第4話

 とあるギーツの王様の話。


 そのギーツは誰よりも強かった。ギーツの中でも群れのリーダーとなれるだけの素養を持ち、そしてその群れの大きさは種族全体を抱えられるほどだった。


 誰よりも慈悲深く、誰よりも感応能力に優れ、誰よりも敵に冷徹で、誰よりも子供たちを大切にしていた。


 王様のお陰で国は栄え、誰もが王様に感謝の雄叫びを捧げていた。


 誰もが王様の治世が永遠に続くことを願った。誰もが王様のことを愛していた。


 ある曇天の夜。


 王様の子供ら全てが命を落とした。


 下手人は、王様その人であった。


 その日から王様は変わった。群れから距離を置き、感応能力を閉ざし、ただ効率的に敵を殺すことだけを生き甲斐とした。


 やがて群れは瓦解した。


 王様が壊した。自ら作り上げた理想を自ら殺めた。


 言葉を交わした同種を殺し、頭を撫でた手で子供の首を折った。愛した妻を引き裂き、そこで王様は正気に戻った。


 そして王様は言った。


『殺すことが私の本質だった』


 眠らずに駄々をこねる子供に読み聞かせる恐いお伽噺。


 それは王様の見た目からこう名付けられた。


「ダブルテイル・ブラックウルフ」


 彼女は魔動車のハンドルを握りながら口のなかでその名前を転がした。


 あの神官に唆されて、傭兵のコードネームを変更してから2年が経過した。


 流石に「ダブルテイル・ブラックウルフ」とお伽噺の名前そのままで名乗るのは嫌だったため、単純に、「ダブルテイル」と名乗るようにしている。


 だが彼女がギーツであるためにその名前が何を意味しているのか伝わっているため、あの邪神官の目論見通りだろう。


 そしてこんな名前を騙るものだから行く先々で問題が発生する。初めの内は適当にあしらっていたが、やがて彼女はむしろそれを有効活用することにした。


 基本的に傭兵に善悪はない。


 金こそが全てであり、暴力こそが全てだ。


 国軍とは異なり統制もなく無秩序。故に善人より悪人の割合が多くなる。


 いや、悪人というのも正しくはない。金の奴隷と言った方が正しいだろう。


 金さえ払うならどんなこともする。それだけだ。


 そんな識別不明の無秩序な暴力が街に入り込む。


 それは街を管理する貴族などからは難色を示されるが、しかし彼らは力そのものでもあるため追い払うわけにもいかない。


 彼らを識別し管理するための組織であるギルドが出来上がるのも必然であった。


 傭兵とは力だ。力なき傭兵など傭兵ではない。


 そのため傭兵が傭兵を殺すことなど珍しくもなく、罪にも問われない。


 都市の支配者から見て、傭兵は市民ではなく、ただの力なのだから基本的に無視するのだ。


 ギルドが傭兵を管理するといえどもこの程度。


 だから彼女は、「ダブルテイル」と名乗った後で起こる問題のほとんどを殺すことで解決していた。


 殺して構わないのなら殺す。


 もちろん殺しにも線引きはしているが、傭兵の多くはその基準を踏み越えてくる。


 殺して構わないと判断した瞬間に目の前にいる者を殺し、それから改めて殺しの依頼を要求するのだ。


 すると驚くほどスムーズにことが進む。


 そのため彼女はこの2年で数えきれないほど命を奪ってきた。


 罪悪感などは欠片もない。殺してきた者共は全て殺しても問題はない、もしくは殺した方が正しいとされるような者共だからだ。


 ヒトデナシは人ではない。


「ふぅ。しかし、奴らが隠れられそうな場所など見当たらないが…」


 運転席から辺りを見渡す。戦争が続き、草木も生えぬほどに焼き尽くされた荒野がどこまでも広がっていた。


 日差しは燦々としており、鬱陶しい。もし冷房機能がなければ魔動車の中で蒸し焼きになっていただろう。


 冷房機能に魔力の多くを注ぎつつ、彼女は魔動車を高速で駆動する。


 見るもの全てが全力走行だと判断するほどの速度であるが、彼女にとってはのんびりとした速度だ。


「…?あれは…?」


 視界の先、茶色の道の先に小さな点のようなものが見えた。


 彼女は魔力吸引ペダルを少し踏み込み魔動車の速度を上げる。いくら舗装されていようとも所詮は荒野。速度の上がった魔動車は路面の凹凸によりガタガタと大きく揺れ、乗り心地は最悪だ。


