第11話

 お腹に重く貯まる感覚とそこから身体全体へ広がる熱量。心地よい満足感にダブルテイルは身を任せる。


「ふぅ…」


 片付けをせずに呆けていると、アカツキが控えめに話しかけてくる。


「あのさ。1つ聞きたいんだけどさ。ダブルって物持ち悪かったりする?」


「なんの話だ?」


「いやいやいや、別に大したことじゃないんだけど、魔動車に乗るときにさ。後ろの席に同じような剣が5本ぐらい転がってるの見えてさ…」


「あぁ。あれは予備だ。どうしても本気で戦うと剣の方が持たなくてな。出来る限り壊さないように使ってはいるが、どうしようもない時はある」


「本気で戦うと剣が持たない?」


「なんでも圧縮すると必ず抗力が発生するだろう? それと同じで魔力も圧縮すると反発する抗力生まれる」


 ダブルテイルは説明のために、懐から魔銃を取り出した。


「この魔銃は魔力を1点に圧縮して放つ武器だ。ひどく普遍的にありふれた武器で、買おうと思えば子供でも買える。扱いも酷く簡単で魔力を流し込めば勝手に圧縮してくれる。あとはトリガーを引くだけでそれが射出され、人に当たれば高確率で死ぬ」


「生々しい…どこの世界でも銃器はあるんだな。恐ろし」


 どうやらアカツキの元の世界でも銃器はあるらしく、すんなり理解してくれた。


 むしろ逆に、ダブルテイルの方が少し疑問を感じたほどだ。


 魔力がないのに銃器はある。いったい何を飛ばしているのかと首を傾げたくなるが、とりあえず話を脱線させるわけにもいかないので、ダブルテイルはその疑問を胸のうちにしまった。


「魔銃は魔力を飛ばして人を殺すが、その仕組みからして1点貫通しか出来ない。個人が安価に携行するには事足りるだけの攻撃性を持っているが、しかし複数を1人で相手するには向かない」


「いや~昔から言うじゃん? 数の暴力は最強って」


「あぁ。だからそこでだ。私は魔銃でやっていることを剣でやることにした」


「は?」


「剣に魔力を集めて圧縮し、それを振り抜くことで方向と範囲を指定する」


「うお! つまりエクスカリバー!? マジかよ! ファンタジー!」


 突然アカツキが興奮したため、ダブルテイルは話の続きを少し待つことにした。


「見てみたい。見せてくれ」


 アカツキの提案をダブルテイルは当初の質問に答える形で否定する。


「駄目だ。それをすると剣が魔力に耐えられずに砕ける」


「あ、あ~ぁ。それで予備の剣ってことか」


 理解の色がこもった声をあげてアカツキは納得した。


「なぁ。それって名前あるのか?」


「名前?」


「その~技術? に名前はあるのかって」


「ない」


「そんなっ。もったいない。名前つけようぜ」


 謎の提案をしてきたアカツキに、ダブルテイルは至極当然な疑問をぶつけた。


「意味あるのか?」


「ある! 気分がいい!」


 アカツキの気分が良くなっていったいなんの意味があるのだろうか。まったく理解できない価値観だ。


 仮にもし、これが再現性がある技術ならば名前をつける意味はあるのだろうが、こんなふざけた魔力放出を行う人物をダブルテイルは自分以外で見たことがないし、出来るとも思わない。


 継承も不可能な物に名前など意味はない。


 そういった全てをアカツキに伝えると、アカツキはそれらを鼻で笑った。


「そんな考えこそ無意味だ。人にはそれぞれ名前がある。しかし、どうせ死ぬし、どうせ何者にもなれないと言って名前を捨てる物がいるか?」


「いるさ。死を受け入れたものだ。暗殺者などのな」


「……ちょっとさぁ……。それは…ちょっとズルいぞ」


「誰にも伝えられない技など、それらとほとんど変わりはない」


「えぇ。名前…欲しくない?」


「どうでもいい」


「あっ! そう! なら勝手に名前つけさせて貰うからな!」


 勝手にしてくれ。心底そう思った。




 ◇




 それからというもの。


「なーなー。頼むよー。一回でいいからその必殺技を見せてくれよ~」


 名前をつけるにもその技を見ないと話にならないとのことで、ダブルテイルが食事の後片付けをしている時から途絶えることなく、まるで壊れたラジカセのように同じことを延々と繰り返している。


