第6話 鬼の一族
洞窟を出ると、澄んだ朝の光が森の上から差し込んでいた。暗い世界に馴染んでいた目には、その光がとても眩しく感じられた。骨の身体でも陽の光は影響無いようだ。
今更自然の美しさに浸る感傷もなく、ただ静かに立ち尽くす。
周囲の景色は一変していた。深い森の緑が広がり、鳥のさえずりが微かに聞こえる。だが、俺にはその美しさを楽しむ資格は無い。
目の奥、魂の灯が震える。強くなるのだ、それが俺が殺した者達への唯一の報い。
森の奥に向かって一歩を踏み出すと、何かが確かに近づいてくる感覚があった。それは視覚でも聴覚でもない。ただ存在そのものを感じるという未知の感覚だ。
「強者がいる」俺の中の何かがそれを感じ取り、力を欲する自分を突き動かしていた。
歩き続けた。骨の体に疲れはない。食も水も必要ない。この大自然の中にあって、自分はそれらとは違うのだと思い知らされる。
森の空気は徐々に重く、冷たくなり、日光は葉の隙間からほとんど届かなくなる。まるで自分が深淵へと引き込まれていくような錯覚さえ覚えた。木々の間を縫うように進むと、風が一瞬止まる。
立ち止まり、その先の灰色の世界を睨みつけた。濃い闇が、その先に潜んでいる。
足元には苔むした石や長く放置された骨が散らばっているのに気づく。どれも不自然に折れ曲がり、何かに噛み砕かれた痕跡があった。
何者かの支配地へと入ったのを確信する。
感覚が警鐘を鳴らしている。強い敵だ、俺の求めるもの。
骨の手が自然と剣の柄に触れられる。森の静寂を切り裂くように、一歩を踏み出した。
空気が重い。一歩ごとに体が灼き付く。ふと妙な風の流れを感じた。その時だった──背後から一瞬の風切り音。振り向く間もなく巨大な影が飛びかかってきた。
ゴウン!
前に身を投げ出して回避した。強力な一撃、速い、重い、まともに食えばひとたまりもない。
「鬼……か?」
大柄な鬼だった。上気した赤い肌に赤い目、肩には粗末だが厚い布を羽織り、その手には巨大な棍棒を握っていた。その気迫は圧倒的で、確かに支配者の風格が感じられる。2.5メートル、3メートルあるか?首が遠い、こんな細い剣では胴は断てない。
鬼は無言で棍棒を振り下ろした。地面が大きく砕け、周囲に土埃が舞う。その一撃を避けずに踏み込む事で躱し、握りしめた剣で鬼の膝を切りつける。骨の体は軽快だ。筋肉の制約がないスケルトンの身体は、正確かつ無駄のない動きで鬼の懐に入り込んだ。
「グゥッ!」
低い声で鬼が唸り声を上げ、膝が折れる。その隙を見逃さず、剣を首元へと滑り込ませた。
致命傷だ、倒れ込んだ鬼の太い首を落としてとどめを刺した。最後の瞬間、赤い目がかすかに笑ったように見えた。
短い戦いだった。だが力の差は小さかった。こいつの攻撃は俺の命に届くものだった。
勝利の余韻を味わう間もなく、遠くから不気味な足音が響く。複数だ、しかも先ほどの鬼よりも大きな影が近づいてくる。その姿が霧の中から現れた時、俺は初めて震えた。
「こいつを殺したのはお前だな」
その中の一体が低い声でつぶやいた。俺を睨むその目には、先ほどの鬼を超える威圧感がある。体格も一回り以上大きく、鋭い牙を見せている。しかも、その背後には同じような鬼が次々と姿を現す。
「我らの縄張りに手を出す者は久しぶりだ」
「逃げられると思うな」
剣を構える。勝てるかどうかなど考えもしなかった。ただ戦うしかない。この連中を乗り越えれば、さらに強くなれる。そう信じていた。
「一人ずつやろう、最初は……」
「見ろ!」
鬼共の視線の先、先程倒した鬼が黒いモヤとなって俺に吸収されるところだった。
「呪骸だ!」
「汚らわしい!殺せ!」
突然怒り狂った鬼の一団は、容赦なく襲いかかってきた。一対一の戦いではなく、集団戦だ。何とか剣を振り回し、かつては不可能だった機敏な動きで攻撃を躱し続ける。
強い。一撃一撃が必殺だ。にも関わらず、その一撃を回避されるのを読んでいたかのように次の攻撃に移っている。
武だ。体躯を頼りに振り回しているのではなく、明確に武を感じさせる動き。無駄が無く反撃の隙も見えない。しかもそれが同時に襲いかかってくる。
これまでにない危機。先ほど倒した鬼は、彼らの中でも末端に過ぎなかったのだ。
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