第5話

 ダブルテイルは決して表情には出さないが、とても困っていた。


 悪人ならば問題なく殺す。悪人でないのならば無視できる。


 目の前の2人組は殺すべき人物か、否か。未だに判断がつかない。


 先ほどのヒトデナシのように分かりやすく口にしてくれないものかと思うが、2人組はダブルテイルを凝視したまま動き出す気配はない。


 好き好んで人を殺すという肩書きがあまりにも面倒だ。元々人付き合いなどするつもりはないが、人を判断するうえでこのコードネームは厄介だ。


 善人といえども自分の命が脅かされるのであれば刃を握る。


 傭兵「ダブルテイル」はそこにいるだけで他人を脅かす。


 ダブルテイルはタメ息を吐き出す。


「私は好き好んで人を殺す。そのラインと趣旨は気分で変わる。今のところあなた方を殺す気分ではない。そして乗り気じゃない殺しはするつもりはない。だから正直に答えろ。あなた方はなぜ、ここで囲まれていた?」


 狂人にだってルールはある戦法。脅して従順に答えさせる戦法が役に立たない時に取り出す2枚目のカード。ダブルテイルが切れる最後の手札でもある。


 だから少しばかりの不安を胸にして2人組の様子を窺う。


 すると彼らはコソコソと耳打ちで話を始めた。片時もダブルテイルから視線を外さない様子で、警戒してはいるが拒絶はしていない。


 ダブルテイルは心のなかで喜びに舞い上がる。


(これは上手く行っているのではないか?)


 しばらく彼らを注視していると、話がまとまったのか男が口を開いた。


「俺たちはとある商団と契約を交わしている。その商団との移動中に襲われて俺たちが残った」


「襲われた理由に心当たりはあるか?」


「いや。全く」


 情報を絞っていることは明らかだが、その情報だけでも彼らを悪人ではないと判断するのには充分だった。14対2という状況で依頼主を逃がした行為は明らかに善人にしか出来ないことだからだ。


「なるほど。ではあなた方はコイツらとは無関係か。ならどうでもいい」


 ダブルテイルは2人組に背を向けて歩きだした。


 それから足を斬りつけ、あえて殺さなかった1人に冷たい視線を落とす。


「おい。貴様らの拠点はどこだ? 喋るならば楽にしてやる」


 見栄でも張りたいのか、その申し出を男は拒絶した。


 ダブルテイルは即座に男の足を浅く斬りつける。


「おい。貴様らの拠点はどこだ? 喋るならば楽にしてやる」


 拒否。加害。質問。拒否。加害。質問。拒否。質問。拒否。質問。脅し。加害。質問。終わり。


 やったことなどそれだけだった。


 欲しい情報に加えて、構成人数など色々と役に立つ情報を吐いた男を、ダブルテイルは出来る限り痛みなく始末した。


「どうした? まだ居たのか?」


 人を痛め付けて殺すというあまりにも気分を害することをしたため、ダブルテイルは多少気が立っていた。そして思わずそれが語気に出た。


 咄嗟にやってしまったと後悔したが、2人組の様子がおかしかった。


 焦ったように何かをコソコソと話しており、やがてダブルテイルに向けて女の方が頭を下げた。


「私の名前はネツエラ。あなたがなにを考えていたのかは分かりかねますが、しかし助けて頂いたことには変わりがありません。ありがとうございました。本来ならば何か謝礼をするべきなのですが、私たちは急がねばならないらしく、どうかこのまま立ち去ることを許して頂けませんか?」


 随分と礼節に乗っ取った態度だった。


 好き好んで人を殺すと吹聴する存在に向けるにはあまりに丁寧なそれは、良い意味で傭兵らしくない。


「勝手にすると良い。私も好きにやる」


 ダブルテイルは踵を返して、少しばかり遠くに停めた自分の魔動車に歩いていき、乗り込む。フロントガラスから2人組は既に魔動車で走り出していることを目にした。


 去っていく魔動車は速かった。きっと魔力吸引ペダルを深く踏み込んでいるのだろう。だからこそ、その速度はもし助けに入ることが間に合ったとしても魔力が足りなくなるのではないかと思ってしまうような危ないものだ。


「まぁ私も彼らと目的は殆ど同じなんだが」


 魔力吸引ペダルに足をかけ、ゆっくり奥へ押し込む。


 車体の足である4輪が、踏み均されることで道となった地面を蹴り、前へ進みだす。


 ダブルテイルが持つ魔動車は特別な特注品だ。特に魔力吸引ペダルの魔力吸収量は、常人が踏み込めば一瞬で干からびて魔力欠乏症に陥る。


 製作者に、「乗った人物を殺すつもりの、新手の殺人道具」と言われるほどのバケモノマシンだ。


 そんな魔動車のペダルを深くまで踏みつけると、窓の外に広がる景色はあっという間に流れていく。しかし荒野という代わり映えのしない場所では、どれだけ速く景色が流れていけども周りの風景に違いはあまりない。


 速さなどは結局のところ、相対的でなくては実感出来ないものだ。


 だからこそ、今回ばかりはその速度の異常性が浮き彫りになった。


 先を駆けていた2人組が運転する魔動車を倍する速度で抜き去り、なお加速していく。


 相も変わらず乗り心地は最悪だ。速度に耐えられるように作られた頑強な車体は当然のように重く。その重さのおかげで加速しても宙に投げ出されることはないが、その代わりに地面の影響を強く受ける。それはいくら衝撃緩衝機能を盛ったとしても消すことは出来ない。


