第12話

 ギルドマスターという役職名は大仰で、大層偉そうなイメージがあるが、実情は良く言って支部長、言葉を飾らないのであれば店長というチンケなものだ。


 ギルド全体の意志を代表するような立場でもなく、またその権利も持っていない。


 彼らに課せられた仕事は、その支部での問題行動を抑制することだ。


 金さえあれば誰でも殺し。金がないなら殺し合う。


 あらくれ者なんて言葉で表現するには、あまりにもヌルすぎるほどのロクデナシ達を相手にそんな仕事をせねばならない。


 同情を禁じ得ない。


「それで? 私を呼び出した理由を聞こうか」


 受付嬢に通されたのはギルド二階の応接室。長テーブルを挟んで長いソファーが2つ置かれただけの部屋だ。


 中々に飾り気がない質実剛健な部屋。応接室と呼ぶには寂しいものだが、ここで対応するのはロクデナシだけだろうから問題などない。


 その部屋のソファーに深く腰掛け、足を組み、目の前の男を見下すような態度でダブルテイルは口を開いた。立場的に到底許されることではない。


 しかし男はそのことに怒るでもなく、穏やかな態度を崩さない。


「あなたが起こした問題と、その問題再発への対策の妥協点を話し合いたいと思ったまでです」


「それで?」


「傭兵が傭兵を殺すことは罪には問われませんが、しかしギルドとしては到底容認出来るものではありません」


 男。ギルドマスターであることを象徴する黒に金糸で装飾されたコート以外に特徴がない。いや、コートの存在感が強すぎてそれ以外の全てが薄く見えるだけだろう。総評してギルドマスターであること以外に頓着がない男。


「我々ギルドは都市、及び国家に対して傭兵という働き手を斡旋しており、傭兵に死なれることは労働力の低下を招きます。そして労働力の低下はこのギルドの影響力の低下を意味します」


「ギルドの影響力が低下するとギルドの存続が難しくなるのです。ここまではよろしいでしょうか?」


 分からない子供に優しく諭すような会話の運び方だが、選ぶ言葉が優しくない。どこかズレている。


「くどくどくどくどと、長い話が好きなようだな? 他の傭兵にもそんな回りくどく話すのか? ハッ。この部屋の調度品が少ないわけだな」


 ダブルテイルは男をバカにしたように鼻で笑う。


 ギルドに所属してその依頼で金を稼いでいる傭兵が、ギルドマスターに対して行って良い範疇を越えている。


 だがダブルテイルはそれを直すつもりはない。


 傭兵とはこんなものなのだ。学など持っているものが傭兵などというロクデナシに身をやつすことなどありえない。


「あなたは目の前にいるものを良く見た方がいい。私たち傭兵にとってギルドの影響力だとか存続だとか、そんなものはなんの役にもたたないし、関係もない。興味すらない。ところで前任のギルドマスターはどうした?」


「責任を取り、この街から消えました」


「はん。大方、傭兵のコントロールをしくじったからだろうな。傲慢な貴族どもはギルドなんぞに興味を持っていない。精々が使いやすいゴミ箱だろう。そんな程度だ。あなたがどれだけ貴族に礼節を持って接していても、連中にとっては傭兵どもをコントロールさえしてくれれば問題などない。違うか?」


 男の笑顔が剥がれ落ちた。


「おっしゃる通りです。そして、はい。私が間違っていたようですね。分かっておられるのでしたら本音で話しましょうか。私、このギルドを預かるギルドマスターは傭兵の死には頓着しておりません。しかしこの街中で傭兵が死傷騒ぎを起こすことを許すことは出来ません」


「許せないからなんだ?」


「ギルドからの除籍を視野に検討させていただきますが──」


「内部評価Sの私を除籍? 面白いことをいうな」


 男の視線が驚愕に染まる。


「どこでそれを?」


 男の言葉には緊張感と少々の恐怖心が混ざっていた。


 内部評価。文字通りに各傭兵にそれぞれ割り当てられた秘密の評価だ。それによりその傭兵への対応が大きく変わる。


 傭兵には公開されず、勿論外部の何者にも公開しない。そもそもその存在を知っている者の数すら限られる。


 勝手に人に点数をつけて良し悪しを決めているのだから当然ともいえる。


 ダブルテイルがそれを口にしたことに驚き、男は思わず感情を溢してしまったのだろう。


「さぁ…どこだろうな」


 それを笑うように、いやあえて分かりやすく笑ってダブルテイルは余裕を透かす。


 正直、ダブルテイルもその評価について全てを知っているわけではない。だが、自分の評価が最高位に位置しており、たかたがいちギルドマスターごときが自分を除籍するほどの権利を持ち得ないことだけは知っている。


「…大規模な検閲が必要になるかも知れませんね」


 問題を起こしていた。この場合ダブルテイルにこの内部評価のことを教えてしまったギルドマスターを探すつもりなのだろう。そして責任を取らせる。ほぼ確実にクビが飛ぶ。物理的に。


「勝手にしろ」


 ダブルテイルには心底どうでもいいことだ。


 その態度があまりにも自然だったためだろう。男は「そうですか」とすんなり引き下がっていった。


 それから男は襟を正すように、取って付けたような笑顔をやめて真摯にダブルテイルを見据えた。


「ダブルテイルさん。いくら評価が高かろうとそれを覆すほどの問題を起こされますと、こちらとしてもあなたと敵対せざるを得ません。ですのでこの都市での問題行動を控えていただけませんか?」


