第13話

 胃に刺激物を複数入れたような体調の悪さ。なにかを吐き出したくなるような心。なにを吐き出したいのかは自分自身が一番分からない。


 ダブルテイルは心のうちに溜まったそれらを無理やり押さえつけ、アカツキに悟られないように魔動車を運転する。


 アカツキはそんなダブルテイルの気持ちを知るよしもなく、いつも通りに延々とお喋りを続けている。


「つーかさ。わざわざ野宿とかするかー? ビルとかおっ立つような文明で盗賊だの賞金首だのって、時代錯誤が過ぎない?」


「そうか? 街に適応できないロクデナシの末路としてはありふれている」


 アカツキは嫌そうな反応をする。


「えぇー。あのーほら、街とかあるんならマフィアとかギャングとか、そこら辺にならない? わざわざ街の外で文明から離れる理由が浮かばねーんだけど」


「確かに、そういった者共がいないこともないが、しかしこの国だとギャングやマフィアなどは基本的に粛清されるからだろうな」


「この国? なら別の国に流れてギャングやマフィアになったりしねーの?」


「そうだな…ギャングやマフィアがいるような国だと、そのギャングたちがそれを防ぐんだ。彼らは強い結束で結ばれている家族だからな。家族に危険が及ばないように他所から来た悪党は排除するだろう。少なくとも私の知っているマフィアはその都市の支配者と良好な関係を構築している」


「うっわ最悪だ」


 アカツキの言葉はほとんど反射的なものだった。だが実際、内情を知らなければ誰もが同じ反応をしただろう。


 ダブルテイルはそのマフィアの内情を話そうと思って、やめた。


「まぁ統率されたマフィアが仕切っているのだから治安はかなりいい」


 アカツキは同じように嫌そうな反応した。


「えぇー。なにそれ。毒をもって毒を制す理論かよ」


「ああそう言うことになるな」


「異世界ロクでもねぇな」


「アカツキの世界にはそういったマフィアなどはいないのか?」


「いるよいる。俺の住んでいた日本って国だと国とズブズブってことはないと思う。他の国だとそう言う組織もあるらしいけど、よく知らない」


 アカツキにはあまりマフィア関連の知識はないようだった。


 自分の国のマフィアを知らないというのは危険ではないか。ダブルテイルはそう口にしてみた。


「えー? そう? ヤバいところに近寄らなければ問題はないし、関わろうとしなければ関わることもないと思うよ。それに良くも悪くも一般人には手を出さないよ。警察とかが頑張ってくれてるからね」


