第13話

 小道を西に歩くと道沿いに畑があった。猛が日本で耕していた畑に比べれば面積は小さく、耕作方法も素朴に見えた。それでも熱帯地方の特性から、植物は驚くほど速く育つ。自分達が食べるだけなら困らないのだろう。


 畑で働いているのは三人だけだった。その三人もクルボが風変わりな客を連れているとみると、畑仕事を放棄して二人の後についてきた。


「こんにちは」


 猛は後ろを歩く村人に声をかけてみた。すると彼らは、猛の周りに集まり、口々に何かを言った。「銃は撃てるのか?」とか「弾は入っているのか?」「俺に撃たせてくれ」といったことだ。彼らは、猛が背負っている三八式歩兵銃に関心を示した。猛は笑ってごまかした。


「客人を困らせるな」


 クルボが言うので、猛はホッとした。


 それでも三人は、「どこから来た?」とか「何しに来た?」とか、質問を止めることがなかった。


 猛は、大日本帝国という北の国から来た、とだけ話した。彼らは、日本を知らないようだった。それもそうだろう、と思った。この国の町には学校がなく、文字をかける者は少ない。本や世界地図などもジャングルの中の村にあるはずがない。


 しばらく歩くとわずかに汚物のような臭いが漂ってくる。広場を中心に高床式の建物が十五棟ほどの集落があった。目を凝らすと、建物の下で豚を飼っている家がある。臭気はそこからしていた。


 これが人間の、生活の臭いなのだ。……猛は戦争から解放された気がした。ホッとした。


 クルボの村は鬱蒼うっそうとした樹木に囲まれていた。それらが防風林を兼ねているのだ。


 広場で仕事をしていた大人も、遊んでいる子供たちも半裸の現地の住人だった。猛がおそれていたアメリカ軍や日本軍の姿はない。猛が広場に入ると、数名の住民が集まってきて猛を取り囲んだ。皆、歓迎していた。


 猛はクルボの後について一.五メートルほどの高さの階段を上り、クルボの家に入った。そこは日差しが遮られ、涼しい風の通る快適な空間だった。家具といったものはほとんどない。彼の妻と赤ん坊だけがいた。


 クルボの妻はユラム、赤ん坊は生後七か月でラシムだ、とクルボが紹介した。


「長老のところに行ってくる」


 彼はそう告げて再び家を出た。


 彼が長老らと共に兵隊を連れてくる可能性も考えたが、その時はあきらめようと思った。とはいえ、歩兵銃は手元から離さなかった。


 猛がぼんやりしていると、クルボの妻がタロイモを練って焼いた食べ物と冷たい水を出してくれた。それらを平らげたころ、村人が次々と集まって来た。それぞれが思い思いにタロイモや干し肉、魚の干物、バナナなどの食べ物や酒を持参している。


 村人は猛の前に食べ物を積み上げて、今日は客が来た素晴らしい日だ、といったことを口々に言った。猛は村人に精いっぱい感謝を述べた。


 その晩、村の広場で大きな焚火たきびがたかれ、猛を歓迎する祭りが開かれた。


「村人が全員集まった」


 長老が酒の入った椀を差し出した。酸っぱい味のする酒だった。


 全員というには若い男が少ない。それを訊いた。


「アメリカ軍や日本軍のところで働いている」


 説明したのはクルボだった。そこで鉄の工具や機械を手に入れるために、若い男は出稼ぎにいくらしい。


「私はハンの世話があるから出稼ぎにはいかなかった」


 彼は誇らしげに言った。


 祭りは、男も女も、大人も子供も入り乱れて歌い、踊り、全身全霊をぶつけ合うように催された。


 広場の中央の焚火に、村人が薪や大麻に似た枝を投げこむ。そのたびに、赤い火の子が巻き上がり、甘い煙が漂った。


 一種のトランス状態なのだろう。村人は裸になって踊り狂い、奇声を上げ、抱き合った。


 つい昨日まで干からびた戦争と向き合っていた猛は、祭りの持つ生気に呆然とするばかりだった。いや、それは最初だけだ。村の娘に手を取られて踊りの輪に加わったあとは、一緒になって飲んで、食って、踊り狂った。しまいには足腰がしびれて地べたに倒れた。


 この世のどこで、戦争などやっているのだろう?……猛は夜空の星々を見ながら考えた。満天の星がぐるぐる回って見えた。……幸せとは、こういうことをいうのだろう。切実に感じた。


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