第23話
ウェンズの都市を巡ること4都市目、未だにギーツに関する情報が掴めずにいたレオンコートは腰に吊るしたアカツキに苛立ちを隠さずに言った。
「本当にウェンズの都市にいるのか?」
「知らないよ。もしかしたらって話で、確率が高いってだけだって」
あの日から行方をくらましたダブルテイルを探すこと1年。何一つ情報が集まらず、結果しらみ潰しに危険地帯を探し回るという、本当にやる気があるのか不明な捜索をレオンコートとアカツキは続けていた。
ならず者どもとの戦闘も数えきれないほどこなし、数えきれないほど逃げ回り、考えたくもないほどに落胆の味をなめた。
やがて傭兵が必要ではない場所にダブルテイルはいるのではないか、という考えが浮上した。
元々はアカツキが半年を過ぎた辺りから言い出していたことだったが、しかしそれは現在の捜索よりも効率的とは言えないとして棄却していた。
なにせ傭兵が必要ではない場所の方が圧倒的に広いのだから当然だ。そして結局は情報のない中で探し回ることになる。
だが1年という歳月は重く、レオンコートがアカツキに向ける八つ当たりの怒りは消え去ってしまっていた。同じ目的を持っていると言うこともあったが、第一は親しみやすさがあった。鬱陶しさとも言える。
やいのやいのと無駄に騒ぐが、真面目な話をしている時には真面目な態度をとる。しかし空気が重くやると途端にウザくなる。だがそこには悪意がない。だからレオンコートは自分の幼稚な感情をみっともないとして収めることが出来た。
レオンコートがフラットな感情でアカツキの意見を受け入れることが出来るようになると、アカツキの意見も、確実な証拠や情報はないが納得できる理由を持ったものに変わっていた。
まずダブルテイルが活動している情報がないのは、3つのパターンに分けられるとアカツキは断言した。
「1、死んでいる。身も蓋もない理由で、最も最悪なパターン」
「2、名前を変えて活動している。どこでも聞くよくあるパターン」
「3、どこかで潜伏している。活動休止しているから情報がないという単純な理屈」
「この3つの中で、1は考慮に値しないため除外すると、2番と3番の2パターンしか残らない。この中で2番のパターンは普通ならばあり得るパターンだが、しかし今回に限り、最もあり得ないパターンだ」
レオンコートは1番を除外することには納得しつつ、2番も除外する根拠を聞き出す。
「なぜあり得ないパターンになる?」
「彼女は、『ダブルテイル』という名前を名乗ることで自分を痛め付けている。それを変えて、逃げるようなことはしないはずだからだ」
「ただの考察で確証はないな」
「いや~。名前に対して悪い意味での思い入れがあるのは見ただろ?」
自嘲気味に笑い、今の自分の名前はダブルテイルだと訂正する彼女の姿を思い出す。
確かに否定はできない。
「そうして2番を除外すると、残るのは3番の潜伏だろ?」
「なぜ潜伏の確率が高いと判断する?」
「他よりは、ってだけ」
「消去法か」
アカツキは肯定の言葉を吐き、それから話を続けた。
「次は潜伏してる場所だな。単純に2択で割ろう。傭兵がいる場所か、いない場所か。俺はいない場所だと思う」
「確かに、居る場所ならば傭兵間での情報として出てくる筈だからな」
1年も探し回り、まったく尻尾も掴めないのだからレオンコートも薄々思っている。
変装という選択肢もあるが、ダブルテイルという名前と同じく、それを変える筈がないと考え、レオンコートは口を閉じる。
「じゃ次に、選んだか、選んでいないか」
「適当に車を走らせてたどり着いた場所で潜伏しているのか、自分の意思で場所を選んだのか、ということだな?」
先程と同じようにアカツキは肯定を示した。
「だけれども今回はそれを見分ける方法はないと思う。理由は単純にリーシュの考えが分からないから」
「当然だな。それで? 今度は傭兵のいない場所をしらみ潰しに探し回るのか?」
「最終的にはそうなるけれど、そうなる前に確率の高い場所から探せる」
「例えば?」
「選んだのか、選んでいないかで分けた2択から調べて行けば良い」
「分けられないのならば両方探すということか。選んでいない場合は、ディア・ウル・ロスレスを中心にして、傭兵のいない地域を探せば良いのか」
「そゆこと。選んだ場合はもっと簡単。俺は選んだ場合から探す方が当たりの確率が高いと思う」
レオンコートは再びその根拠を聞き出す。
「選んだか、選んでいないかの2択を分けられないのならば、その2つの間に確率の差異はないはずだが?」
「確かに分けられないならそうだけど、今回の論点は分けられない理由だ。その2択を分けられないのは確率が割り切れているからじゃない。俺たちがリーシュ本人じゃないからだ」
「なるほど言いたいことは理解した。当然のことだな。ならばなおのこと分からないな。なぜ、選んだ場合の方が高いと判断する?」
アカツキは自信満々に納得できない暴論を言い始めた。
「俺ならそうするから」
「話にならん」
「いやいや、ちゃんと理屈あるから聞いてよ」
レオンコートは嫌そうに顔をしかめる。土台が腐っている論文など読みたくもない。
「はぁ…言ってみろ」
「お、あざっす。いやね、単純にさ、自分を痛め付けるぐらい自暴自棄になっているとさ、自分に優しくない場所を選びたくなると思うんだよな。自分から不幸に頭突っ込むというか…早く終わらせてくれって願うようにさ」
レオンコートはその気持ちに覚えがあった。ノーブルライトに拾われる前、道の隅の方で目をつむったままの自分に似ている。
「理解できるな。確かに。ならば潜伏している場所はどこになる?」