 乗り心地は最悪だ。最速駆動など出来る限りやりたくない。


 喋れば舌を噛むことが間違いないほどにガタガタと揺れる魔動車は、その最悪とトレードした速度で駆けていく。


 変化が訪れたのは直ぐの事だった。


 前方にデジャブを感じさせるように小さな点が見えた。速度を落とさずにそれに近づき、その正体を看破する。


 ダブルテイルは一切速度を落とさなかった。


 よくありふれた普遍的な道具による、圧倒的に理不尽な殺害方法。


 轢殺。


 2人の人間がピンボールのように弾き飛ばされることを目にしたが、ダブルテイルは別になんの感情も感じなかった。


 そうして道に広がっていた2人をまとめて轢き、そこで初めて速度を落とす。しかし速すぎる魔動車は急激に止まることは出来ない。


 予定より遠めで停車すると剣を腰に下げてからドアを開ける。すると赤土の混じった乾いた熱波に歓迎された。


 うだるような暑さの中、ダブルテイルは急ぐこともなく緩やかに歩を進める。


 向かう先ではワラワラと8名の男たちが集まっていて、皆一様に緊張した面もちをしていた。


(あぁ先ほどの奴らよりは腕が立つみたいだな)


 8名それぞれが、それぞれをカバーできる位置取りをしている。普通ならばたった1人しかいないと甘く見て余裕を見せるが、彼らにその気配はない。


 だが、一流ではない。


(怯えか……まだ何もしてはいないのだがな)


 怯えを彼らの表情から汲み取った時、風が吹いた。


 実に乾いた風だった。水気は一切ない。


「ダブルテイル……」


 ダブルテイルは素直に感心した。2年間放浪してきたが、ならず者に名を呼ばれたのは初めてだ。


 情報収集とは生き残るためには必須とも言えるが、傭兵でもそれを理解しない者もいる。そんな中でならず者と言えども情報収集が出来ている。


 いや、ならず者だというのに情報収集が出来ている。


(元々は傭兵だったのか?)


 そう分析しながら距離を詰めていく。


 やがて8名のならず者はダブルテイルに対して陣形を整えた。


 しかしそれを異に返さず、また一歩と進んでいく。


 するとリーダー格と思われるデウルが大声で周りを鼓舞した。


「落ち着けテメェら! 群れてねぇ狼なんぞ恐れるこたぁねェ! それに良く見ろ! 上玉だぞ! 胸はねぇが面は良い。首輪付けて飼い慣らしてやるぞ!」


 及び腰だった彼らに余裕が戻った。


 だが、それはまやかしに過ぎないことをダブルテイルは見切っていた。


 彼らは狼であるギーツという種族に怯えているわけでない。おそらくダブルテイルという名が背負った来歴と、魔動車で仲間の2人を轢き殺した時の速度に恐れている。


 そしてそれらを上手く理解していない。


 ただ、なんとなく怯えている。


 なんとなくで怯えているのだから、なんとなく勢いをつければなんとかなる。


 ハリボテでもなんとかなる。


(統率者としては優れているのか…散開されて逃げられると厄介だ)


 ダブルテイルは、まやかしと言えども咄嗟にそう鼓舞できるリーダー格のデウルに目を向ける。


 先ほど殺した連中の仲間であることは確実で、これだけのヒトデナシを統率できる男。


 ここで確実に殺さねばならない。


 意志と目的が合致した瞬間。


「撃てェェェ!!!」


 彼らの殺気が半透明な弾丸として殺到する。


 ダブルテイルは薄いカーテンを纏うように魔力で幕を形成する。


 魔力弾がその幕に触れる。するとその魔力を散らされ、やがて形を保てなくなったそれは霧散していく。


 彼らの放つ魔力弾は、どれもダブルテイルに届きはしないがそれでも彼らは撃つことをやめない。


 魔力弾と魔力幕では幕の方が消費魔力量が大きい。


 それに加えて8対1だ。どう考えてもダブルテイルのジリ貧だ。


(あぁ。しっかり魔力弾の濃度が違うな)


 魔力幕の魔力を散らす効果を貫く方法は、その幕では散らしきれないほどの魔力を圧縮して込めることだ。


 目の前で消されていく無色の魔力弾に混じって灰色の魔力弾が見える。


 それを防ぐには魔力を重ねて幕の厚みを上げるしかない。結果として受け手側は更に魔力の消費量が増え、攻め手側が魔力量比べで更に優位に立つ。


 よくある集団戦術の1つだ。


 その戦術が決まっているからこそ、ならず者たちの口元には笑顔が貼り付いていた。勝てると確信している者の顔だ。


 しかし1人だけ怯えた色を目に宿した男がいる。


 リーダー格のデウルだ。


 魔力弾も撃たず、ただ剣の柄に手を掛けている。魔力を露骨に温存している。


 誰でも場数を踏むと生き残る直感が鋭くなる。このデウルは今はまだ様子見をしているが、少しでも怪しいと感じたら即座に逃げ出すだろうことは明らかだ。


 もし逃げられると面倒だ。追いかけて殺す手間が面倒だ。


 先にリーダー格を殺すことを考えるが、下っ端に散り散りに逃げられるのもまた面倒だ。


 故にやるなら一撃で、回避不能の一撃でまとめて殺す方が良い。


(全く…嫌になる……物は大切にするべきなんだが…)


 ダブルテイルは腰に下げた2本の内1本を引き抜き、水平に構えた。


 魔力を圧縮する。


 剣が与えられた魔力によりガタガタと暴れるが、それを無理やり押さえつけるとやがてバチバチと行き場のない魔力が破裂する。


 剣を魔力が真っ黒に覆い隠した時。


 1人のならず者が背を向けた。


 だが、もう遅い。


 ダブルテイルは彼らに向けて一歩踏み込み、その勢いに乗せて剣を振り抜く。


 行き場のなかった魔力が指向性をもって解放される。


 黒の奔流。炸裂する闇。墨が世界を塗り潰す。

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