第6話
そこには変わらず荒野だけが広がっていた。
剥き出しの土色と乾いた風、うだるような暑さにひび割れた大地。
剣を振るう前となんら変わらず、そこは荒野でしかなかった。
ダブルテイルは右手に握っている剣に視線を落とす。
刃は過剰に供給された魔力によって砕け散っており、持ち手である柄しか残っていない。
使い道のないゴミ。それを荒野に放り捨てる。
あの魔力放出は1度使えば剣を消耗品として投げ捨てることになる。だからダブルテイルはそれを使うことは嫌だった。
予備の剣を魔動車の後部座席に8本ほど積んでいるが、どれも決して安物ではない。安物であれば魔力放出をする以前に、魔力を圧縮する段階で剣が耐えきれなくなり砕け散るからだ。
金がかかる。だからこそダブルテイルはウンザリする。
「はぁ……」
タメ息を1つ吐き出し、それから踵を返す。
ここでするべきことはもう終えた。
魔動車に向けて歩き始めて直ぐのことだった。
「ま、待ってくれ…!」
嫌になる。どう考えても声の主は商人だろう。正確には運送屋だろうが、そんなことはどうでもいい。
ダブルテイルは仕方なく声の方へ顔を向ける。
戦闘に慣れた様子はない。普通のデウルの男だ。
(コイツは目の前の虐殺を見ていなかったのか? コイツは目の前にいるのが何なのか理解していないのか? あぁ面倒だ)
殺さなくて良いと分かっている相手との会話は面倒くさい。
ダブルテイルは声に明確な拒絶を乗せた。
「なにか?」
男は一瞬怯んだようだが、それでも言葉を続ける。
「い、いや。礼をさせて貰えないだろうか?」
律儀なことだ。
「礼はお前の命になるぞ? 払いたくないのなら黙っていろ」
ダブルテイルはその言葉を最後に再び歩き始めた。
このコードネームを使うと決めた日からずっとこうだ。
善人から距離を置き、悪人を追いかけ、たった1人で殺し続ける。
体に僅かばかり残る倦怠感は、きっと魔力を大量に放出したからだろう。
再びタメ息を1つ吐き出した。すると口のなかに赤土がうっすらと入り込み、不快感に眉を潜める。
タメ息1つも満足にさせてはくれない。
(全く……本当に嫌になる)
ダブルテイルは魔動車に乗り込み、空調の魔法具から届く冷風を浴びながらゆったりとした速度で移動を開始する。
ネツエラとか言った傭兵を助けた時に殺した14名と今しがた殺した8名に轢き殺した2名を合わせて24名。
拷問したときに聞いた構成員の数が正しければ、奴らの拠点には後4名残っているはすだ。
たかだか後4名で終わりだ。
楽で良い。そう思っていながらも、ダブルテイルの口元に笑みは浮かばず、魔動車の速度も遅いままだった。
◇
たどり着いた場所は、移動式小型要塞の残骸といって差し支えのない場所だった。
魔動車で近づけるだけ近づき、それから降りてその残骸を眺める。
かつて戦争で戦車を元に作られた移動式の要塞。戦車より巨大で堅牢。そしてどこでも戦争を展開できるという利点で量産されていたが、現在ではその堅牢という名前も容易に打ち破れてしまうため、古い過去の遺物だ。
そして古い遺物であるがためか、所々、というより、もはや全体的に朽ち果て、砕け落ちた外壁は外壁としての機能を無くしてしまっている。
その穴が空いた隙間から見える内部の様子は外見と対して変わらないほどにボロボロで、本棟との間に広がる中庭スペースは外に広がる荒野との区別がつかないほどにそっくりだ。
もし移動するための車輪が土などで埋まっていれば、荒野に建てられ、風化してしまった古代の要塞という風貌だ。
そしてその車輪もひび割れていたりでロクな整備はされていない。動き出すことはもう2度とないだろう。
ダブルテイルは門を探してぐるりと一周する。
小型と言われてはいるが、少なくとも300名ほどの人員が自分のスペースを持ちながら生活できるだけの生活基盤を備えており、そして要塞として、軍事基地としての施設も備えているため、それなりの時間がかかることを覚悟していたが、運良くすぐに出入口と思われる門を見つけた。
酷いものだった。
扉はなく、門としての形が辛うじて残っている程度のもの。もはやそれは壁に空いた扉型の穴と言って差し支えない。
(これならそこら辺の穴から入り込めば良かった)
一応は門だというのに、そこに見張りは1人もいない。
当然ではあるのだが、ダブルテイルは少しだけ落胆した。
残り4人という情報がどれだけ正しいのかは分からないが、増えたとしても3から4名程度だろう。そのうちの数名を門で殺しておこうと思っていた目論見がむなしく空振る。
アジトの守りに残されたというのに、門にいないというのは如何なものか。警戒という言葉を知らないのではないだろうか。
(だがまぁ…ここに人を置く理由はないか)
外壁が役割を果たしておらず、どこからでも入り込める状況で、ただの大きな穴でしかなくなった門でいったい何を警戒するのだろうか。
今のダブルテイルのように、どこからでも入り込めるというのにわざわざ門を探すような酔狂な人物しか見つけることは出来ないだろう。
仕方ないと気持ちを切り替えて、堂々と門を潜る。
別になにも変化はない。外の荒野と違いがない中庭があり、その先には要塞の本棟にたどり着くことを阻止するための内壁がある。そしてその内壁も外壁と同じように朽ちている。本当に、なんの違いもない。
