第26話

 ダブルテイルはレオンコートに冷たく突き放すような言動を繰り返した。


「話を聞いてはくれないか?」


「意味を感じない」


 レオンコートの優しげな言葉が不愉快だった。まるで臭いものに蓋をするように、リリィのことを言及しない。


「おいおい。無意味だったらやらないのか~。コイツは4年間も追っかけしてたんだ、少しは耳を傾けるのはどう? 損はさせないぞ」


「なぜあなたはここにいる?」


「友だちのため」


「迷惑だ」


「迷惑かけるのが友達だろ?」


「ロクでもない交友関係だな」


「本当にそうだよな~。諦めて」


 ダブルテイルは込み上がってくる怒りと不快感が混ざりながら、しかし思わず呆れてしまうような、不思議な懐かしさを伴っている複雑な感情をタメ息として吐き出した。


「それで? どうする? 死ぬ前に全てを話すか? それとも…?」


「話をして、それを受け入れられるのか?」


「内容次第だが、殺さずに帰してもいい」


「どう転んでも殺し合いにかならないな」


「そうか、なら死に場所を選ばせてやる」


「都市の中での殺人は面倒だ。外へ行くか」


 レオンコートの提案を飲み、各々の魔動車で都市をでた。


 先導するレオンコートの魔動車をダブルテイルは虚ろな心で見ていた。


(また、私は彼らを倒して逃げるのか…? 逃げていいのか? いや、駄目だ。ここで私はレオンコートを殺すべきだ。そうしなければ私は浅ましくも逃げだそうとしてしまう。娘を殺したことから逃げることは許されない)


 逃げていってくれないかと願うも、それが叶うならばレオンコートはダブルテイルの目の前には現れなかった。


 ダブルテイルはそれが、決して叶わないと分かっていた。もう戻らないものがあるのだから、戻れはしないし、戻ってはいけない。


「殺さなくては…。殺すべきだ」


 自分に言い聞かせるように、その言葉を繰り返す。何度も、何度も、何度も、何度も。


 やがてそこに理由が生まれた。


 彼らを殺せば、自分は確実に終われる。逃げ出そうとすら考えられずに、死ぬまで死に続けることが出来る。中途半端に苦しむこともなく、救いを待つこともない。


 それでいい。それでいこう。


 ダブルテイルは意味もなく、「ハッ…」乾いた笑いを作った。


 それから直ぐに先頭を走るレオンコートの魔動車が速度を緩めた。


 1年前に戦った荒野に似た場所だった。しかしあの時とは異なり、太陽は沈み、そこにあったはずの熱量が奪い去られて酷く寒い。


 幸いなことに月が雲に隠れていないため、随分と見通しが効く。


「死に場所はここでいいのか?」


 なんの思い出もない場所だ。


「どこで死んでも同じだ。お前に俺は殺させない」


「死んでも死にきれねーからなァ!」


 生きていると判断していいのか困るアカツキが死ねないと言いきる。


「愉快な馬鹿どもが……殺してやろう」


 ダブルテイルは剣を抜いた。


「悪い子には説教だ」


「俺たちは赤ずきんだぜ」


 赤い剣身が月光を反射する。そして怪しげに赤色の魔力を纏い始める。


 緊張感が辺りを支配した。場の空気がキツく引き締まる。緊迫感が広がり、それがいつ燃え上がるのか分からない危険な空間へと変わる。


 ただ1つ言えることは、その燃料は必ずや炎をあげるということだ。


 空や、世界が、狭く感じる。


 ダブルテイルが息苦しさを感じると鋭い風が吹いた。


 月明かりに照らされて、2つの黒が宙に尾を引いた。


 瞬間。赤がダブルテイルの目前まで迫っていた。


(速い…!)