 オウムでももう少し節度を持っている。


「あーーー。剣が壊れるから嫌だと何度も言っているだろう」


 うんざりした様子を隠すことなく口に出すが、アカツキはそれでも食い下がる。


「頼むって、剣が壊れるなら俺を使えばいいだろ」


「壊れるかもしれないだろうが、怖くないのか?」


「大丈夫だって、ヤバそうならヤバいって言うからさ」


 結論から言うのならば、ダブルテイルは折れた。しかしもちろん数十分に及ぶ口論があったことは言うまでもない。


「はぁ…無理なら無理と言えよ」


 何度目か分からない魔動車からの降車。相変わらず暑苦しい風が吹く乾いた荒野に立ち、ダブルテイルはアカツキに最後の確認をとった。


「わーってるよ。早く始めてくれ」


 本当に分かってるのか疑問だが、しかしそれを追及する体力は残っていない。


 やれやれと首を振り、それから腕を伸ばしてアカツキを地面と水平に構える。


「お、きたきた」


 ある程度の魔力を流してからダブルテイルは違和感を覚えた。


「魔力が安定している」


 本来ならば、圧縮された魔力がスパークを起こしかねないほどの魔力を流しているにも関わらず、アカツキの纏う魔力は安定的に揺らめいている。


「おいどうした?」


「いや、変化はないか?」


 少し変な質問だが、剣に向けて「体調はどうだ?」と聞くのもなんだか変だ。そのためそれ以外にどう言えば良いのか迷った結果、こういう言い方になった。


 アカツキはそれになにか言うことはなく、ダブルテイルの質問に元気に返事をした。


「あぁ全然ヨユー。後2倍…いや3倍はいけるね」


「平気なのか…?」


「ヨユーだって。もしかしてこれが限界?」


「いや、そう言うわけではないのだが」


 並みの剣ならば、圧縮された魔力によって既に砕けてもおかしくない。


(魔力が安定しているからか? スパークが起こらないから剣にダメージが入っていない…。アカツキは人間に近い魔力保存が出来ているのか? だとすると限界を越えるまではなんの変化も起こらないことになるが…)


 ダブルテイルは仮説を立て考えた。その仮説と目の前で起こっている事象を観察しながら、アカツキが自己申告した2倍から3倍までは問題なく魔力を流し込めるという結論に至った。