「国家の力が強いのか?」


「まーね。銃持つことを許されてるのは警察と軍隊…自衛隊だけだし」


「規制されているのか。裏ルートで流れたりしないのか?」


「知らないよ。俺は良い子とは言いがたいけど、大悪党ってわけでもないし。関わりたくないし関わったことはない。怖いからね」


 マフィアの力がそこまで大きくはないようで、ダブルテイルは平和的だと思った。


 それからアカツキはすぐに話を変えた。


「でさ、基本的にマフィアとかギャングとかの構成員って貧困層が多くを占めてると思うんだけど、街の貧困層ってどこいってるの?」


「ん? この国の街に貧困層はいないぞ。居たとしても死んでるか、奴隷か。そんなものだ」


「地獄かここは! スラムとかないのかよ」


「スラムのような治安の悪い場所はこの国の都市にはない。貧困層は外で普通に村を作って暮らしているはずだ」


「あ、平和的だ。良かった~」


「そうか? 開拓出来るところなど限られているのだぞ?」


 え?と間抜けな声をあげたアカツキにダブルテイルは事実をのべる。


「ここら一帯は壊れた魔力が漂っている。作物など育つわけがない」


「なっ……」


 アカツキは絶句した。


 それからいつも通りにこう言った。


「夢も希望もねぇ…」


 全くもってその通りだ。ダブルテイルは心のなかで強く同意した。


 その時には魔動車の窓から見える世界は、既に日は落ちきっていて夜の闇がどこまでも広がっている。なにもない荒野をたった1台の魔動車が放つ光だけで切り裂いて行く。


 心許ないとは思わずにいられないが、しかし荒野という立地が、良くも悪くも先を見通すことに良い影響を与えている。


 夜の先にある緑をダブルテイルが視認した。


「もうそろそろ着くころだ」


「あっそう? 村見える?」


「流石にそこまでは見えない。緑が見えるだけだ」


 ダブルテイルは一瞬、伝わらないかと思ったが、アカツキはその緑の意味をしっかりと理解した。


「緑…森とか?」


「そう森だ」


「え? 壊れた魔力があるんじゃないのか?」


「だから限られた開拓できる場所ということだ」


「砂漠のオアシスかよ…」


 アカツキが砂漠の話を始めたが、言いたいことは理解できる。


「荒野の緑地だ」


 きっと知らないのだろうと思い、ダブルテイルは最も相応しい言葉をアカツキに教えた。案の定アカツキはすぐに疑問符を浮かべた。


「荒野の緑地? 砂漠のオアシスの親戚か?」


「壊れた魔力が漂うエリアで唯一緑が育つ場所を指す言葉だ」


「おっ! 異世界情緒ある~」


 アカツキはなぜかご機嫌になった。相変わらず理解不能だ。


 やがて近づいてきた緑地の入り口に人影が見える。


 ダブルテイルは運転席のホルダーにある水筒に手を伸ばし、喉を潤した。


「さて、降りるぞ。アカツキは喋るなよ」


 アカツキの返事を聞いてからダブルテイルは車から降りた。


 四名の人影が降車したダブルテイルの様子を伺っている。


 警戒させたくないため少し遠くに魔動車を停めたため、まだ彼らの顔を視認することは出来はしないが、側頭部に角の影があることからデウルであることは分かった。


 夜の闇を歩き、彼らの顔が見えるようになるとそこで彼らはダブルテイルへ制止の声を上げた。


「とまれ! 何者だ!」


「傭兵だ。この近辺にならず者がいる。それを殺しにきた」


 立場と目的を端的に示すと、彼らは少しばかり身を寄せて話し合いを始めた。


 会話の内容までは聞き取れないが、ダブルテイルには彼らの話していることがおおよそ検討はついていた。


 まず、信じて良いのか。ならず者を討伐しに来たという理由は普遍的でおかしいところは何処にもない。しかしそれを言っているのが1人だけであるのが異常だ。いくら魔力量が多かろうとも多勢に無勢という言葉通りであるし、仮にそれらを蹴散らせるだけの強さを持っていたとするならば、国にスカウトされるだろう。


 次に、誰がそんな依頼をしたのか。ここにいるのは街に居場所がない貧困層だ。故にならず者の討伐という依頼はしないし、出来ない。つまり、普遍的でありふれているはずの依頼も彼らにとってはおかしなことなのだ。


 何一つ信じれない傭兵の出来上がりだ。


「帰れ! 傭兵など要らぬ! ならず者などここにはいない!」


「国の依頼だ。引き受けた以上、門前で帰るわけにはいかない。村を案内してくれ」


 ダブルテイルは村を適当に検分して、ならず者が居たとしても見なかったことにして帰るつもりだった。


 なぜなら荒野の緑地にて、特にこの国、この都市近辺で、村が成立する過程にはならず者の影響があることを念頭に置かねばならないからだ。


 ならず者には縄張りがある。


 まるでマフィアやギャングのやり方を真似たように、派閥と大小のグループが支配領域を巡って殺し合いを楽しんでいる。


 なにもない荒野を支配など笑い話でしかないが、しかしそれにより、なにもないはずの荒野にも一定の秩序と規範が作り上げられた。その結果として荒野の緑地に村が立ち、存続できている。


 だが、今回。基本的に貧困層に興味も関心も示さない高貴な血筋の方々がならず者の討伐を始めたのだ。


 きっと虫が増えたからという程度の認識なのだろう。


 それによって彼ら村の住人とこの近辺のならず者の世界が崩壊しようともさして関心もない。


「うるさい! 帰れ! ならず者などいない! 国の依頼など知らない! 帰れ!」


 当然の反応だとダブルテイルは納得していた。


 これは村の近くで車中泊してそれから帰投することになるのだろうな。そんなことを考えていた時、四人の中からひどく馴染み深い言葉が聞こえた。


「黒い血が!」


「…そうだな」


 彼らに聞こえないように小さくそう言っただけで、後はなにも反応もせずに、ダブルテイルは彼らに背を向ける。


 魔動車に乗り込み、魔力を流して魔動車を起こす。


「え? 帰んの? 今から? なにもしないで?」


 アカツキが困惑したような声を上げた。


「村に入れないしな、それに、今回のならず者の掃討にあまり乗り気ではないんだ。村を見て回ったが、ならず者らしきものは居なかった。そう報告して終わりだ」


 ダブルテイルは魔動車を転がして村から1度遠くに離れた。


「なぁダブル。村に泊めてもらうって言ってたけどさ、もしかしてこうなること予想できてたんじゃないか?」


「さぁな。私はここらの出身じゃないから彼らの反応は想定外だよ」


 ダブルテイルは内心の同様を完全に殺して、飄々と嘘を吐いた。


「ふーん? じゃ黒い血ってなに?」


「他種族への偏見なんてどこにでもあるだろう?」


「ふーん? じゃ街にギーツがいないのはなんで?」


 アカツキの声音は尋問に似ていた。


「ギーツは閉鎖的な種族なんだよ」


「ふーん? じゃそもそも、ダブルテイルってなに?」


 ダブルテイルは自分の動揺を上手く取り繕いながら、自分が名乗っているこのコードネームの来歴を話した。


 どこの種族でも子供を寝かしつけるためにする怖い話の1つで、かつて実在していたという二尾のギーツの話を。肉親を殺したことだけ伏せて。


「なんだそれ。王サマ突然ご乱心ってことか?」


「そうだな。王が錯乱して内乱が起こり、それが切っ掛けでギーツの国は一度滅びた」


「ふーん。アホかな」


 実に軽く適当な言葉だった。


 なんだ、いつも通り分からないことを聞いただけか、そう判断したダブルテイルが胸を撫で下ろす瞬間。


「なんでそんな名前を名乗ってる? お前」


 その声は明確に、顰蹙の色を見せていた。


「別に、単純に仕事を取りやすいのと覚えられやすいからだ」


「殺しの依頼を選ぶ頭のおかしいのがいるって? なんでそんなことしてんだ」


「傭兵は名前を覚えられることで仕事運びが楽になる場合が多い」


「だからそんなロクでもない名前を使ってるのか?」


「そうだな」


 車内の空気が静まり、緊張感が満たしている。


 ダブルテイルはこの空気がとてつもなく嫌だった。自分の悪いところを詰め寄られている気分であったし、事実そうだった。


 アカツキが次になにを言うのか、内心怯えていた。


「せいぜいご自愛するべきだぞ」


 呆れと優しさが混じったような言葉選びだった。


「……そうだな」


 歪んだ考えのもとで、その優しさはトゲに変わる。


 話す内容をしくじった、ダブルテイルは心苦しくそう思っていた。

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