第24話

 アカツキの喧しさに付き合いながら、レオンコートは都市の中へ足を踏み入れる。


 地図の上では北方に位置するウェンズの国は、秋は肥える時期という規則を裏切っており、暦の上では秋の上旬ではあるものの、既に身を刺す寒気は痛みとなっている。


 比較的寒さには強いが、しかし流石に堪えたレオンコートはひとりごちる。


「寒いな。そろそろ服装を変えた方がいいか…」


「上等なのを頼むよ」


「なんの話だ」


「服の話だ」


 アカツキをバカにしたようにレオンコートは鼻で笑う。


「お前が服? 包帯でも巻いたら黙ってくれるか?」


「声帯がないからたぶん無駄ー」


「金の無駄だな」


「まったくもって反論はないね」


 無意味で無価値な会話をしていると、レオンコートは自身の空腹を感じた。


「お腹がすいたな」


「食ってからでいいだろ」


 ダブルテイルの捜索は食事を終えてからに決まった。


 レオンコートは昔を懐かしむように微笑を浮かべる。


 必死に探し回っていた時には持ち得なかった余裕。それを押し付けるように与えてくるアカツキがウザくて、しかし随分と慣れてしまった現在。


「なー。魚食おーぜ」


「断る。自分が食べないからと言ってゲテモノを押し付けるな」


「ゲテッ…魚に失礼だろうが!」


 別の世界からやってきた等と訳の分からない妄言を垂れ流し、時々常識がなくなることを除けば悪くない友人だ。


「とにかく魚は却下だ。今は秋なのだからキノコにする」


「キノコ! グルメだねぇ!」


 レオンコートは飲食店が立ち並ぶ区域でメニューの書かれた看板や、店舗名を読みながら入る店を吟味していく。


 お昼時を少しばかり外しており、客足は枯れ果てていたため、ゆっくりと見て回る余裕があった。その余裕がレオンコートを素晴らしいグラタンと巡り合わせた。


「素晴らしい匂いだ」


 容器に入ったグラタンには秋の味覚が閉じ込められており、立ち上がる湯気からはその風味を充分に感じ取れた。


 素材の良さを充分に引き出さないと生まれない香りに、レオンコートは口に運ぶ前からそのグラタンは特上の物だと確信した。


「うわ。キノコが見える。うまそう」


 アカツキの頭の弱そうな感想をレオンコートは嫌そうに指摘する。


「アカツキ、子供のような感想を述べるな。立ち上っているこの風味が激減する」


「なんの関係もなくね!?」


 実際、関係は全くない。ただ取って付けたような滅茶苦茶な暴論だ。しかしレオンコートはそれを撤回しようとは思わなかった。


 なぜなら目の前にあるこのグラタンをより深く味わうためには、アカツキのお喋りがノイズであるからだ。


「…さて、頂くとしよう。アカツキこれ以上無粋なことを言うな」


「ひ、ひどい」


 泣き言を無視し、レオンコートは目の前にあるグラタンの世界に入り込んだ。


 表面には焼き焦げたチーズが点々と黒点を散らしており、その隙間からはキノコの一部が顔をだしている。その顔をだしたキノコは3種類使われていることが見て取れる。そして控えめながらも一口サイズに切られたベーコンがグラタンに色味を加えている。


 スプーンをグラタンに突き刺すと、グラタンはしっかりと固まっており、ドロドロとした重みが手に伝わった。


 レオンコートは期待を胸に、そのグラタンを口に運ぶ。


 どろりとした中にあるこりっとした歯ごたえ。咀嚼し飲み込むと、手は自然と次を欲していた。


 3種のキノコはそれぞれ食感が異なっており飽きさせない。そこにベーコンも混ざってくるのだから尚更だ。


 全てを平らげたレオンコートは熱のある吐息を吐いた。


「素晴らしい。とても満足した。これはとても良いものだな」


「語彙力が死んでますー。もっとなんかないの?」


「それは不粋だな。これは、気になるのならば自分で食べろというものだ」


「サイテー! 俺が食えると思ってるのか!」


 アカツキの怒りを笑い飛ばし、レオンコートは支払いを済ませて店をでた。


 店の外は相変わらず寒気が鋭いが、その寒気のお陰でお腹の内側から広がるじんわりした熱が心地よい。


「え、マジで旨そうな顔するのやめて。腹立つ」


「あぁ。本当に美味しかった」


 アカツキを笑いながらレオンコートは街を歩き、傭兵探しに向いている場所、ギルドへ顔をだす。


「ダブルテイルなんてアホな名前は聞かないらしいな~。ま、傭兵業をサボってるなら当然かな」


 ギルドを出て直ぐにアカツキがヘラヘラと笑った。


「だが黒髪がいるという話は聞けた。それを探してみよう」


 ギルドでは核心的な情報は出なかったが、ギーツの特徴といえる黒髪を持った人物がいるという話を聞くことが出来た。


「家借りてるなら役所行けば良いんだっけ? こう言うのって不動産業の管轄じゃねーのかなぁ?」


「ウェンズの場合は国の管轄らしいからな。国の管轄ということはしっかりとした書類がある筈だから面倒なことにはならないだろう」


 前向きな気持ちでレオンコートは役所へ向けて歩き始めた。


「でも賄賂通じないだろ?」


 確かに腐敗していない官僚制を整えられた国では、賄賂など全く通じないだろう。


 しかし────


「話を聞く程度ならば問題はないはずだ。知人だと言えばな」


「でも名前がな~。俺達本名知らないし、知ってる名前はリーシュとよりにもよってダブルテイルだぞ? そんなアホな名前で借りるか? つかそもそも借りれるのか?」


「色々と制限があるが…まぁ一等地でなければ問題はなく借りることは出来るはずだ」


「ふーん。ま、その黒髪がリーシュなら大当たりって感じだな~」


 軽い調子だが、これっぽっちも信じていない声音だった。


 仕方のないことだ。黒髪はギーツの特徴だが、しかし他の種族でも黒髪は少ないながらもいる。そしてどうしても迫害を受けるために根なし草にならざるを得ない。そのため黒髪の余所者というものが必然的に多くなってしまうため、アカツキとレオンコートは黒髪という情報だけで一喜一憂することをやめた。