「では、いくぞ」


 ダブルテイルは嘘を嫌というほど重ねてきた。その中の1つ。本気で戦うと剣が持たないという嘘。部分的には真実だが、嘘の割合が大きい。


 本気で戦うと、本気で魔力を流すとどんな剣も耐えられないという現実。いままでダブルテイルの流し込む魔力量に耐えられた剣はない。


 そのためダブルテイルは一撃振るうだけの限界スレスレの魔力で剣を維持し、振るったその後自壊する。ということをしてきた。いうなれば手加減してきた。


 一撃を放つため、振り抜くため、圧縮した魔力を指向性を持って解放するため、剣の限界にあわせてきた。


「おいおいおい。結構魔力流してるけど、ダブルは平気なのか?」


 アカツキが内包する魔力は、既にダブルテイルにとって初めての領域に至っていた。


「3割ほど持っていかれているが、問題はない」


 気付けばダブルテイルは技を放つという目的を忘れて、アカツキの魔力許容量を知ろうとしていた。


「はぁ? 3割? ダブル言ってたろ? 身体能力が落ちるんだろ? 魔力って血液みたいなものなんだろ? 3割は大問題だろ! もしかして技ってそんな欠陥技なのか!?」


「いや、普段ならばコレの半分で放っている。今は…限界まで試してみたい」


「限界? 限界ってなんの…もしかして俺を砕こうとしてる!? ギブ! ギブ! もう無理! 許して!」


 ダブルテイルにアカツキの本音を見抜く方法ない。明確に嘘っぽいが、嘘だと断定する方法はないのだ。それにアカツキを殺したい訳でもない。


「そうか。まぁ不必要なことだからな」


 冷静になり、当初の目的を思い出したダブルテイルは、濃く深い赤色のオーラを纏ったアカツキを斜め上に振り抜いた。


 扇状に広がる赤色は空の青を食い破り、先の方へ進んでいく。やがてその一文字は点に見えるまで飛び、消えた。


 普通ならば圧縮から解放した魔力は急速に霧散していくが、アカツキから放たれた赤色は、その普通を嘲笑うようにその形を長期に渡って維持していた。


「うおぉぉ! すげぇ!」


 その異常について考察していたダブルテイルをその感想が引き戻した。


「あぁ。よかったな。アカツキは平気か」


「問題なし、全く持って問題なし。むしろダブルの方が心配なんだが? 3割消えたんだろ? 平気か?」


 全く持って問題はないと返すと、アカツキは能天気に「じゃ良かった」と軽い言葉で締めくくり、それから嬉しそうに言った。


「アウトサイダー。この技をアウトサイダーと名付けます」


「勝手にしろ」


 ダブルテイルは呆れのこもった笑みを言葉に乗せた。




 ◇




 ディア・ウル・ロスレス。二重の壁によって守られた都市。


 行きに比べて帰りはなぜか時間が掛かった。


 その原因には心当りしかないのだが。


「いや、なんとなくそんな気はしてたよ? ダブルが黒コート着てたし? 車乗ってたし? 魔法…違った魔力銃とかいう銃器もあるし? なんとなーく異世界情緒ってやつ薄いな~って感じてたよ。でもこれはないよ」


 ダブルテイルはギルドに向けて歩きながらアカツキの話に耳を貸す。


「なんの話だ」


「ビルで良いんだよな?」


「あぁ。ビルで間違いない」


「クソが」


 という具合にアカツキは機嫌が悪そうだった。


「なにをそんなにイラついている。普通の街並みだろう」


「普通の街並みだからイラついてるの! 異世界ならレンガとか木造建築で溢れてて欲しいの! ステンドグラスとかでバカみたいにキラキラしてるヨーロッパ系の建物が見てみたいの! なにか悲しくてビルの群れを眺めなきゃいけねーのよ!」


「全く…アカツキの言い分はあまりにも意味不明だ」


「うるせぇよ。クソッ。どうせなら異世界らしい変な建物探してやる」


「そうか、ならしばらく口を閉じていてくれ。私はこれからギルドに顔を出す」


 そう言った途端にアカツキは元気を取り戻した。


「それだよ! それ! ギルド! 素晴らしい! 冒険者を見に行こう!」


「冒険者? いったいなんの話だ?」


「え? ギルドって言ったら冒険者だろ?」


「理解できない。ギルドとは傭兵の管理組織だぞ」


 冒険者という存在に最も近いのは開拓者などだろう。しかしこの世界、ローリエの世界地図はおおよそ完成している。そしてそもそも国の詳しい地図などを勝手に書き起こすことは罪に問われる。


 そんな話をアカツキに説明すると、アカツキは何度目か分からない呆れ混じりの絶望を吐き出した。


「世知辛すぎる。夢も希望もねぇのかよ」


 やがてギルドの建物にたどり着くと、アカツキが小声でボソリ言った。


「マンションの一階を借りて営業してるコンビニみてーだ」


 例えは相変わらずよく分からないがどうやら落胆しているようだ。そしてアカツキには喋るなと釘を刺したためダブルテイルはなにも言わない。


 扉を押し開き、室内へ入る。


 人相の悪い奴らがダブルテイルに目を向けるも、すぐに目をそらす。関わりたくないという意志がよく分かる態度だった。


 初めてここを訪れた時とは偉い違いだ。


 ダブルテイルはそんな彼らを無視して足早にカウンターの受付嬢の元へ行く。


「偵察の依頼は終わった。総数は24。皆殺しにしておいた」


 あまりにも簡潔な説明。しかし具体的な話は質問を受けてから答えれば良い。


 そんな考えで受付嬢の言葉を待っていると、受付嬢はダブルテイルの予想外の言葉を口にした。


「すみません。ギルドマスターがあなたにお話があるそうです。お時間の方はよろしいでしょうか?」

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