第14話

 祭りが終わると村人はそれぞれの家に帰ったが、猛はクルボと共に長老の家に上がった。ハンの物語を聞くためだ。


 その家には老若男女、十三人もが住んでいた。皆、長老の息子とその嫁、孫たちだという。


 若い娘が猛の両側に座った。それだけで猛はめまいを覚えた。徴兵されてから何年も、若い女性に接したことがない。


「昔、この村の南に白い大きな神殿があった……」


 長老は狼狽うろたえる猛を見据えながら静かに語り始めた。


「文明の黎明期れいめいき、この島の豊かな森の中に白い神殿があり、その周囲で多くの部族が暮らしていた。人々は魚を取り、タロイモを育て、石や植物を利用して日用道具を作り、それらを分かち合う。集まっては太鼓を打ち鳴らし、歌をうたい踊り、老人は子供に物語を語り、子供は両親と共に野や海へ出かけて生活のかてを求め、そして遊ぶ。……人々は人生と季節の節目になると神殿の神に祈り、欲に縛られない生活を送っていた。それは贅沢な暮らしではなかったが、彼らは十分幸せだった。


 ……神殿が造営されてどれほどの時が過ぎていたのかは誰も知らない。人々がそこに住み着いたとき、神殿はすでにあったからだ。……神殿は、雷や嵐で壊れることがあったが、翌日には自らの力で修復していた。そのために人々は、見えない神が住んでいるのだと考えた。住民たちがその神殿とそこに住む神をあがめるのは自然なことだ。しかし、その時代の価値を信じない者は、いつの世にも生まれる。……厄災によって多くの家族を失った若い族長が、白い神殿に住む神の力を手に入れれば、一族の永遠の繁栄と幸福を手に入れられると考えた……」


 長老が語ったのは、親族をなくして絶望し、神を疑った英雄ハンの苦難の人生だった。


「……男は神殿に忍び込み、神の力の源の〝神の心臓〟を盗み出した。……男は永遠の命を得、神殿は崩壊して白い砂山と化した。その跡は今も残っている。その白い砂山は草木が生えることがない。……百に及ぶ村々は、神殿に住む神に守られて繁栄し、数万の人間が暮らしていたという。しかし、一人の男の手によって、それらは全て失われた。……人は全て善人ではない。同じく、すべて悪人ではない。心の中には様々な人が住んでいて、時に善に、時に悪に変わるものだ……」


 長大な大河、ワニの群れ、白い神殿、暗黒の部屋にたたずむミイラ、神の心臓……。長老の感動的な語り口調は、酒に酔った猛の頭の中に映画のような映像を描いた。


「ゴホン……」


 大きな咳払いの音がして、猛は我に返った。


 咳の主はハンの物語を語っていた長老だ。彼がヤシの実で作った盃を傾けて喉を潤した。


 猛は夢を見ているような心持だった。まるで自分がハンで、神殿の中を見てきたようだ。そこのレリーフに描かれていたものは、銃を構えた兵士であり、戦車であり、戦艦や戦闘機の数々ではなかったか?


「お客人。ここまでの話は理解できますかな?」


 長老が猛に問いかけた。


「はい。よくわかります」


 猛は彼に対する感謝の意味を込めてそう答えた。ただ、彼が語った冒険的な物語は動的で、祠にある静的なハンの姿とは重ならない。


「ハンは神の掟が彫られた〝神の心臓〟を手にしたものの、我が家を繁栄させることはできなかった。私たちは皆ハンの末裔だが、こうして昔とあまり変わらない生活をしている。……私たちは、あなたのように立派な服を身にまとうこともなければ、鉄砲を持つこともない。タロイモを育て、ブタを飼い、野ヤギや山鳥を狩り、川で魚を取って暮らしている」


 ボロボロの戦闘服を立派な服と言われた猛は、むずがゆいものを覚えた。


「しかし、ここで生き残ったのがハンの末裔だけなら、ハンの行動には意味があったのではありませんか?」


 猛は長老たちを慰めようと、そう言った。


「確かに、そういう見方もできる。ハンがあのような姿で生き続けているように、我々も、滅びることも栄えることもなくこうして生きている。……それは幸せなことだろうか?」


「殺しあうよりは、幸せでしょう」


 猛は自分たちが行っている戦争のことを言い、三八式歩兵銃を指さした。ジャングルの中で何度も、死んでも良いと考えたことなど、おくびにも出さずに。


 猛をとりまく男たちが、猛と銃を見比べながらうなずいた。


「あなたは良い人だ」


 長老が目じりを下げた。




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