第4話


 来たるべき戦いに向けた日々は、座学と訓練の繰り返しであった。

 そんな日々が3日過ぎた後の深夜。

 涼子は何処か期待外れの失望を感じさせるボヤキと共に、インストールされていた神の加護の解呪に


 「神を名乗る存在が構築した術式だって言うから凄い術式なのかな?って内心では……」


 涼子は落胆しながらも用心深く自己診断プログラムとも言える術式を展開すると、解呪した後の己に問題点が無いか?確認していく。

 1分後。

 自己診断プログラムが身体と魔法面等で問題が無いと診断結果を出せば、涼子は晴々とスッキリした様子で千雨と善人にさも当然の様に告げる。


 「と、言う訳で解呪出来るわよ」


 「何がという訳でなんだよ?」


 「普通は解析最中の進捗とか言ったり、面倒が起きたりするもんじゃないの?」


 呆れる善人と千雨に涼子は不満そうに返してしまう。


 「だってー、術式は確かにスパゲッティで面倒な点は複数あったけど、それなりに技術が有れば解除するの簡単なくらいにお粗末過ぎる出来だったんだもん」


 魔導の専門家として、インストールされた術式は確かに脅威と言える効果を持っていた。

 だが、その術式の解呪は知識と経験がある者ならば少し時間は掛かるだろうが、容易く解除する事が出来る。

 涼子にとっては、その程度の代物でしかなかった。

 それ故……


 「神を名乗る存在が作った術式だって言うんならさ、私程度では解呪するなんて本来なら不可能な筈なのよ?それなのに3日程度で解呪出来るなんてさぁ……」


 神を名乗る存在が作った術式。

 本当に神が創り給うた術式であるならば、魔女とは言えども矮小なる人間如きが解呪出来る代物ではない。

 だからこそ、涼子は魔導に携わっていた者として少しばかり失望し、落胆していたのであった。

 しかし、そんな事は2人にすればどうでも良い些末な事。


 「なら、さっさと俺達のを解除してくれ」


 そう言われれば、涼子は「先ずは千雨からよ」と、告げて千雨の解呪から始める事にした。


 「一先ず、服を脱いで裸になって」


 「はぁ?」


 目の前で服を脱がずにサラッとやって退けたのを目の当たりにしたが故に、何故?服を脱がなければならないのか?疑問の声を千雨は挙げてしまう。

 そんな千雨に涼子は神妙な面持ちで答える。


 「確かに私自身、バイな所があるから貴女の身体に興味無いと言えば嘘になるわよ?」


 突然の内容に千雨は苛立ちと共に撃鉄の起きたスナブノーズのリボルバーを向け、吐き捨てる様に告げる。


 「セクハラ目的ならドタマに弾ブチ込むわよ」


 千雨の目はマジであった。

 本気で引金を引き、涼子の眉間に弾をブチ込もうとしていた。

 だが、ソレは直ぐに収まる。


 「セクハラは冗談。半分はね……残り半分は他人様に処置するって場合は万が一のトラブルが起きても対処出来る様にしたいのよね……ほら、其処はプロじゃないけど魔導を少し齧った者としての矜持があるからさ?」