「リーシュが嫌いな種族は?」
レオンコートは深いタメ息を吐いた。
◇
「これで5つ目。正直、気の遠くなる思いだ」
ウェンズの都市を囲う城壁が魔動車の先に見えてきた。
「おいおい。今さら捜索の仕方を変えるとか言うなよなー? レオンも乗っただろ~?」
「分かっている。今さらその話を掘り返して、責任を作り上げるようなことはしない」
「ま、早く見つかるといーなーって感じなのはお互い様だしな~」
実に軽い言いぐさだと思うが、レオンコートは特に腹を立てたりはしない。アカツキは言動の軽さに反して、しっかりと重みを持っていると知っているからだ。
レオンコートはふと、思っていたことを改めて問うことにした。
「アカツキ。お前はなぜリーシュのことに執着する?」
「んあ? なにを言っている?」
「いや、リーシュを追いかける理由がアカツキにはないだろう?」
「前も言ったって。ほっとけないってさ~」
軽い調子で応答するアカツキをレオンコートは真剣に問い詰める。
「それだけで1年も追いかけ回すのは異常だ」
「え? なに? 真面目な話か? 言いたくねー。言わせたいならお前から先に言えよ。なんで4年も探し続けてる? 普通ならボコボコにされた時点で見切りつけて絶縁だろ」
「3年の付き合いがある。そう易々と捨て去れるものではない」
「確かにそうかも知れないけれども、捜索し始めてもうすでに4年も過ぎてる。そこまで執着するのはなぜだ? 好きなのか?」
レオンコートは少しばかり黙り込んで、それから肯定した。
「……あぁ」
「あ…あぁ。そうか。なら…そうだなぁ。仕方ねー。勝てねーよ。俺の負けでいい」
「勝手に勝ち負けを競うな」
「ごめんって。違うんだよ。お前がそう言うなら俺の理由って軽すぎるな~って言いたかっただけなんだって」
「…言ってみろ」
「あー。理由は2つ。1つは友達だから。2つ目はムカつくから。ただそんだけ」
確かにアカツキの言葉は相変わらず軽い。しかしその中にある思いを知るためにレオンコートはその2つを詳しく語らせることにした。
「友達といっても、せいぜいが3日だろう? 捜索を1年も続ける理由になるか?」
「たった3日でこうはならないことは分かってるよ。でもま、その友達にお前も入っているとしたら、納得できるだろ?」
レオンコートは肯定も否定もしづらい気持ちになった。
「はぁ。なら、ムカつくからというのはなんだ?」
「昔の自分を見てるみたいで不快」
アカツキにしては珍しく、おふざけも、弁明もなく、ストレートな不快感を吐露した。
思わずレオンコートは驚いた。
純粋に良い人間というものは余りにも数少ないことを、レオンコートはよく知っている。しかし突然、その数少ない側に入っていた筈のアカツキがそこから殴りかかってきたのだから驚いたのだ。
(いや、当然か。人間には二面性があるというのに、勝手に良い人間だと思い込み、それを押し付けるなど論外だな)
アカツキが剣であるために、レオンコートは人に向ける物差しを当てかねていた。
そのことを改めて理解し、腰に吊るした剣が人であることを再認識すると、レオンコートの中に生まれた動揺は消えていった。
「そうか、聞いても?」
「えー? 本気かー? 死ぬほど面白くないし、本当に死ぬ話なんだけど? 言いたくねぇー。拒否するわ」
「なら確認させろ。その動機は、お前にとって充分な重みがあるか?」
「ある」
即答だった。
レオンコートは安心したような、ホッとするような笑顔で笑った。
「そうか。信じることにしよう。命を預けるに値すると」
「重くな~い?」
覚悟を乗せた信頼をアカツキは軽く流した。
重い空気を嫌うアカツキらしい言動だ。いつもならば同じように軽く返しただろう。しかしレオンコートは一切の重みを捨て去らずに言い放った。
「軽すぎる奴の言葉など一考の価値もない」
覚悟と決意、命を預けるという誓いに近しいものを軽く流すつもりなどなかった。
「それ、好きじゃないな~」
「なぜだ?」
「だって、重い、重くないって、結局主観じゃないか。人それぞれに考えがあって、生き方があるのに、突然現れた奴に、『お前、つまんねー人生送ってるな!』なんて言われたら激怒なんて言葉じゃ収まらねーよ」
「同意するが、しかし言葉に重みを作らなくては誰にも届かないだろう。何を言ったのかではなく、誰が言ったのかが大事だ、ということは知っているか?」
「うわーん。言葉の切れ味が鋭すぎるよー!」
結局はアカツキに流されて、車内の空気は緩んでしまった。
レオンコートはアカツキの言葉を鼻で笑う。
「もうそろそろ都市に着くぞ」
別に難しいことは言っていない。それなのに不自然に無言の時間が生まれた。レオンコートがすぐに返事が返ってこないことを不信に思った時。
「なぁ…負けることなんてこれっぽっちも考えてないけどさ、死ぬかも知れないのになぜ、レオンはリーシュを追いかけられるんだ?」
アカツキは自分で流した重い空気を再び持ってきた。
「そうだな。好きになった女がもがき苦しんでいる。それを見て見ぬふりして生きているほど、俺は器用じゃない」
4年前、リリィの亡骸を抱き抱えていた時になにも出来なかった無力感。そして1年前、生きながら死んでいくリーシュの姿を見て、それを変えられなかった不甲斐なさ。
たった2日で味わった痛切極まる悔恨がレオンコートを動かしていた。
「それを器用って言うなら、俺も不器用な方が好きだね」
茶化すようにアカツキは笑った。
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