第3話 選択

ここから移動する前に落ちている装備をいただいていこう。

今の俺は剥き出しのスケルトンだ。これでは一目で正体がバレる。

敵が俺を倒そうとする時、刺突や斬撃ではなく打撃で破壊しようとするだろう。だがそれが見えなければ、違う攻撃を仕掛けてくる可能性が上がる。

自分の姿を見えなくすることで特性を隠せる。刺突でもしてくれたら、反撃の機会となるはず。


骨の手を胸当てに伸ばす。硬い骨と金属の当たる感触が心地よくはないが、俺にとって必要なものだ。骨の身には明らかに大き過ぎるが、調整すればなんとか使えそうだった。

少し歪だが、これでいい。


服を纏い、胸当てや篭手、すね当て、ブーツをあてがう。それらを周囲に散らばった革のベルトを拾い上げて固定した。肉が無いので締まりが悪く、無様な姿だろう。


顔全体を覆う兜をみつけた。グレートヘルムというやつか。バケツヘルムとも言われるやつだ。水平な細いスリットから最低限の視界を確保できる。これなら目の炎も多少は見えにくくなる。

しかしどうしようもなく不安定だ、本当にバケツを被っているみたいだ。激しく動けば取れてしまうだろう


仕上げに小さなフード付きのマントを拾い上げる。フードを深くかぶり、首元をきつく締めた。これで骨の首や頭も隠れるはずだ。

軽く歩いてみると、金属や革の音が鳴る。やや目立つが、スケルトンとしての不気味な存在感よりは遥かにマシだ。


最後に短剣を拾い、腰のベルトに差し込む。装備を整えた自分の姿を見下ろし、満足とはいかないが最低限の偽装にはなったことを確認する。






これでいい。移動しよう。


眼前には二つの選択肢が広がっている。


一方には、緩やかに続く街道。硬く踏み鳴らされて土が剥き出しだ。その先に人間の気配を予感させる道だった。


一方には、暗い森。密生した木々が月明かりさえ拒み、奥に進むほどに冷たく湿った空気が漂っていそうだ。時折、低いうなり声や木の枝を折る音が聞こえる。そこには敵が、戦いが、力を得る機会があると感じられた。




「俺はもう人では無い。何よりも強い悪となるんだ」


街道には人間がいるかもしれない……だが、今の俺にそれが何だというのか。


独りごちて森に向き直った。鎧に覆われた足を踏み出し、街道を置いてゆっくりと進む。地を踏みしめ近づくほどに、森の闇が徐々に濃くなる。月明かりを遮る木々の陰に潜むのは魔物か、あるいは未知の脅威か。


森の入り口で一瞬立ち止まり、兜のバイザー越しに灰色の暗闇を見据える。恐怖ではない――むしろ期待に似た感情が湧き上がっていた。生まれ変わったこの身体がどれほどの力を発揮するのか試したい。自分がどこまで進化できるのか、その答えがこの先にあると信じていた。


足を踏み入れると、湿った土の香りが漂い、周囲に冷たい気配が広がる。戦いを予感させるその雰囲気に、骨が小さく軋む。目の光が兜の内側で僅かに強まった。


「さあ、行くぞ……。」


静かに呟くと、俺は森の奥へと歩みを進めていった。

恐れ迷い続けて生きてきたはずなのに、今の俺には静かな闘志しか無かった。




森の中を進む中、微かな臭気を感じ取った。

獣の臭い?どこか湿っぽく腐ったような匂いだ。

風に乗って漂うその気配を頼りに慎重に歩を進める。やがて視界の先に、木々の隙間で蠢く小さな影を見つけた。


「ギヒヒヒ……!ツカマエタ!」


甲高い声が響く。薄汚れた緑色の肌、歪んだ体型、小さな牙が覗く口。手には木の枝を削っただけの粗末な槍を持ち、足元には小動物の死骸が転がっている。

それを見てその何かは下品な笑いを浮かべ、かぶりつこうとしていた。


「腹ヘッタ、腹ヘッタ……マタ人ヲ食ベタイナァ!ギャハッ!」


兜の奥で目を光を増す。人を食べた?あの姿、粗末だが道具を使っている、あれはもしかしてゴブリンという奴だろうか?スケルトンがいるならゴブリンが居てもおかしくない。いや、こいつが何者であろうと知ったことか。

知性も力も感じない、それでも確かに獲物として認識できる存在だった。静かに剣を握り、木々の陰から姿を現す。


「ナンダ……?人カ?」


ゴブリンは最初、俺を見て呆然とした。兜と鎧に包まれた姿に戸惑っている。

目に宿る怯えは明らかだった。それでも自分より大きな存在にも噛みつこうとするその性質が、ゴブリンの凶暴性を物語っている。


「ギャハハ!デカイダケ!人間食ウ!」


ゴブリンが槍を構えた瞬間、俺は一歩踏み出した。無駄な言葉はない。骨の指で握る剣を振りかざし、鋭い音を立ててゴブリンの槍を弾き飛ばす。ゴブリンは驚きの表情を浮かべ、後ずさりした。


「オマエ!獲物チガウ!ヤメロ!」


ゴブリンが怯えながら叫ぶ間に容赦なく間合いを詰めた。剣が再び振り下ろされ、ゴブリンの体に致命の一撃を与えた。断末魔の声を上げる暇もなく、その小柄な体は地面に崩れ落ちた。


「ただの小物か……。俺にも理解出来る言葉を使っていた、魔物同士通じ合うという事か」


だが馴れ合う気は無い。お話でよく見たゴブリンなら群れがいるはずだ、全て俺の力となれ。

再び森の奥へと向かって歩き出す。その背後にあったゴブリンの死体はすでに溶けて消え、黒いモヤとなって俺に吸収された。

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