 セクハラは抜きにした真面目な理由を答えれば、千雨はリボルバーの撃鉄を戻すと共に涼子へ差し出した。

 涼子がリボルバーを受け取ると、直ぐに躊躇いなく善人の目の前で平然と服を脱ぎ始めた。


 「おいコラ。が居るのを忘れんじゃねぇよ」


 善人が見咎めるが、千雨は気にする事無かった。

 この世界で提供された狩人の装束を何の恥じらいも無く脱ぎ捨てていく千雨は、アッケラカンに言う。


 「私のヌードなんて滅多にお目にかかれないわよ」


 からかう様に言う千雨に対し、善人はハッキリと斬り捨てた。


 「俺の好みじゃねぇ」


 「あら、連れないわね」


 そう言いながら最後に纏っていたブラジャーとパンツをアッサリと脱ぎ捨てた千雨の細くも若干の肉付きがあり、鍛えられたものだと解る。

 腹部もよく見れば、肉付きが良く、腹筋が薄っすらと割れていた。

 胸……双つの乳房に関しても強い張りがあり、大きさも適度で女としての魅力があった。

 勿論、尻も良い大きさだ。

 陳腐で安っぽい語彙で表現するならば、無駄の無い洗練された日本刀の様にも思えた。

 そんな千雨の肉体には所々に傷があった。


 「刺し傷に銃創。火傷……腹の銃創、こんな傷残ってるくらいで済んで良かったわね。普通なら死んでるわよ?」


 千雨の肉体に残る戦傷の中でも一番目立つ腹部の銃創を見た涼子は、よく生きてるものだと呆れてしまう。

 そんな涼子に千雨は涼しい表情で返した。


 「前世の行いが良かったみたいでさ、死に損なったのよね……まぁ、ドク軍医達の尽力で助かったんだから死に損なったって言い方は良くないか……」


 「なら、その名医にはキチンと感謝して救われた事を忘れない事ね。じゃ、其処のベッドに寝てくれる?」


 涼子が指し示した先には、アウトドア用の折り畳み式の簡易ベッドがあった。

 その簡易ベッドの上に千雨が仰向けに寝ると、涼子は指先に魔力を纏わせ始める。

 指先に魔力を纏わせると、涼子は地球の言葉とは異なる言葉で祝詞を唱えながら、千雨の正中線上に魔力で細かな呪文を書き記していく。

 そうして、眉間から下腹部までの間に呪文を記し終えれば、涼子は掌全体に魔力を纏わせた。

 そして、千雨の丹田……臍に魔力を纏わせた手を乗せ、地球とは異なる言葉で解呪の魔法を起動させた。

 その瞬間。

 千雨の身体が仄かな黒い光を放った。

 程無くして仄かな黒い光が消え去れば、涼子は一息吐いて告げる。


 「終わったわよ」


 神を名乗る存在からの術式を解呪し終えた。

 そう、アッサリ告げられると千雨は起き上がると共に怪訝な表情を浮かべてしまう。


 「え?こんなアッサリ終わるもんなの?」


 「未だ起きないで。後遺症が残ってないか?確認したいから」


 涼子に言われ、素直に寝直した千雨に涼子は言葉を更に続ける。


 「言ったでしょ?お粗末過ぎる出来だって?マジで肩透かしだったわ……」


 まるで、この場には居ない神を名乗る存在に対して挑発する様に涼子は言葉を続ける。


 「こんなので神を名乗るなんて1万年早いわ。私程度に解呪されるとか神を名乗って恥ずかしくないの?ってくらいにカスな術式なんだもん」


 涼子の言葉は挑発であり、


 「だから、本当の事を言うと解析は初日の夜の時点で終わってた。具体的には2人と話す前くらいには……」


 そのくらい、涼子にとって簡単な術式であった。

 そんな涼子に善人は責める様に問う。


 「はぁ?だったら、何で3日掛かるとか言ったんだよ?」


 善人の問いに対し、涼子はいけしゃあしゃあと宣った。


 「え?万が一が有ったらいけないから術式をトリプルチェックしたり、解呪する方法を何パターンか構築したり、構築した複数の術式を推敲したりする必要があったからに決まってんじゃん」


 え?何処がいけないの?

