第27話 本人はいいヤツ

「っわ、たし……なんのために一生懸命バイトして……」

「目が覚めたならぁ、さっさとあんなとこやめましょお? いっそバックれてもいいですからぁ」

「え、いいの!?」


 加賀野が由奈を慰める言葉に、つい美咲はツッコんでしまった。

 一応常識的な社会人の美咲は、バイトといえども無断退職はどうなのよ、と思ってしまう。


「いいんですよぉ、あんな店。店長がぁ、その草井何某の友人で、由奈はあのクソに紹介されたんですけどぉ、あそこ馬糞拾いの詰所みたいなモンですよぉ。臭くってしょーがない」

「まぐ……なんだって?」


 突然飛び出した尾籠な単語に、美咲は呆気に取られる。


「むかーしの言い回しで、娼婦を馬鹿にした言い方だよ。加賀野。そういう悪い言葉を使わない」

「てへ?」


 環は美咲に説明しつつ、加賀野を叱る。


「あぁ、娼婦の……って、えぇっ!?」


 美咲は口をパクパクさせながら、由奈と加賀野を見た。


「させてませんよう。わたしの可愛い子に害なすようなら罰をぶち当ててやるとこですがねぇ、法でも裁けないよそごとに首ぃつっこむのは、越権行為ってもんでしょー?」

「しょーふ?」


 何を話しているのかわかってないのか、首を傾げている由奈に、加賀野は優しく言った。


「あの店の店長ね、パパ活の斡旋してたんだよぉ。だから、由奈には早く辞めろって何度も言ったでしょお?」

「え、嘘!」

「嘘ついてどうすんのぉ? 前にも教えた時は考えすぎとか、馬鹿にして話を聞いてくれなかったじゃなぁい」

「……だって、凪がバイトを辞めさせようとして変なこと言ってると思ったんだもの」


 ぐ、と口を歪めて由奈は肩を落とす。


「草井何某はろくでなしなだけだけど、友達だっていうアイツはならず者のど外道な悪党ですよぉ。目をつけられる前にバックれましょお」


 あくまで加賀野はバックれ推奨だ。


「パパ活斡旋て充分犯罪だと思うけど、警察に言った方がいいんじゃ……」


 美咲が恐る恐る聞くと、加賀野はふっと笑う。


「友達に彼女を紹介するののどこが犯罪なんですぅ? ううん、彼女どころか、趣味仲間とか、紹介した後、お付き合いが始まったとして、そしてすぐに別れたとして、紹介した人にどんな罪があるんですぅ? 特殊浴場の自由恋愛とか、抜け道や言い逃れはいくらでもひねくり出せるんだから、一番いいのはそういう場に近づかないこと、うっかり足を踏み入れたなら即座に退避することですよぅ」


 加賀野の口ぶりから、本当にろくでもない店だったのが伺える。

 よくもまぁ、曲がりなりにも自分の彼女にそんな店を紹介したものだ、と美咲は、これ以上下がる余地はないと思っていた草井洋平の評価をさらに下方修正する。


「なんでそんな店紹介したんだろ……」

「紹介マージンが入るのとぉ、時給が高いからじゃないですかねぇ。バイトで稼いでくれればホテル代になるとでも思ったんじゃないですかぁ?」


 けっ、と吐き出すように加賀野は言った。


「うわ、サイテー。引くわぁ」

「こんなこと言っても慰めにならないでしょーが、あやつめ他人に興味がなかったのでぇ、店の実態とか、ご友人のお人柄とかぁ、ぜーんぜんご存じなかったと思いますヨォ? 割りのいいバイトを紹介してやった、ぐらいのつもりだと思いますぅ」

「それにしたって……」

「本人はバカでクズなだけですけどぉ、アホでもあるのでぇ、悪党には手頃に利用できるんだと思いますぅ。本人はあくまで『いいヤツ』なので、変な輩も吸い寄せやすいんですよねぇ。その最たるモノが、あの店の店長とか、あるいは放火女みたいに思い込みの激しい女なんじゃないですかぁ?」

「うぐっ」


 辛辣な加賀野の評価に、自分自身も変な輩と言われたような気がして、美咲はショックを受けた。同じように由奈も呆然としている。


「まぁ本人に罪はないにせよ、おかしな輩の手綱を捌ききれなくてこちらに害が及んだ分は、落とし前をつけて欲しいもんですよねぇ」


 にたり、と笑う加賀野の口が大きく裂けたように見えた。

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