第7話
中央棟の内部では電力を確保できているようで灯りがついていた。
なぜ電気系が生きているのかは分からないが、少なくとも動力となる物があるはずだ。そしてその動力源はきっとロクでもない物のはずだ。
ダブルテイルは比較的綺麗な道を選んで奥へ進んでいく。
ここを拠点としているのならば生活圏はきっと綺麗に保っているはずだからだ。仮に奴らに片付けという概念が無かったとしても、わざわざ汚す理由はない。どんなに片付けが出来なくとも、道の隅にまとめることぐらいはするはずだ。
だから綺麗な方を選んで進むだけで良い。
そうやって道を選んでいると、やがて地下へ続く階段が目の前に出てきた。
わざわざ日当たりの良い上層ではなく地下を生活の拠点にしている。
この先の光景を想像したダブルテイルは急激に心が冷えていく。
それからコツコツと靴の音を鳴らしながら階段を下っていくと、階下から1人の男がフラりと現れた。
猫の耳と尻尾が見えた。男のカノークスだ。そしてこんなところに居るのだから確実に敵だ。
ダブルテイルは階段を飛び降りながら、剣で男の喉を突き刺す。
バランスを崩した男を踏みつけながら着地し、男の喉に刺さった剣を横に引き裂くように引っこ抜く。
一言も発させずに殺したが、如何せん落下の衝撃は思ったより反響して広がった。
ダブルテイルは即座に地下フロアをざっと見回すが人影はない。
それから周りを警戒しつつ、今しがた殺した男を観察する。
武装の類いは無く、上裸。
入り口に居た男に全てを丸投げしていたのだろう。
興味を無くしたダブルテイルは一番綺麗な道を選び、また歩き始めた。
地下2階。
全体的に綺麗だった。そもそも地下に入ってから奥へ進むほどに綺麗になっていっているため、途中からは感覚で進んでいた。
それでも地下2階を選んで降りたのは、ダブルテイルが考えていた物がここにあるはずだからだ。
そのためこの地下2階はしらみ潰しに全て調べるつもりで、ダブルテイルは躊躇無く一番近くの扉を開ける。
男が1人ベッドで寝ていた。
さっき殺した男と同じ種族のカノークスだ。
さっきの男と同じように、喋らせず、しかし騒ぎを起こさないように殺した。
それから部屋を見回すが特に気になる点もなく、すぐに次の部屋へ向かった。
4個目の部屋に手を掛け、扉を開く瞬間。ダブルテイルの心は完全に凍った。
扉の隙間から聞こえる声と音に殺意が沸いた。
それから扉を開き、想像通りの景色が目に映った瞬間、即座にそこに居た2人の男を殺した。
大きめのベッドに2人の男の血が散り、染みになっていく。
「敵は全員殺した。あなたはどうしたい?」
ダブルテイルは殺した男の死体をベッドから蹴り飛ばし、そこに埋もれていた1人の女に語り掛けた。
服と一緒に尊厳を奪われ、徹底的に心を折られた女。
背中、腰に近い位置から種族的な翼が生えている。
翼のビークス、サスマリィだ。それも特に珍しい白鳥種。
本来なら最も美しいと称される白い翼と色素の薄い髪の毛は汚れており、身体は…言うまでもない。
そして首には厳つい首輪がつけられている。
魔力拡散効果のある首輪。つまり奴隷の首輪だ。
体内の魔力量が身体能力に影響するため、これで力を削るというシロモノだ。
ただ、一般的な奴隷の首輪とは異なり、首輪に線がくっついており、その先が壁に食われている。
魔力を拡散させるのでなく、その魔力を有効活用しようという目論見が見受けられる特殊な首輪。
大昔の、この移動式小型要塞が猛威を振るっていた時代に、捕らえた敵を有効活用するためにある首輪。つまりこの移動式小型要塞の動力源にするための首輪。
どうやら現在では発電機として飼われているようだ。
胸くその悪いことだ。
その女のサスマリティは、ゆっくりと虚ろな金色の瞳をダブルテイルに向けると、何も口にせずポロポロと涙を溢す。
ダブルテイルは自分の黒コートを汚れたサスマリティに掛けた。それから彼女が泣き止むまで待った。
長いような、短いような、ゆっくりとした曖昧な時間を過ごして、ようやく落ち着いたのか、ダブルテイルは泣き声混じりの感謝の言葉を聞いた。
まだ生きる希望は残っているようだ。良かった。
そう安堵してからダブルテイルは彼女と言葉を交わした。出身地、名前、そしてなぜここに捕らえられていたのか。
名前と出身地は問題なく答えてくれたが、捕らえられた理由は理路整然としておらず漠然とした説明しかされなかった。
だが彼女──クォーラに落ち度はなく、悪人ではないことだけは確実だった。
「クォーラ。私から離れないように」
「はい」
泣き止んだクォーラを伴って、ダブルテイルは残りの部屋を一つ一つ調べていく。