 素でそう宣う涼子に善人と千雨は呆れ果ててしまう。

 だが、魔導の専門家は涼子しか居ない上に、涼子の説明は理に適ったモノであるが故に責められなかった。

 そんな涼子に千雨は尋ねる。


 「で?私に後遺症は無いの?魔女さん?」


 その問いに涼子は専門家として答えた。


 「無いわよ。でも、念の為に経過観察はしたいかなぁ……ほら、万が一が起きたら恐いし」


 飄々としているが、魔導の専門家として真剣に答える涼子に千雨は「ありがとう」と、感謝するとベッドから離れた。

 善人の解呪と封印を解除の為に。


 「てな訳でさっさと脱いで」


 涼子の言葉に善人は少しだけ恥ずかしそうにしてしまう。


 「いや、流石に女の子の前でチンコ出すのは恥ずいねん」


 恥ずかしそうにする善人に対し、涼子はサラッと言い放って急かした。


 「さっさと脱げ。こちとら野郎のチンコなんて見慣れてるねん」


 サラッと爆弾発言する涼子に善人はドン引きしてしまう。

 だが、厄介な問題を解決する為に必要。

 そう専門家である涼子が言う以上、渋々ながら服を脱ぎ始めた。

 善人の身体も鍛え抜かれたモノであった。

 千雨と違い、腹筋がキチンと割れている。

 その上、背筋や両腕。それに脚の筋肉も鍛えられて発達していた。

 そんな善人の肉体を見た涼子は尋ねる。


 「元の生活に戻った後も鍛えてたの?」


 「鍛えねぇと落ち着かねぇんだ。それに弱くなりたくねぇんだ……」


 「だから、今でも必要無いのに鍛えてる」そう締め括れば、涼子と千雨はバカにしなかった。

 寧ろ……


 「解る。私も何か弱くなるのが恐くてトレーニング辞められない」


 「私もよ」


 善人の気持ちが痛い程解っていた。

 そして、自分達も戦いの日々から抜け出したと言うのに、未だにトレーニングや鍛錬を続けていると打ち明けた。

 そんな3人は顔を見合わせると、噴き出して笑い出してしまう。


 「私達って似た者同士なのかしら?」


 「そりゃ無い。確かに、異世界って言う似た経験はしてる。だが、其処で経験したのはお互いに異なるし、性格だってまるっきり違う」


 涼子の言葉を善人はやんわりと否定すれば、千雨は善人に同意する様に言う。


 「そうそう。アンタ達はファンタジーなんてデタラメ極まりない世界で、私は魔法なんざ物語の中にしか無い様な世界なんだから違って当たり前よ」


 「それもそうね。さて、始めるわよ」


 涼子はそう言うと、ベッドへ仰向けに寝た全裸の善人に千雨と同じ様に祝詞を唱えながら、解呪の術式を展開し始めた。

 千雨と同じ様に黒い仄かな光と共に解呪が済まして「解呪終わったわよ」と、告げた涼子は何処からとも無く何本もの細く長い針を取り出した。


 「その針は何だよ!?」


 「え?貴方の封印を解く為に必要な針。大丈夫よ?刺さっても痛くないから……ほら」


 そう言って針で自らの頬を深々と貫いてみせれば、善人は「ホントかよ?」と、訝しんでしまう。

 そんな善人を他所に涼子は善人の腹部と針をアルコール消毒すると、早速と言わんばかりに刺していく。


 「ホントに痛くないの逆に恐いわ」


 腹部に6本の針を刺すと、涼子は更に針を正中線に沿って刺していく。

 そうして、多数の針を善人の全身に突き立てれば、封印を解放する為の術式を展開し始めた。

 刺された針が全て解呪の時と同じ様に黒い仄かな光が点ると、腹部の丹田もとい臍を六角形を描く様にして囲って刺された6本の針が魔法陣を展開する。

 そして、涼子が封印解除の術式を発動させる為の祝詞を唱えれば、善人は全身に漲る力を感じ取った。


 「スゲェ……あの時の力を滅茶苦茶感じる」


 そう言う善人に涼子は告げる。


 「貴方に封印を施した術者に会う事があったら、伝えてくれる?」


 「何をだ?」


 「貴殿の封印術式はとても素晴らしい術式であった。コレだけ強力な力を封印しているにも関わらず、被術者に対して大きな負担を強いらせる事が一切無く、日常生活を送れるだけの術式は滅多にお目にかかれない。もし、縁があるならば、ラトゥールにて封印を始めとした魔導の講師を依頼したい……とね」


 興奮と共に長々と伝言を述べた涼子のソレは、最大の賛辞でもあった。

 そんな賛辞を述べる涼子に善人は尋ねる。


 「そんなに凄かったのか?俺に掛けられた封印って?」


 「えぇ……とても素晴らしい術式。もし、封印関連の教科書を作成するならコレは是非とも載せたいくらいに最高の出来と言っても良いわ」


 一流は一流を識る。

 魔女として名高い涼子にすれば、善人の封印に用いられた術式は神を名乗る存在のアレとは比べ物にならぬ、とても素晴らしい術式であった。

 だからこそ、縁のある魔導を教える学び舎……ラトゥールで教鞭を執ってほしい。

 そう頼んでも良いくらい、善人に封印を施した術者は素晴らしい腕前と言えた。

 魔法とは関わりがあっても、詳しくは解らぬ善人にはチンプンカンプンだが……


 「まぁ、会う事があったら伝えとくわ」


 善人から差し障りの無い答えが返ってくれば、涼子は善人の全身に刺さる針を1本ずつ抜いていく。

 そうして、針を全て抜き終えれば、善人はさっきまで着ていた服を着始める。

 そんな善人と服を着終えた千雨に涼子は告げる。


 「さて……厄介な首輪は外せた事だし、コレからのプランをどうするか?考えない?」


 そう告げる涼子の表情には、何処か邪悪なモノがあった。



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