 しかし乗り心地の悪さと引き換えにした速さは、瞬く間に道の先にあった小さな点を識別可能な距離まで連れてきた。


 小さな点は群体であった。


 1台の停止した魔動車を囲むように7台の魔動車が円を書くように停まっている。


「ターゲットか?」


 そんな事を口にしながら更に近づくと、魔動車で出来た円の内側では14名の男たちが更に円を書いていた。そしてその2つの円の中心では2人組の男女が油断なく剣を構えている。


 やがて彼女の駆る魔動車が近づくと、2人組は更に視線をキツくし、残りの14名は怪訝そうな顔をして疑問を浮かべていた。


 彼女は魔動車を彼らから少しだけ離して停め、それから剣を手に車外へ飛び出した。


 全ての人物が皆一様に驚いた顔を浮かべた。


 ギーツという珍しい種族に向ける顔としては正しいものだ。


 だから彼女はそれを涼しげに無視し、この状況への理解を優先した。


 まず、どちらがより悪に近いかということを推測する。


 2人組の装備は傭兵らしい装備だが丁寧に手入れされていることが分かるような装備だ。目立つヒビがなく光沢すらある。しかし使い込まれていると分かるほどに構えに揺らぎがない。


 粗悪品とは言えない装備品だ。


 それに対して14名の装備は、なんとも統一感のない物だった。


 2人組ほどとは言えないでも、それなりに手入れされている武器を持つ者も居れば、武器とはただの道具だと言っているような粗悪品を握っている者も居る。


 それに剣のみではなく、槍や斧を握る者もいる。1人だけメイスを持っていて浮いている者も居る。


 装備的に言うのであれば、2人組はしっかりと基本に忠実で、生きることに忠実に真面目な傭兵らしい装備をした傭兵だ。


 それに引き換え14名は追い剥ぎをしに来た野盗が妥当だ。拾った、もとい奪った物だから、装備の質に明確に差があるとすれば理解できる。


 装備品では2人組の方がマトモそうだ。


 そして現状は2人組に対して14名で囲っている。これに関して言うのであれば、多数で少数を叩くという身も蓋もない殺し方というだけで、善悪の判断を下すことは難しい。


 2人組がとんでもない犯罪者で、かつ恐ろしいほどに腕が立つというのであればこの数に納得できる。


 しかしそうではないのならば……。


「ダ、ダブルテイル…!?」


 2人組の女の方が絞り出すように彼女に向けてそう言った。


「あのヒトデナシの目論見は叶っているらしいな……」


 彼女は───ダブルテイルはつい、思わず、そんなことを無意識に漏らした。


 2人組は警戒の形を変えた。1人で7人を見るような構えから、ダブルテイルを含めた8人を牽制するように。そう2人ともダブルテイルを警戒している。1人に任せずに2人ともダブルテイルを見ている。