 剣と剣がぶつかり合い、鈍い重みがダブルテイルの手首に伝わった。


 本気も本気、手加減はなく、迷いもない。本気で殺すと決めなければ振れないような力と剣筋だった。


「どうやら本気らしいな」


 鍔迫り合いの形になり、距離が狭まる。ダブルテイルが目の前のレオンコートを笑うと、返事をしたのはレオンコートではなく、アカツキだった。


「驚くのはこれからだよ!」


 瞬間。赤色の魔力が剣から放出され、鍔迫り合いの形から無理やり力付くで剣を弾こうとしている。


 ダブルテイルはその力を受け流そうとするが、レオンコートが巧みな力加減でそれをさせない。


 まるで剣に接着剤でもつけられてるように離れようとしない。


「鬱陶しい」


 仕方なしにダブルテイルも魔力放出を使い、力付くで剣を弾いた。


 その力に逆らわずレオンコートが下がり、1歩半の空き間が空いた。しかしレオンコートは直ぐにその距離を詰める1歩を踏み出す。


 魔力放出をしながら、恐ろしい速度で再度剣が迫ってくる。


 アカツキから放出される赤色の濃度から、放出している魔力量は相当のものだと判断し、ダブルテイルも同じように魔力放出で迎え撃つ。


 空気が大きく震動する。


 ダブルテイルとレオンコートには覆し得ない魔力量の差がある。それに伴って身体能力にも差があり、それを埋めるために魔力放出で食らいついている。


 魔力放出は刹那的な自己強化であり、1度使えば身体能力が下がる。何度も繰り返し使えばその強化に意味がなくなっていく。ゆくゆくはそこらの老人にすら喧嘩で負けるだろう。


「なりふり構わずか? 枯渇するぞ?」


 ダブルテイルの笑いに答えたのは、またしてもアカツキだった。


「おいおい。1年で忘れちまったのかー? 俺がいるんだぜ!」


「あぁ。そうか、外付けの魔力タンクか。だが、限りがあることに変わりはない」


 鍔迫り合いになることを避けるように、ダブルテイルは受けることを辞めて、弾くことを決めた。


(奴らの勝利方法は、私の魔力量の低下か)


 やたら鍔迫り合いの形を作ろうとしてくる剣をいなしつつ、ダブルテイルはレオンコートらの狙いを看破した。


 鍔迫り合いになれば魔力放出を使わされることは最初の一撃から理解した。レオンコートらは、アカツキが持っている魔力が枯渇する前にダブルテイルの魔力を減らし、身体能力を下げて勝つという未来を描いている。


(耐えていれば勝てる)


 レオンコートは魔力を放出しつづけているが、ダブルテイルは放出する必要はない。そしてそもそも魔力放出による加速があったとしてもダブルテイルとレオンコートは魔力容量に差がある。