酷いものだった。ぶっ壊されたと思わしき女や、もう死に体の女。とにかくどこからか拐ってきたと思われる女がみな一様に首輪に繋がれていた。中にはまだ少女と言ってもよい者も居た。
そして奥まった部屋を押し開くと、黒の翼を持ったサスマリティの男が首輪に繋がれていて、見るからに憔悴しきっていた。
「ジーク!」
「あぁ、クォーラ…すまない。すまない」
クォーラがダブルテイルの後ろから飛び出して男に抱きついた。
男には片腕がなく、なんなら片翼も欠けている。見たところ食事すらまともに与えられはいない上、怪我している箇所に手当てなどされてはいない。
なにがあったのかは、聞く必要はないだろう。
地下2階の残りの部屋は、奴らの寝床と蓄えた資金が転がっていた。
寝床から綺麗な布地を回収し、解放した面々に服の代わりとして身体を隠すために渡し、それから地上に出た。
浮かない顔の女は張り手をプレゼントし、無理やり立ち直らせたため、比較的問題はなかった。むしろ問題はこれからのことだった。
「ギーツさん。奴らの魔動車が1台ありました」
ジークという黒翼のサスマリティが魔動車に乗りながらそう報告してくる。
ボロボロの体で動くべきではないが、傭兵ダブルテイルは他人の心配などしてはいけない。
しかし、いくらキツイ言葉と飛ばしたくもない殺気を振り撒いたとしても、死にかけの彼女らを助けて立ち直らせたという事実は揺るがないため、今さら手遅れ気味ではある。だがしかし体面はしっかり取り繕わないといけない。
(めんどくさいな…)
「1台しかないのか?」
「はい」
「はぁ…足りない。もっと探してこい」
ダブルテイルは乱暴に言い放つが、ジークは気分を害した様子はない。
「えぇ。分かっています。この魔動車はここに置いておきますね」
ジークを見送った後、ダブルテイルは比較的元気なクォーラに命令する。
「私は魔動車を回してくる。クォーラはここで彼女らを見ておけ、良いか? 勝手に逃げたら殺す」
一方的な命令を下し、ダブルテイルはゆるりと歩きだした。
正直、彼女ら被害者を放置するのは怖いし、気分が悪い。だが、傭兵ダブルテイルとしては彼女らのために走るなど論外だ。
だからゆるりと歩いた。門の方向にではない。
門の方向は道として綺麗に外まで見えてしまう。そうなっては彼女らの視線を切って走ることが出来ない。なので建物と建物の隙間、脇道に足を踏み入れた。もちろん魔動車のある方向へ一直線だ。
曲がり角を2度過ぎて、彼女らが知覚できないほど距離を開いたのちダブルテイルは走った。
ボロボロの内壁と外壁は穴だらけなため、どこからでも出ていける。ダブルテイルはあっという間に自分の魔動車にたどり着き、乗り込む。
それから門の方向へ急いで回して、彼女らが遠目に見えるようになると落ち着いて魔動車を運転し、目の前で止めた。
着いて早々、ダブルテイルは魔動車から自分の服を7人に分け与えて着替えさせた。いつまでもただの布をまとわせる訳にもいかない。
彼女らの着替え終わった姿を見て、ダブルテイルは僅かばかり申し訳無さを感じた。
ダブルテイルは胸がない。そのくせ身長が高いため、よく男と見間違えられる。そのためここにいる彼女たちとはあまりにも体格が異なり、ダブルテイルの服を着た彼女らはどこか窮屈そうで苦しそうにしている。
ダブルテイルは彼女らに背を向けた。
目の前にはダブルテイルの荒涼とした気持ちを体現するようにボロボロの都市が広がっていた。
その先で一台の魔動車がこちらへ近寄ってくるのが見えた。
◇
地下に再度足を踏み入れる。
他の面々は余裕のある人を保護者して上で待機させ、ジークという男のサスマリティを荷物持ちとして彼女らから引き離しておく。
「ギーツの人。これらはどういたしますか?」
目の前には奴らの食糧庫で、24名もの人員が1週間ほど食いっぱぐれを起こさないような量の保存食が並んでいた。
「は、よくもここまで溜め込んだ物だな。全て地上へ運べ、そして上で待っている奴らに食わせておけ」
命令を下してからダブルテイルは別の部屋へ入り、ならず者らの溜め込んだ資金を前にして笑った。
貴金属もチラホラ見受けられるが、だいたいが金でまとめられている。そして戦利品として自慢したいらしき魔石の山。
「全く……どれだけ奪ってきたのか」
そんな略奪で作り上げられた財産の中で、ひとつ目立つ物があった。
それは丁寧に展示されている1本の剣。
錆びや欠け、傷跡というものが一切ないが、しかし古めかしい香りを漂わせる剣。
装飾というものが全くない。しかしそのお陰で赤く煌めくような剣身がいやに目立つ片刃の剣。
ダブルテイルは今まで自分の魔力圧縮に耐えきれる剣を探して様々な企業の剣を触ってきた。それでも赤色の剣身を持つ剣など見たことがなかった。
興味の赴くままにその剣の柄を握る。
(ッ!?)
