第15話

「ハンは、どうしてあのような祠にいるのですか?」


 猛は長老に尋ねた。


「村に戻った後のハンの行いは、その妻によって伝えられたことだ。……〝神の心臓〟を手に入れたものの、その使い方をハンは知らなかった。そこで数日、それを水につけたり、火にかざしたり、抱いて寝て見たりと、あれこれと試したそうだ。そしてその瞬間を見た村人はなく、気付いた時には、村はずれの大樹の下であのような姿でみつかった……」


「その時のままなのですか、ハンは?」


 長老が大きくうなずいた。


「ハンは〝神の心臓〟を膝に抱き、樹木のように動かなかった。が、息はしているし心臓も動いている。……村人は家に連れ帰ろうとしたのだが、その足は大地に深く伸びていて、そうすることができなかった。それは今でも変わらない……」


 彼がホッと吐息をもらした。


「樹木、……ですか?」


 猛は、祠の中のハンの姿を思い出していた。頭に浮かぶのはピンク色の肉がむき出しになった顔や胸ばかりで、その足が大地に埋まっていたのかどうか、記憶になかった。


 人間の足が地面に根付くことなどあるのだろうか?……日本で原野を開拓してきた猛だ。植物のことは理解しているつもりだった。人間がそのような植物に変わることなど信じられなかった。


「祠の中が暗いので分からなかったのだな。ハンの足は大地の中に根のように伸びているのです」


 クルボが改めて教えた。


「樹木のように大地から力を得ているのでしょう。彼はそうして永遠の命を得た。代りに全く動くことができなくなった。彼はその姿勢を変えることが出来ず、言葉も失った。瞬きすらできず、眼も食われる。しかし、しばらくすると輝きを取り戻す。髪やひげは伸び放題。それを私たち子孫が切りそろえる……」


 長老は疲れたのか、体を横にした。そして言葉を続けた。


「……最初に祠を立てたのは、ハンの妻だという。今の祠は私の父が建て直したものだ。村はずれには山猫やネズミが出る。それらは動くことのできないハンの肉を食う。しかし、食われた肉は一晩で元に戻る。そして、また食われる。それで、山猫やネズミがハンに近づけないように、祠で囲ったのです」


 動かぬ肉体が常に再生してしまうという神の呪いか?……猛はハンの人生を想像し、言葉を失った。ハンが半分樹木に変わって数百年か数千年か見当もつかない。


「むごいことですね」


 素直な思いを告げた。


「ハンの運命は神殿と同じなのだ……」


 長老の正面に掛けていた白い髭の老人が初めて口を開いた。


「……あの〝神の心臓〟をハンから取り上げれば、ハンは死ぬことになるだろう」


「しかし、その石を取り上げた者は、神殿やハンと同じ運命をたどることになるだろう。望みは叶えられるが、罰も受ける。おまけに〝神の心臓〟を失った途端に死に至るのだ」


 一座の中に沈黙が広がった。顔を見合わせる者がいる。うつむいてしまう者もいた。皆、ハンを憐れむと同時に、どうしようもない運命を抱えて立ちすくんでいるようだ。


 長い物語に夢中になっていたようだ。小屋の中に朝日が差し込んでくる。その光に誘われるように小鳥がさえずり、村人は酔った頭を抱えながら長老の家を後にした。


 猛はクルボの家で横になり、仮眠というには深い眠りを貪った。


 陽が高くなり熱気が昇り始めると、木々に巣くう鳥たちもさえずるのを止めた。一方、猛はのどの渇きを覚えて目を覚ました。それまでのように銃を抱いていなかったことに自分が驚いた。


 すっかり恐怖と不安から解放されたようだ。……自分の状況を分析すると満足を覚えた。


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