人の気配もないため、観察もあまりせずに内壁まで歩いて、また門を潜った。
すると突然世界が変わる。人の居住区と思われる場所と、軍事基地として必要な施設が等間隔に建てられており、人間が生み出す機能美というものをまざまざと見せつけてくる。
ダブルテイルは人の生活圏に入り込んだと実感した。
(まぁ本棟から見ていくか…)
中心に建っているこの移動式小型要塞の要とも言える中央棟に向けて歩き出す。
流石に二重の壁に守られ、その上周りに風避けとなる建物が建っているためか、中央棟は外壁からは想像も出来ないほど綺麗に残っている。
古いということに価値があると明言する者どもにとって、この綺麗な要塞は感涙を引き起こしてしまうものだろう。
そんなことをボンヤリと考えていると、その入り口に居た。
数は1、デウルの男。入り口の階段に座りながら脇に剣を置いている。のんびりとした様子でまだダブルテイルには気づいていない。
本来最も重要なはずの入り口を守っているのが、たった1人ということは中にいる人数はさほど多くはないだろう。残り4人というのも当たってるのかもしれない。
ダブルテイルは特に急ぐわけでもなく、来たときと変わらぬ歩調でその男へ近づく。
すると男の視線がダブルテイルに向けられる。それから男は剣を片手に立ち上がった。流石に目の前から向かってくる人物を見逃すほど節穴ではないようだ。
「アンタは誰だ?」
やがて銃器に頼るには近すぎるが、剣で強襲するには遠すぎるほどの距離で男が口を開いた。
その言葉には怯えと言った感情はなく、どこまでも自然体で、もはや警戒している様子さえなかった。
(なるほど…強いな。あのリーダーより強い。1人で門を守るだけはある)
「見れば分かるだろう」
「あー。最悪だな。最近話で聞いてたお伽噺か?」
「悪い子供を殺す話は…そこらにありふれていると思うが?」
「確かにそうだな」
男が剣を抜いた。
「逃げないのか?」
ダブルテイルは思わずそう口にして、愚問だったと内省する。
「なぜだか逃げられる気がしなくてね。それにここで逃げるより戦った方が生き残れるとカンが言ってるからなぁ…。それにほら。俺って一応大人なんでね。お伽噺にビビって生き残ったら笑われちまうさ」
男は困った顔でぼやくようにそう口にした。
男は分かっていて剣を抜いている。死ぬと分かっていてそれでも死力を尽くして生きようとしている。
「そうか。なら1つ教えよう。お伽噺は死なない」
「ハハッ。知ってるよ」
諦めたように朗らかに笑った男は、一瞬の間を置かずにダブルテイルの目前まで迫っていた。
当然のように剣と剣がぶつかり合う。
ダブルテイルは抜剣などしていなかったが、男が目の前に迫ってから初めて剣を抜き、防御した。
不意打ちを絡めたバケモノのような急襲を、後手で受けきるバケモノ。
視線が交差する。
驚愕。絶望。そして苦笑。刹那的に移り変わったその変化を見届けたのち、ダブルテイルは剣を力任せに押しきった。
男は体勢を崩さぬように上手く受け流し、それから剣を振り切ったダブルテイルを殺さんと再び剣を振り抜こうとして、自らの目前に迫る剣を防御した。
ダブルテイルの剣速の方が圧倒的に速い。
一方的と言っていい戦いだった。いや、それはもはや戦いとは言い難い。まるで人を模したカカシを相手に素振りしているような、そんな茶番劇。児戯だ。
ダブルテイルは戦いの片手間に、男の決意に当てられて過去を思い出す。
昔、目の前の男のように格上を相手に決死の覚悟で戦ったことがあった。
体内の魔力量の差はそのまま身体能力の差となり、そして魔力容量は後天的に大きくなることなど極一部の例外を除いてあり得ない。
格上は永遠に格上で、格下は永遠に格下。
だからと言って勝てないわけではない。
(そろそろか…)
ダブルテイルはあえて甘い剣筋を振るう。
男はそれを受け流すのではなく、間一髪で回避し、渾身の剣をダブルテイルに向けて振るう。その剣速は今までで最も速く、最も力強い。
剣の先から魔力を放出して、剣速をあげているのだ。
魔力弾の応用。魔力放出による刹那的な加速。
ダブルテイルは、男の目の奥に、その男の全てが詰まっているように感じた。
無防備な体に剣が迫る。
そして───。
剣が折れる音が聞こえた。
男は呆然と無くなった剣の先に視線を向けていた。その剣の先にいるダブルテイルに視線を向けていた。
なんのことはない。魔力放出など、ダブルテイルでも出来る。
ダブルテイルの剣は男の放った渾身の剣に後追いで追い付き、その剣を割り切った。
それからダブルテイルは懐へ戻った剣をそのまま男へ向けて振り下ろす。
魔力放出を伴ったダブルテイルの剣速は、もはや刹那の時すら置き去りにする。
男は刹那すら置き去りにしたその一瞬で、絶望し、諦め、そして最後に。
「ハッ」
乾いた笑いを残して逝った。
それは明らかに満足感ではない。後悔とそれに対する自嘲だ。
男が最後になにを思ったのか、それはダブルテイルには分からない。誰にも分かることはない。それはきっと本人にしか分からないものだ。
だからダブルテイルは少しだけ哀れみを抱いたのち、その場を後にした。
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