体内の魔力がその剣へ強制的に流れていった。
それは即座に砕け散ってもおかしくないだけの魔力。愛用している剣でも耐えきれない魔力量。
不味いと思いダブルテイルは剣の魔力をコントロールしようとして、そこで気付く。
(魔力が安定している…!?)
魔力は基本的に半透明だ。圧縮していくごとに黒く濁っていく。しかし目の前の剣は与えられた魔力を朱く、血のように紅く変色させており、圧縮による反発を起こしていない。
「なんだ…この剣は?」
ダブルテイルは困惑を吐露するが、頭の片隅では既に答えにたどり着いていた。
魔剣。
古代の遺物。未だ再現できない魔法具の一種。
「ん? …あ? ここどこ?」
ダブルテイルは突如響いた声に驚き、辺りを警戒するもそこには誰もいない。
「う、動けん…。というより、なに? は? 俺は…なに? え? FPS視点? VRゲームなんぞやった覚えはないんだが? いや、どちらかっつーとARに近いか…? いやいやいや、そんなことはどうでもいい」
ここまで騒がれれば流石に気付く。
「剣が喋っている…?」
「俺、剣じゃねぇーかよ! どーゆうことだ! えぇ!?」
それが魔剣アカツキとダブルテイルの出会いだった。
◇
「おー。これがこの世界の通貨か…金貨とかじゃないの夢がないなぁ…」
ダブルテイルが紙幣と貴金属を持ってきた麻袋に詰め込んでいると、腰に下げたアカツキがぼやいた。
「金貨か。あなたの…そのなんだ? 元いた世界では金を通貨としているのか?」
「いやいやいや、まさか。希少価値はあるけど金としては扱えないなぁ」
「ならばこの世界では金を通貨にしていると考えたのはなぜだ?」
「異世界のカネと言ったら金貨だ。ていう暗黙の了解的なものがあるんだよな」
「…? もしやあなたの世界では、別の世界を観測する方法でもあったのか?」
「そんなSFはないな~。ただのお約束みたいなものだよ」
魔剣アカツキ。彼…と言っていいのか不明だが、彼はこことは別の世界からやってきたと訳の分からないことを喋っていた。
事実として彼は、最初の混乱が落ち着いた後でダブルテイルの耳を見てひどく興奮したり、今のように紙幣に落胆したり世話しない。どうやら本当に何も知らないようで常識的なことを質問してくる。そして時々同じ言語を話していないのではないかと思うほどによく分からないことを口にする。
「それで、そもそもここってどこなの?」
「古代の移動式要塞だ」
「移動式要塞? なにそれ」
こうやって突然やってくる質問に答えを返す。まるで好奇心旺盛な人間の子供と話している気分だ。
会話をしているうちに、いつの間にかダブルテイルは資金を根こそぎ集め終わったことに気付き、部屋を出た。
「で? なんでこんな…遺跡でいいのか? に居るんだ?」
それは、と答えようとしてアカツキが先に口を開いた。
「人、人が死んでる!?」
ダブルテイルの目の前には、ここに来る途中で殺したカノークスの男の死体が目の前に転がっている。
「あぁ。私が殺した」
「へ? ワタシガコロシタ?」
「なにを驚いている?」
ダブルテイルはその死体をスルーし地上へ向かった。
「あぁそうだ。念のため先に言っておくが、ビークスにそのビークスの生き物の名前を呼ぶのは無礼だからやめておけ。私の場合は狼呼びになる」
「あ、え? はい?」
剣が狼狽えている。という訳の分からないことを考えつつ、地上へ出る。
日は傾いており、赤色が世界の大半を占めている。
視線を巡らすと解放した7人の女が日陰に集まっていて、なにかを燃やして出来た焚き火を囲みながら缶詰めを口に運んでいた。
それは決して和気あいあいとした和やかなものではなく、顔を涙などでぐしゃぐしゃにして、同じ苦しみを持ったであろう他の面々と寄り添い合いながら必死に口に放り込んでいるというような状況だ。
「な、なに…あれは?」
「見ての通りならず者の被害者だ。私が奪った。これと同じようにな」
ダブルテイルは肩に担いだ麻袋を揺らす。
「あー…つまりあの死人ってならず者ってこと?」
「あぁそうだな」
そうやって肯定するとアカツキは今までのお喋りをやめて黙りこくった。
なにを考えているのか分からない不思議な剣だ。
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