第7話 ダンシングオーバーライド

 鬼の群れの猛攻が続く。

 空気を潰し切る様な横薙ぎ、屈んで躱す事で反撃を試みるが、通り過ぎた棍棒は同じ速度で切り返してくる。側宙で棍棒の上を跳ねながら反撃の一撃。浅い、首の皮一枚を切り裂くのみ。


 体勢が崩れてしまった、次は躱せないだろう。直後に背後からの振り下ろし。迷わず横に飛び込む事でかろうじて回避に成功した。

 だがそこには既にすくい上げるような一撃が迫っている。それに剣の柄を叩きつけ、勢いをかって空を舞う。


 着地点には既に二体の鬼が回り込んでいる、ここまでか。

 着地と同時に左右両側から高低二段の横薙ぎ。屈み込んで上段を回避し、下段を剣の根本で受けながら踏み込んで、太腿に流し切りを入れながら後方に駆け抜ける。


 体勢が流れた所に正面からの突き。躱せない、渾身の切り払いで何とかやり過ごすことが出来た。


 戦えている。避けられ無い攻撃を避け、受けられない攻撃を受ける事が出来た。今まで奪ってきた力が俺を支えている。

 戦いに恐怖は無い、喜びも無い。奪ってきた者たちの憎しみが俺に甘えを許さない。



「……殺す」



 胸の奥から湧き上がる黒い熱。倒してきた者達の最後の瞬間が、頭の中に鮮やかによみがえった。彼らの絶望、怒り、憎しみ。それらすべてが、止むこと無く、自分の中で渦巻いている。

 その熱、湧き上がる衝動に身をゆだねる。お前たちは確かに生きていたんだ。お前たちの無念を俺が証明してやる。俺が、お前たちの生きた証だ。


「すべて」


 顔を上げると、鬼たちの表情が僅かに変わった。怯え――いや、違和感を覚えたような顔だ。

身に付けた鎧が軋みを上げて骨の体に絡みつく。持って生まれたかのように馴染む、触れることを許さない茨の鎧。


「俺の贄だ」


 剣を握る手が軽い、何も握っていないのではないかと錯覚する。

 全身に満ちる力が明確にあった。黒い衝動が俺を突き動かす。


「呪骸め!奪った力を誇るか!」

「今度こそ叩き潰してやるぞ!オオオォォォ!!」


 鬼たちの咆哮が再び上がり、一斉に飛びかかってくる。


「……来い!」


 一歩踏み出した瞬間、力の流れが剣先へと集まるのを感じた。振り抜いた剣は雷の如く、一撃で鬼の胴体を二分する。握りしめた剣は優に二回りは大きくなっていた。


「馬鹿なっ!」


 鬼たちが怯む、致命的な隙だ。剣の一振りごとに鬼が斃れ、黒い霧が渦を巻いて体に吸い込まれていく。


 最後の鬼が倒れたとき、全身が黒い霧に包まれていた。力が暴れまわり身体を作り変える。進化だ。痛みを伴う心地よい感覚。


「お前たちも俺の中で眠れ」


 目の奥で輝く光を兜が隠し、森は静けさを取り戻した。






 ――――――――――

 石壁に囲まれた薄暗い部屋。揺れる蝋燭の灯りが、低く囁く声と共に影を揺らしている。湿り気を帯びた空気に古びた金属の匂いが混じり、どこか不吉な気配が漂っていた。

 そこに、背の高い椅子に腰掛ける者と、卓を挟んで立つ影があった。


「鬼たちが……壊滅しただと?」


「間違いありません。森の赤葉の一族百余名、赤子に至るまで全滅です……それも一夜のうちに」


「あれらが、か。すぐに調べろ、新たな勇者が誕生したのかもしれん」


「それが、血の跡はあるのに骸が1つも無く、呪骸が出たのではないかと」


「なに?……あれらを食ったとするなら、安易に手は出せんぞ」


「ですが、放置するわけにも……」


「ふむ。呪骸は力に惹かれるのだったな」


「左様で」


「では人間の国へ誘導してやれ。何も我らが消耗することはない」


「上手くいくでしょうか」


「ふん!あんなもの虫と変わらん。相手にする価値もない」


「過去には言葉を操る者もいたと」


「それが精々だろう。人間どもに遊ばせてやれ」


「御意」



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