 容易くとはいかないが、ダブルテイルには余裕があった。


「これがお前たちの策なのか? 死ぬ時間を稼いでいるだけだな」


 剣を弾きながらダブルテイルは声をかける。


「はん! その言葉そっくりそのまま返すよ」


 答えたのはアカツキだ。レオンコートは話をする余裕と権利を持っていない。


 それがどうしようもない結果だとダブルテイルは絶望しつつ、アカツキとの対話を始めた。


「あなた達は確かに強い。魔力放出をデメリット無しで使い倒せるのは素晴らしい。しかしそれだけだ。それでも埋まらぬこの差が分からないのか?」


「はーー? だーれが戦いの話をしたよ? 俺が言っているのは、お前の今の生き方だ」


 何を言いたいのか分からず、ダブルテイルは一瞬言葉を飲み込めずにいた。


「チッ」


 その隙からレオンコートの剣を弾き損ね、鍔迫り合いの形になってしまった。


「これが狙いか!」


 致し方なしにダブルテイルは魔力放出でレオンコートの剣を引き剥がす。


 また1歩半の間が空いた。しかしその間を、今度はダブルテイルが詰める。


「受けに回ればその考えは破綻する。実につまらない作戦だ」


 攻めながらも攻めすぎない。ダブルテイルは絶妙な剣技でレオンコートとアカツキの魔力と精神力を削る。


 鍔迫り合いには持ち込ませないし、持ち込まないように徹する。勝ちきるという選択肢を除外すれば、受けに回っていた時よりも大きく余裕を持てる。


「なんの話をしているんだが。別にお前の動揺を誘ってるわけじゃねーよ。お前が単純にヘタクソだっただけだろ」


「言いたい放題だな。戦いの場で喋れるのは実力が拮抗している時だけだ」


「お喋りが俺の特技ってのは分かってるだろ? まぁいいさ、喋る権利がないなんて言われても黙るつもりはないし」


 作戦ではないのならば、目の前で死ぬ気で剣を振るうレオンコートはいったいなんのために歯を食い縛っているのか。


「なるほど、あなたは死ぬことなどないものな。それに出会ってたかが3日だ」


「目覚めてから1年と3日な! 後、本気でやってないのはお前も同じだろ。馬鹿にするなよ、娘殺し」


 意識が引っ張られる。それが相手の策略であり、挑発だと分かっている。しかしダブルテイルの意識は半ば強制的に、その言葉に揺らされた。


「ぐっ」


 意識の間隙を突いたレオンコートの剣によって、ダブルテイルの攻めは終わり、また守りに戻った。


「おいおい。どうした? ヘタクソか? 人殺すのは得意なんだろ? 娘は特別だったのかな~?」


「随分と、知ったような口を利くな」


 ダブルテイルは唸るようにアカツキに怒りを向けた。


「1年も聞かされたからなぁ。ハハッ。目の前の男がずーーっと悔いてたぞ」


 その一言で、ダブルテイルの心にトゲが刺さった。


「それがどうした。私の娘を私が殺したことをなぜ悔いている? 哀れみか? 不愉快だ。貴様もレオンも、どいつもコイツも、自分は正義ですって顔を浮かべて、偉そうに」


 受けに回っていたダブルテイルは、怒りに身を任せて魔力放出を行い、レオンコートの剣を弾くと無理やりに攻めに転じた。


 それが敗北に近づくとしても、ダブルテイルはアカツキを許せなかった。


「話を聞いた程度で、分かった気にでもなったのか?」


 絶望などという言葉で語るには大きすぎる苦しみを、大切な娘を殺めた感触を、冷たくなっていく体温を、溢れていく血の痛みを、もうどうしようもないのに、どうにか助けたかったあの不甲斐なさを。


 罪の重さに苛まれているのに命を絶つことを恐れて、悪を殺すという理由をつけて逃げ出し、なぜ生きているのか分からなくなっていく惨めなこの気持ちを。


 この笑えるほどの悲しみを。


「さぁ。わかんねーよ。お前から話を聞いてないし、お前の気持ちなんてわかんねーよ。でもま、分かりあっていこうぜ」


 軽い調子で、アカツキはそうほざいた。


「貴様に語ることなど、もうなにもない」


 ダブルテイルは怒りに任せて、魔力放出を使った剣を振るう。初めて攻めに魔力放出を使ったため、虚を突かれたレオンコートはその剣を不完全な体勢で受けた。


 ダブルテイルはそのバランスの崩れを見逃さず、即座に一撃、蹴りを加えた。意識の外からの攻撃は防がれることはなく、下から綺麗な弧を描きレオンコートをボールのように蹴り飛ばした。


 地面に数回バウンドしつつも、レオンコートは即座に立ち上がった。


 ダブルテイルはそれを追撃することなく見ていた。


 2人の距離は戦いの始まりより遠い。


「レオンコート。最後に言いたいことはあるか?」


 攻める意志を見せずにダブルテイルは遺言を聞いた。


 レオンコートは疲労困憊という態度で、疲れをタメ息のように吐き出した。


「そうだな。リーシュ、お前の異能力は、好きになった相手を殺してしまうものか?」


「…そうだ。私は好き好んで人を殺す。人を好き好んで殺すんだ。殺人を好き好んでいる訳じゃない」


 答えを返すと、レオンコートは穏やかな笑顔を作った。


「そうか、お前はリリィをしっかり愛していたんだな」


 その言葉で、ダブルテイルは幸せだった過去を思い出した。それと同時に、目の前にいる男への殺意が急激に膨れ上がる。


 その矛盾を無理やり押さえ付けるように、ダブルテイルは顔を下へ向けた。


「それが分かっているのなら…どうして、どうして私の前に現れた」


 声は涙で濡れていた。


「好きになった女が苦しんでいる。それを見て見ぬふりなんて出来はしない。お前がリリィを愛していたように、俺もお前とリリィを愛していたんだ。だから俺は、お前を許すために、今ここにいる」


「やめてくれ。あなたじゃ私には敵わない。私にあなたを殺せと言うのか」


「いいや。俺は勝つためにここにいる。信じろ。お前に俺は殺させない」


 ダブルテイルは顔を上げて、レオンコートの顔を見た。


 その顔にはハッタリや恐れといった感情は存在せず、ただダブルテイルと真正面から真摯に向き合っていた。


「逃げてくれ…」


「断る」


「分かった。私はあなたを殺して先へ進む。罪と背負って死んでいこう」


 信じきれない。だが、逃げてはくれない。そしてダブルテイル自身も逃げ出すことが出来ない。ここで逃げ出せば、このままズルズルと何度も何度も同じことを繰り返すと分かっているからだ。


(あなたを殺し、私は完全に私を殺す)


 ダブルテイルは、ゆっくりと腕を横に伸ばし、剣と地面が水平になるように構えると魔力を剣に過剰に流し込んだ。


 視界の先からレオンコートが歯を食い縛りながら必死の形相で走ってくる。


 しかし蹴り飛ばした距離はそう易々と埋まらない。それはダブルテイルにとって必殺の間合いであり、不可避の距離。だから遺言を聞いた。


 この距離は埋まらない。この差は埋まらない。


 涙が溢れていく。


 ダブルテイルはレオンコートに向けて押さえていた殺意を、慈しむように、諦めるように、解放する。

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