第4話 ゴブリンの巣窟

 森を進む。

 森の中でいくつかの魔物を屠った。爬虫類や獣の魔物だ。ここには普通の獣はいないのだろうか?それともあれが普通の獣だったのだろうか?

 強い敵意を持ち、自らの生命よりも闘争を優先する。あれでは種の存続が出来るとは思えない。

 いや、俺もそうか。俺のこの心も魔物ゆえの物か。あれらも何かから突然生まれ、生命の価値を感じていないのだろう。

 随分と厳しい世界だ。これに比べたら前の世界はぬるま湯だな。


 つらつらと前世の自分を思いながら森を進む。

 月の光は葉の隙間を通して僅かに地面を照らすだけで、深い森の中はほとんどが灰色の闇に覆われている。湿った土の匂いと腐葉土の感触が、冷えた空気とともにまとわりついた。

 まだ夜が続くのだろうか?時間の感覚がない。



 突然、遠くから甲高い笑い声が聞こえた。


「ギャハハッ、バカ!バカ!失敗シタ!俺ガ一番!」


 声の主を探し、静かに木々の陰へと身を潜めた。その先には洞窟の入口が口を開け、更に倒木を寄せ集めて作られた粗末なシェルターが見える。周囲には小柄なゴブリンたちが数匹、互いに取っ組み合いをしながら汚い言葉を浴びせ合う姿も見えた。

 見つけた。ゴブリン共の巣窟だろう。あれは見張りか?


「俺ノ槍ガ一番強イ!オ前ハ虫ケラ!」

「バカ!、俺ノ飯ヲ全部食ッタ癖ニ!」


 喧嘩を始めるゴブリンたちは狂犬の様だ。凶暴で知能が低く、まとまりもない。だが、それでも一つの群れとして機能しているのは確かだった。


 冷静に状況を観察する。ゴブリンたちの持つ武器は木の棒や石を削っただけの粗末なもの。装備もほとんどなく、体も貧弱だ。それでも、数だけは多い。見える範囲に10はいるだろうか。洞窟の中にどれほどのゴブリンがいるかわからない。

 前世で見た物語でも、ゴブリンは繁殖力が旺盛な種族として描かれることが多かった。

 やれるだろうか?前後に挟まれたらどうなるだろうか?



 確実な答えなど無い。選択の時だ。


 焦らず堅実に戦う事ができる。ゴブリン共はずっと固まっているわけではないのだ、別れて行動する機会に数を減らしていけばいい。1対1なら確実に勝てる、数を削っていくのがいいだろう。


 危険を顧みずに襲いかかる事もできる。愚かなゴブリンは慌てて襲いかかってくることしか出来ないだろう。ゴブリンの攻撃など脅威ではない、全て踏み潰してしまえば終わりだ。




「何を迷うことがある。既に決めたことだ。躊躇わずに行く。今すぐ皆殺しだ」


 ここまでに出会った魔物たちが一匹でも身を惜しんだか?俺より弱い者たちも、迷わず挑みかかってきた。

 勇気ではない、本能に突き動かされた虫けらと同じ。だがここではそれが必要だ、命を惜しむ者がどうして勝ち続けることが出来る。



「……殺す」


 低く冷たい決意の声が兜の内側に響いた。目の光が僅かに強まる。俺にとって、ゴブリンの巣窟は障害ではなく、力を得るための獲物でしかない。


 森の静寂を破らぬよう慎重に歩を進め、巣窟の外れで剣を構える。周囲を警戒する気配などまるでないゴブリン共、相変わらず何が楽しいのかはしゃいでいる。


 一息に距離を詰め、剣を振り下ろす。鈍い音と共にゴブリンの首が落ちた。それに気づいた他のゴブリンたちが一斉に顔を上げる。


「敵ダ!ヒトカ!?殺セ!」

「殺セ!殺セ!獲物ダ!」


 ゴブリン共は手近な武器を掴み、歯を剥いて威嚇する。俺をただの鎧姿の人間と勘違いしたのか、それとも知能の低さゆえに全てを獲物だとでも思っているのか。


「ギャハハッ、ヒト食ウ!俺タチガ殺ス!」


 1匹のゴブリンが声を上げる。しかし、そんな言葉をわざわざ聞く必要はない。俺は既に動き出し、群れの中で先頭にいたゴブリンを目標に定め、剣を一閃する。刃は正確に首を飛ばし、ゴブリン共の恐怖を呼び起こす。


「ギャギャギャ!殺シタ!殺シタ」


 残りのゴブリンたちは恐怖と混乱の中で叫び声を上げ、散り散りに動き出す。逃げる背中に容赦はない。次々と間合いを詰め、剣を振るうたびにゴブリンたちが倒れていく。

 やはり逃げる者は狩りやすい。1対1なら逃げない癖に、誰かに押し付けることが出来るなら逃げるのか。


 数匹のゴブリンは洞窟の奥へと走っていった。

 ここからだ、一匹も逃さん。


 倒れたゴブリン達は既に溶けて消えた。その分だけ自分の力が増すのを感じる。

 興奮する。ありもしない血が滾る。



 俺は今、敵の血を求める魔物でしかなかった。これが「悪」だろう?

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