「まぁなに、話を聞いて、会ってみれば分かる」


 役所は昼過ぎだというのに混んでいた。やはり国や生活に関することを取り扱うため、人がいなくなるなどということは起こり得ないのだろう。


 引換券を回収し、レオンコートは椅子に腰を下ろした。それから受け付けの人物たちに悟られないように様子を窺う。


 女性が3割、他は男性。出来ることならば女性に当たりたいと願いながら、レオンコートは3割の女性を観察していると、やがてレオンコートの番がやってきた。


「本日はどのようなご用向きでしょうか?」


 丁寧な対応をする女性に、レオンコートは内心の喜びを少しだけ表に出した、本物の微笑を浮かべた。


「初めまして、私はレオンコートと申します。実は人を探しておりまして…出来る限りで宜しいのでお話をお聞かせ願えませんか?」


「分かりました、レオンコートさん。まずはその人のお話をお聞きしても宜しいでしょうか?」


「レオンで構いませんよ」


 女性はどこか嬉しそうな気配を漂わせている。


 アカツキはこれを、『顔面で殴ってる』と罵倒したが、しかし自分の持ち得るものを使わないのは無能を通り越して、愚かだ。


(それにしても、顔面で殴るか…面白い例え方だ)


 レオンコートはそのアカツキの面白い発言を思いだし、思わず作り上げた完璧な笑顔を崩しそうになり、内心の喜びを少しだけ抑えた。


 その心の動きを悟られないようにしつつ、レオンコートは話で聞いた黒髪について質問した。


 探し人が女性であることを開示しつつ、ぶん殴らないといけない人物であり、色恋とは無縁だという話をそれとなく話す。


 すると女性は一瞬だけ見せた落胆を消し去った。


「ダブルテイル…ですか。確かに書類に名前がありました」


「マジか!」


 アカツキが声をあげ、受け付けの女性が怯えた。


「だ、誰ですか?」


 アカツキが声を上げなければレオンコートも同じように声を上げていた。それが自分でも分かるため、レオンコートはアカツキの失態を咎めることはしない。


「あー。内緒ですよ?」


 人差し指を口許に当てて、アカツキの紹介をする。


「ま、魔剣ですか…初めて見ました」


「希少ですのであまり知られたくはないのですよ。どうかご内密に」


 受け付けの女性が頷いたのを確認してから、レオンコートは話を戻し、催促する。


「ダブルテイルと名乗ったギーツの女性は、一年ほど前にやってきて、古い日当たりの悪い一軒家を借りています」


「そこがどこかお教え願えますか?」


 どこか困ったような顔をして、レオンコートは情報を引き出した。


 役所をでると、アカツキが気分の乱高下した言葉を撒き散らした。


「マジか! ダブルテイル! 本物! つか、ごめん! つい話しちまった。いや、つかそれよりも! お前本当最悪だな!」


「喧しい。お前の言いたいことはわかった。もう黙れ」


「ピリピリすんなよ。こう言うときほど冷静に。じゃねーと全ておじゃんだぞ」


 言われなくとも分かっている。そう言い返そうと思ったとき、レオンコートはその気持ちがよろしくないのだと気付いた。


「あぁ。そうだな。確かに焦っているみたいだ」


 レオンコートは自分を落ち着けるために、しばし立ち止まり空を見上げる。


(相変わらず窮屈そうだな)


 空がどこまでも広がっていることは分かっているが、しかしレオンコートは自分が子供の頃に感じたものを変えることはしなかった。


 今も昔も、空はどこか窮屈に見える。


「…落ち着いたか?」


「どうだろうな。分からないが、多分大丈夫だ」


「無理すんなよ。4年だぜ4年。完璧に落ち着くなんて無理だからな?」


「あぁ。分かっている。行こう」


 人の往来が消えていく。道の整備も杜撰になっていく。


「ここは…元々はスラムか?」


「わかんの?」


「カンだ。確証はない」


 やがてたどり着いた家は、聞いていた通りに日当たりが悪い。明らかに貧しい人が住むような場所にあった。しかしその様な立地に建っているには不自然なほどに立派な作りで大きい家だった。


「あぁ。あのバカ…」


 レオンコートは悪意をもって悪態を呟く。


「なに? どうした?」


「この家は、昔リーシュが借りていた家に瓜二つだ」


「それがどうした?」


 家を見た瞬間に沸き上がった怒りを、レオンコートは抑えることができずに声を荒げて吠える。


「リリィと住んでいた家に似ているんだ! なにを考えてこんな家に住んでいる!」


「落ち着け、落ち着け。とりあえず落ち着こう。心が荒んでる人に当たったら壊れちゃうから、な? 落ち着こう」


 アカツキに促されるまま、レオンコートは呼吸を整える。


「行こう」


「待て、その前に一つ約束しろ」


「なにをだ?」


「リーシュに怒るなよ。話を聞いてもらえなくなるからな?」


 それに頷いてレオンコートは家の扉を叩いた。

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