第2話

「俺は、これまでずっと舜の脳内にいた。——元々は、俺と舜は双子の兄弟だった、らしい」


「——……」


 霧島くんは、一体何を言おうとしているのか。さっぱり意味がわからない。

 返す言葉すら出てこない私の顔を見て、霧島くんはまた小さく微笑んだ。

「わけわかんないよな。でも、とりあえず最後まで俺の話聞いてくれる?」

 私は黙って深く頷いた。


「ついこの前まで、この体を支配しコントロールしてきたのは、舜だった。

 俺は、舜の脳の一部に寄生してる状態、とでも言えば近いのかな……とにかく、物心ついた時から、俺にあるのは視覚と聴覚だけだった。それと……自分には視覚と聴覚がある、という意識。成長するに従い、この視覚と聴覚は『舜』っていう名の宿主と共有してるんだってことも理解できた。

 宿主である舜は、恐らく脳内の俺の存在に気づいていない。舜の考えていることは俺に伝わってこないし、向こうから俺に何か話しかけてきたこともない。俺たちの思考回路は、全く別になっているようだ。

 当然、俺も舜の行動に口を出すことも、舜に抗って体の動きを変えることもできない。んー、分かりやすく言えば……ひとりきりの真っ暗な部屋で、舜がライブ体験してる動画をひたすら眺め続けるだけ、みたいな」

「動画を、眺め続けるだけ……」

 簡単には想像がつかない。喉が詰まるような苦しさで、思わず問いかけた。

「それ、辛くなかったの?」

「はは、元々感覚がそれ以外ないからな。苦しいも楽しいもなかった」

 彼は屈託のない様子で浅く笑い、言葉を続けた。

「俺は、自分自身のこの存在が一体何なのか、ずっとわからなかった。

 けど数年前、父親が舜に詳しい話を聞かせたんだ。出生前の、母親の胎内で起こったことを。それでやっと、俺は自分の正体の手がかりを掴んだ気がした。

 母親の胎内で、最初舜はもう一人の兄弟と二卵性の双子だったらしい。ただ、胎内での発育の途中で、双子のうちの一方がなんらかの原因で消失してしまう現象が起こった。その結果、舜は生き残り、もう一方は消えた。……こういう現象をバニシングツイン、っていうそうだ」

「バニシング、ツイン……?」

「うん。

 その際、成長が見込めなくなった胎児の形成されかけた組織が、無事に成長していく胎児の内部に取り込まれる現象がごく稀に起こるらしいんだ。

 それを知って、ふと思いついた。

 もしかしたら、俺は途中で消えた双子の一方で、できかけた俺の脳の一部が、舜の脳内に取り込まれたんじゃないか、って。……まあ、舜が親の話やネットとかで集めた情報を元に、勝手に俺がそう推測してるだけだけどな。

 とりあえず、一つの脳内に二人分の感覚や意識を内包してるなんて、それが原因としか考えられなくて」


 ここまで聞いて、ようやく霧島くんの言っていることが何となく把握できた。

 と同時に、新たな疑問がどんどん湧き出してくる。


「……それで、つまり……今ここにいる霧島くんは、舜くんではない……んだよね?」

「うん。

 この前の事故で意識を失って、二日後に目覚めた時に——声を出したのは、舜じゃなくて俺だった」


「…………」

「あの事故をきっかけに、この身体をコントロールしているのは舜から俺に切り替わった。そのことに気づいたんだ。

 舜の脳よりも、俺の脳の方が先に意識を取り戻した、っていうことなのかもしれない。

 けど、舜の脳内に兄弟が棲んでたなんて、親に話したって混乱させるだけだし、信じるかどうかわかんねえし……とりあえず、周囲には舜が覚醒したふりして過ごしてるけどな。

 最初は要領を得なかった身体の動かし方も、自宅で慣らしながらどうやらマスターした。それで今日、ここに来てみたんだ」


「……そっか……

 舜くんよりも、あなたが先に覚醒した……

 なら、今の霧島くんは、名前がないってことだね」

「……は?」

「ずっと舜くんの中で過ごしてて、外に出られなくて。つまらなかったよね。

 双子なのに、舜くんとまるっきり性格違うじゃん。なんか面白いね!」

「…………真田さんさ。今の話聞いて、最初に気にするとこってそこ?

 俺のこと、とりあえず不気味とか気持ち悪いとか思わないの」

「もちろん、ぶっ飛ぶほど不思議な話だよ。でも、あなたが嘘ついてるとは思えないし。今日の霧島くんの別人っぷりがあんまり凄かったから、逆に今の話ですごく納得したっていうか。

 とりあえず、あなたの名前考えようよ。じゃないと、話しにくいよ」

 私の言葉に、霧島くんは小さくため息をつき、やがてモゾモゾと困ったような顔をした。

「ってか、自分の名前考えるとか、なんか超小っ恥ずかしいもんだな……」

「よし、なら私がつけてあげる。

 今日、8月1日でしょ? あなたは、たった今私の目の前で生まれたから……そうだ、『葉月はづき』とかどう?」 

「『葉月』……? ちょっと女子っぽくね?」

「えー、文句あるなら自分でつけなよ」

「あー、いいや、それでいい」

「それでいいって何よ!」

「あーすいません、それがいいです!

 うん。ほんと、爽やかで、いい。——ありがとう」

 葉月くんは、そこでようやくはにかんだように笑った。



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