「姉さん」

小出清亮

0.

 姉さんは死んだ。せみかえるの声が夏を告げる七月七日の夜だった。十七歳だった。


 父さんは信じられないと言って、ずっと泣いていた。母さんはそれをなだめることで、逆に冷静になったみたいだった。いざ命に関わる話となった時には女性の方が冷静だなんて、学校を休んだ日のワイドショーで流れてた気がするけど、そんな番組の言うことも一理あるなと僕は思った。


 そもそも、父さんの方が姉さんを溺愛できあいしていた。だからなのか、一週間経っても父さんはなかなか立ち直らず、実家の民宿みんしゅくも臨時休業していた。


 今年から高校生になった僕が言うのは少し気恥ずかしいが、僕は姉さんが大好きだった。だから、父さんに負けず劣らずなかなか立ち直れなかったけど、母さんに説得され、学校は休まなかった。


 周りに姉さんの死は伝えなかった。母さんが一生懸命準備してくれた葬儀は、家族だけの小さなものだった。お通夜なんて大それたこともせず、近しい人だけを招いてお葬式をした。


「家族以外に伝えるのは、りを見てからでいいでしょ」と母さんは言った。


 まだほとんど、もしかしたら誰にも連絡をしていないのかもしれない。父さんはまだ動けないし、誰かに事情を説明するとなると、それは母さんの役目になってしまう。そうした時に、姉さんが死んだという事実を誰かに話してしまうことに、母さんは耐えられないのだと思う。


 だから、まだ姉さんのベッドも洋服も、何もかも部屋に残っているんだと思う。亡くなった時に着ていた服も丁寧に畳まれて置いてあった。僕は誰もいない部屋で、ちょっとだけその服を抱きしめた。


 僕を守ってくれてありがとう、姉さん。


 僕を育ててくれてありがとう、姉さん。


 僕たち家族をつないでくれてありがとう、姉さん。


 姉さん。姉さんが大好きだったよ。


 おやすみ、姉さん。


 明日の学校は、サボることにした。

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