第13話 お前は誰だ?

「絶対死んだって思ったぜ」

「僕もそうだよ」

「ああ、私も同じなのだ」

「ですね……」


 これが悪魔を見た、普通の生徒の反応か。


 俺は、命の危険を微塵も感じなかったんだけど……。

 これはゲームアイテムのおかげなのか、それとも俺はこれがまだゲームだと思ってるのか。


 考え出したら深みにはまりそうだ。

 一旦思考を遠くにポイする。


「みんな、そろそろゴールに向かうぞ」

「そ、そうですわね」

「素材はちゃんと回収したか?」

「うん、ばっちり!」

「これを売れば億万長者か……ごくり」

「億万長者にはならんだろ」


 深度Ⅲの悪魔素材は、全部売っても億には届かない、はず。

 たぶん。

 ゲームだと、一千万くらいだった。


「オークション次第だけど、ものすごく上手くいったら億に届くこともあると思うよ」

「それマジ?」

「うん」

「よっしゃ! おれ、地上に戻ったらいい武具を買うんだ!」

「なんで三浦くんは分配があると思ってるの?」

「なん、だとッ!? いやいや、おれたちパーティじゃん?」

「そうだけど、何もしてない人がお金を貰えるわけないでしょ」

「そうだぞ三浦くん。何もしてない私たちは、分配を受け取る権利がないのだぞ」

「だとさ。残念だったな、大斗」

「うへぇ……」


 大斗ががっくり肩を落とす中、ちらりエルドラに視線を送る。

 了解というように目を明滅させて、エルドラはふよふよ漂いダンジョンの脇道に消えていった。




          ○




 深淵出現により生み出された濃紫色の次元層が消える姿を、外から見ている男がいた。


「そんな、馬鹿な……」


 影に潜む男が声を震わせた。

 次元層が消えても、未だ目の前の現実が信じられない。

 深度Ⅲの深淵を攻略するには、D級ハンターがパーティで挑む必要がある。


 これは長年、人類が積み重ねた経験から出されたほぼ絶対の基準だ。

 にも拘わらず、たかだか学生が――それもFランクの少年一人が、深淵Ⅲをクリアしてしまったではないか!


「何故だ、何故だ、何故だ、何故だ!」


 虎の子の禁制品を使用したにも拘わらず、目的を達せなかった。

 あまりのショックに、倒れてしまいそうだ。


「……まさか、偽物を渡されたか?」


 男は先日、自らの組織の支援者と名乗る者に遭遇した。


『このままでは、ハンターの天下は変わりません。ハイクランを駆逐し、本当の日本を取り戻すため、これをお使いください』


 そういって渡されたのが、禁制品――深淵石アビスコールだ。

 これを使えば、必ず深淵をその場に生み出せる。


 はじめは禁制品の出現に腰が引けた。

 深淵石は所持するだけでも重罪だ。万が一何者かに見つかれば、二度と日の目は拝めない。


 臆病風に吹かれる男だったが、自らの信念を思い出し踏みとどまる。

 これも、世のため人のためだ。


 日本のみならず、世界を牛耳るハンターという人外を駆逐する。

 世界を正常にするため、人類の正義のために使うのだ!

 ――そう、男は己に言い聞かせる。


 本来は、まだ成長していないハイクランの御曹司をまとめて処分するために、深淵石を使う予定だった。

 跡継ぎが消えることで、ハイクランを大幅に弱体化させられるからだ。


 しかしここにきて、白河という学生が頭角を現した。

 入学したばかりでありながら、Aランクハンターへの昇進テストをクリアしてしまうほどの才能は見過ごせない。


 故に、男は白河を消すために深淵石を使うことにしたのだが……この結果は予想だにしていなかった。


 どのような大ハンターであろうとも、絶対的に弱い時期は必ずある――学生時代だ。

 現在EXクラスに上り詰めたハンターでも、学生時代は普通のFランクハンターだった。

 ダンジョンに潜り、深淵を攻略することで実力が上昇したのだ。


 生まれた瞬間から百メートルを九秒で走りきる赤子がいないように、初めから強いハンターなどこの世に存在しない。

 それが常識であり、自然の摂理である。


 なのに、何故奴は――白河颯は、はじめから深淵Ⅲをクリア出来た?

 一体どんなズルをした?


「まったくわからん……っと、こうしてはおれんな」


 男は誰にも気づかれぬよう、その場を離れよう後ろを振り返った。

 その時だった。


「――ッ!?」


 目の前に、見慣れぬ球体が浮かんでいた。

 機械製の球体で、中心部に目のようなカメラがある。

 このような機体ドローンは見たことがない。

 だが、己がピンチに陥ったことだけはわかった。


「くそっ。撮影されたか!」


 腰からナイフを抜き、急ぎ球体に向けて投げる。

 だが、


 ――ガギッ!!


「なに!?」


 ナイフは球体の手前で弾かれた。

 うっすらと、魔法の気配を感じる。

 どうやら見えない障壁を展開していたようだ。


「くっ、こうなったら――」

「足掻くだけ無駄だぞ」

「何ッ!?」


 男のすぐ後ろに、覚えのある声が聞こえた。

 まさかこれほど接近させるまで、一切気配に気づかなかったとは……。


「まさか、お前が深淵を作りだした犯人だとはな……」

「知らないな。なんのことだ?」

「しらばっくれても無駄だぞ。お前の行動はすべて、エルドラが撮影してたからな」

「くっ」


 想像通り、ドローンが一部始終を撮影していたらしい。


 やはりこの機体は危険だ。全力で破壊しよう。

 そのためには、隙を生み出す必要がある。


「撮影って、なんのことだ。今の時代はフェイク動画がかなり出回ってる。どうせお前が作りだした動画をばらまく気だろうが、それだけじゃ証拠にはならないぞ?」

「悪いが、お前と問答する気はない。あー、ただ、一つだけ聞いておきたいな」


 一体なにを尋ねられる?

 男はあらゆる気配に集中し、白河の言葉を待った。


「お前、誰だ?」

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