「はじめからそう言え」


 ギルドを出てからある程度の距離が開いて、アカツキは早速質問を投げ掛けてきた。


「いや~なんか頭良さげな会話って感じだわ。解説をくれ」


 説明を要求されたので、ダブルテイルは自分で仕出かしたことを端的に分かりやすく伝えた。


 まずダブルテイルが昨日ギルドの中で1人の傭兵を切り殺したこと。そのことで管理者であるギルドマスターが注意をしようとしたこと。注意ついでに圧力をかけようとしたこと。それをあしらったこと。


「人の命が軽すぎる…」


「こんなものだろう?」


「うわ~。人権とかないのかよ」


「あるさ、金持ちだけだが」


「もしかしてなんだけれども、奴隷とかっていたりする?」


「?そこら辺を歩いていただろう?」


 アカツキはそれから黙り込んだ。相変わらずなにを考えているのかよく分からない。だがスシなるイカれた食べ物の話をするぐらいだ。考えるだけ無駄なのだろう。


 考えを早々に切り上げて、ダブルテイルはこれからを考える。


 自分の魔動車に積み込まれた食糧と各種装備の状態、これから受ける仕事。それらを勘案して補給の必要はないだろうと結論を出すと、そこでアカツキがまた話しかけてくる。


「もうそれは良いんだけどさ。帰ってきてそうそうに出発って急ぎすぎじゃない?」


「そこに仕事がある。それだけだ」


「社畜かよ。仕事をすることが仕事をする理由になってるぞ。しかもよりによって人殺しの仕事を要求してさ。ほら草集めとか平和的なものはないのかよ」


「草が平和…? 傭兵は元々戦争道具だ。殺して殺されてが常の──」


「あーー! そんなのは聞きたくねー! なんで傭兵なんてやってんだよ。足を洗えよ。まともな喫茶店でも開けよ。人殺しで生計立てるなよ」


 言葉を遮り、自分の言いたいことだけを捲し立てるアカツキに、ダブルテイルは苛立ちを滲ませる。


「うるさいぞ。ギーツが市民権を獲得できるものか。仮に取れたとしても店を開く? そんなことは不可能だ。 それに私は好き好んでこの生き方をしている口を挟むな」


「でも人を殺すのは好きじゃないとお前は言ったろうが」


「貴様は好きなことだけで生きてきたのか?」


「…悪かった。確かにそうだな。ごめん」


 アカツキの威勢は湖に投げ込まれた松明の火のように淡く消えた。


 それからダブルテイルは呟くように言った。


「誰だって好き好んで生きているわけじゃない」




 ◇




 ダブルテイルは二重の壁を魔動車のミラー越しに見る。


「うわー! マジで1泊もしないの!? 飯も食べないの!? 正気か!?」


「しつこいぞアカツキ。まだ日は落ちていないし、食事なら車に備蓄がある。どこにも問題などない」


「社畜じゃないかー!」


 ダブルテイルはギャイギャイと騒がしいアカツキを黙殺し、魔動車を加速させる。


「泊まるところならば目的地の近くに村がある。そこで泊まればいいだろう」


「危険じゃなーい?」


「どこが?」


「いやだって村の近くにならず者の拠点があるんだろ?」


 アカツキは襲われる心配でもしているのだろう。馬鹿馬鹿しい。


「最悪の場合は皆殺しにするのだから問題ない」


「パワープレイ過ぎるだろ。いやまぁ…ダブルの魔力量的にそこら辺にいる奴らより強いことは分かるんだけどさー。よく言うじゃん数の暴力って」


「数の暴力か…私にその理屈が当てはまるように見えるのか?」


「いや、全く。人間とアリンコを比較してる気分だ」


「ならなにが危険なんだ?」


「搦め手?」


「私をピンポイントで狙ってか? あまり現実的ではないな」


 アカツキには魔力が見える。それは人が内包している魔力まで一目で判別できるものらしい。アカツキには目に該当する部位がないように見えるが、本人が「見える」と言うのだから見えるのだろう。


 体内の魔力量は身体能力に直結しているため、アカツキの力は相手の強さを丸裸にすることが出来ると言ってもいい。


 もしその力を人が持っていたのなら間違いなく異能力者として、何処かの傭兵グループで重宝されるか、国や都市の長にスカウトされることもあり得るだろう。


 使い勝手が良く、リスクもなく、魔力技術の発展に貢献できる優れた力で、しっかりと魔剣にふさわしい荒唐無稽な異能だ。


 これは私が持っていて良いものだろうか。


 ただ喋って面白いという理由だけで、人斬りの道具として使い続けるのは文字通りに宝の持ち腐れという物ではないのだろうか。


 そんな考えが心中に浮かぶ。


 そして、アカツキが正確に魔力を知覚できるというのならば、自分の隠していることがバレてしまう。そんな後ろ暗いことがねっとりと、確実に、心に広がっていく。


 私はアカツキと共にいても良いのだろうか。許されることなのか。許されて良いことなのか。─────許されたい。許してほしい。


【【甘えるな。許されると思うな】】


 ダブルテイルは胸中に広がったその感情に自分でトドメを刺した。


(嫌な気分だ。吐き気がするほどに、嫌な…気分だ)


 タメ息を1つ溢す。


「どうした?」


 アカツキが不思議そうにそう言った。


「なんでもない」


 最悪だ。

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