもの屋の売り物のようになっている。母さんも随分ずいぶんと気に入って、いつも使う自転車の鍵のキーホルダーとして、今もずっと使っている。もちろん僕も姉さんも、それからは肌身離さずに身に付けていた。


 姉さんが亡くなった今、姉さんが持っていたストラップは僕が持っている。僕のストラップは火葬場で姉さんと一緒に焼いてもらった。姉さんのストラップをもらう代わりに、僕のストラップを持っていってほしかったからだ。後で父さんにその話をしたら「ずるいぞ」と言われた。父さんのドングリは、民宿のマスターキーに今もぶら下がっている。

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