 2人組はどちらも、猫の耳としっぽを持った爪のビークス。カノークスだ。細かい差異はあるものの、間違いはない。


 そこでタブルテイルはその2人組に見覚えがあることを思い出す。


「あぁ。あなたたちは確か…ギルド内で見たな」


 ダブルテイルの言葉がその2人に届くと、2人組は更に彼女への警戒を強めた。


 理由は単純、ダブルテイルはギルド内で自身を侮辱した男を斬り殺した。そしてその現場にその2人組がいたからだ。だから2人組は警戒した。


 そしてダブルテイルがなぜ2人組に気付くことが遅れたのかと言うと。


「あなたたちは4人ではなかったか?」


 そう2人組ではなく、4人組。あと2人の男がいた。


「お前は俺らをどうするつもりだ」


 2人組の男の方がダブルテイルへ敵意を向けた。


「さぁ。それはあなたたち次第だ」


 苦虫を噛み潰したような顔を一瞬浮かべた後、男が覚悟を決めたような顔をした。


 そこで初めて14人の群れから1人の男が口を開いた。しかしそれはダブルテイルにも2人組にも向けられてはいなかった。


「おい!お前ら、コイツもついでに囲え。どれだけ名が売れてようとも、群れてないギーツなんて恐れることはない! 捕まえて首輪を着けるぞ!」


 首輪。その言葉を聞いた瞬間にダブルテイルの識別は完了した。


 2人組が殺すべき存在なのかは不明だが、少なくともこの14人はヒトデナシだ。


 ダブルテイルは腰に下げた剣を緩やかに引き抜く。


 その緩慢な様子に反比例して場の空気はキツく引き締まった。


 剣を抜くという殺し合いを予見させる行動。それを行うことで警戒心と緊迫感が広がり、場の空気感が変わる。それ事態はあまり珍しいことではない。


 しかしそれは1対1や2対2、もしくは2対1などの同数に近い場所でしか起こり得ない現象だ。


 この14対1などという、良くてリンチという状況では絶対に起こり得ない。


 それでも場の空気は、左右から引っ張られ破れる寸前の紙のようにピンと張り、ビリ、といつ戦端が開かれるか分からない緊張から危うげに染まった。


 それの意味するところは、言うまでもない。


 ダブルテイルは特に気負った様子もなく、まるでストレッチを行うように目を閉じ首を回す。殺し合いをするには場違いの、弛緩した気配をまとっていた。


 明らかに隙だらけ。


 だが14名のヒトデナシどもは、ダブルテイルを囲うように包囲をしているだけで、なにも動き出すことはなかった。


「なんだ……大したことはないな」


 ダブルテイルはそう小馬鹿にしたように、うっすらと笑うと、即座に動き出した。


 相手の動きなど待つ必要はない。


 一瞬、まばたきほどの刹那で最も近い場所にいた1人を殺した。肩口からバッサリと斜めに斬り捨て、2つに切り分ける。


 人間には頑強な骨がある。剣でそれを叩き切るなど狂気の沙汰だ。しかしその狂行を平然と行ったバケモノがそこに居た。


 ダブルテイルはつまらなさげに数を数える。


「1」


 そこには人を殺すと必ず起こるはずの精神の揺れが、一切、これっぽっちも含まれていなかった。


 そこで彼らは目の前に居る存在を改めて、理解した。


 それはお伽噺。それは真性のバケモノ。それは忌み嫌われるギーツ。


 恐慌に陥った残りの13人の行動は様々だった。


 魔銃を取り出し、適当に魔力弾を放つもの。


 背を向けて逃げ出すもの。


 なぜか2人組に襲いかかるもの。


 なにを血迷ったか、怯えた顔を浮かべながらダブルテイルに剣を振るうもの。


 あまりにも統率が取れていない。


 統率をとれた筈の、統率を取っていた初めに口を開いたヒトデナシが一目散に逃げ出したのだからそれは当然の結果だった。


 ダブルテイルが剣を引き抜いた瞬間、空気が切り替わったその瞬間から、そのヒトデナシは逃げることを考えていたのだろう。


 殺すべき敵だ。駆除するべき悪だ。強者からは逃げ、弱者から奪う。善より悪を多く重ねることしか出来ぬであろう害悪。その性根は行動が示してくれた。


「逃がすわけがないだろう」


 ダブルテイルは魔銃を懐から取り出すと、それを逃げる男の頭に向け、躊躇うことなく引き金を引いた。


 男は小癪なことに魔力幕を展開している。


 だが、ダブルテイルの規格外な魔力量により固められた黒の魔力弾は男の魔力幕による中和を容易く貫通し、その頭も貫いた。


 それからは速かった。


 考え事の1つが減ったからだろう。それは庭の雑草を引っこ抜くように、大雑把で乱暴に彼女は全てを薙ぎ払った。


 その場にあるのは13の死体とそれが待ちきらす鉄が錆びた匂い。あえて生かしておいた1匹のヒトデナシと、剣を構えているにも関わらず悲壮感を漂わせた2人組の男女だ。


 ダブルテイルは改めて彼らに視線を向ける。


「もう一度聞くが、あなたたちは4人組ではなかったか?」


「それが…どうした……」


「いや、残りの2人はどこに行ったんだ?」


「教える義理はない」


 ダブルテイルは剣を鞘に納める。


 敵対するつもりは今のところないという意思表明ではあるのだが、しかし効果は芳しくない。


 まぁこんなものだろうとダブルテイルは諦めて、言葉を続けた。


「私は殺すと決めた相手には容赦しない。あなた方はそれでもソレを向け続けるか?」


「お前が俺たちをすでに殺すと決めていない証拠がない」


 正直。ダブルテイルは彼らの態度に不快感を覚えてなどいない。傭兵以前に、生殺与奪の権利は誰しもが自ら持つべきものだからだ。


(このコードネームの欠点だな)


 敵を探して殺すことは長けているコードネームが故に、敵を殺さなくてはならないという縛りを受けている。


 好き好んで人を殺す依頼ばかりを受ける傭兵はそれなりにいるが、たった1人で大規模に殺し回るのは良くも悪くも「ダブルテイル」だけだ。


 強く凶悪で人を食うようなバケモノという評価は、あの神官の目論見通りに殺しの依頼を多く集める。


 だからこそ、その評価を否定することは出来ない。


 その都合があるからこそ、ダブルテイルは信用されることなど殆どない。そもそもコードネームからして敵意と害意の塊だ。


(埒が明かないな)


「あなた方がそれを知る意味はない。知ったところでどうにもならないはずだ。あなた方では私には勝てない」


「だからと言って、命を簡単には捨てられないだろうが」


 諦めろと言ったら無理だとキレられた。当然すぎて何も言えない。

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