想い出すのは雪のせい

真紗美

第1話

『なんて綺麗な白い肌なんだろう。まるで雪のようだ……』

そんな褒め言葉と彼の熱いまなざしを想い出したのは、窓から白いものが舞い降りてきたせいだろう。初めて抱かれた夜に裕司ゆうじ紗希さきにそう言ってくれた。優しくて楽しい人だった。


「寒い寒いー!紗希ちゃん、雪降ってきたよー」

慌ただしく鍵を開けて、玲央れおはスーツ姿で部屋に入り紗希に抱き着いた。

「玲央くん冷たい。仕事は?またサボり?」

「休憩と呼んでくれ。おっ?美味しそうなミカン発見」

「会社クビになるよ。美味しそうなミカンでしょう、丸八の店主さんが通りかかったらくれたの」そう言うと玲央は苦い顔で手に取ったミカンをテーブルに置く。

「あの八百屋のおやじ紗希ちゃんに気があるんじゃない?いくつだっけ?」

「今年還暦って言ってた」

「還暦っていくつ?60?年の差20かー……あるっちゃあるかな?」

「バカね」紗希は笑って玲央を見る。今日は特に玲央が裕司さんに似ているって思ってしまう。きっと雪のせいだろう。

「俺の紗希ちゃん取ったら怒ってやる。ここは俺のオアシスなんだからさー」

「奥さんに怒られるよ」そう紗希が言うと玲央は申し訳なさそうな顔で「もう別れるから」って言いだした。

『別れたら紗希ちゃんと一緒に住んでいい?』何度か言われたその言葉。言われて嬉しくて、喜んではみたけど、それは言葉だけのものと紗希は知っていた。幼稚園の子供もいるから、玲央は奥さんとは別れないだろう。それでも1%の奇跡を求めてしまうのは罪だろうか。


「編み物してたの?」

「うん。グループホームに遠藤さんっていうおばあちゃんがいて、私の手編みのマフラーを褒めてくれたから、今度会った時に渡そうかなって思って」

「ボランティアじゃん。紗希ちゃんはえらいね」

「玲央くんは褒め上手だね」

そこも裕司さんにそっくりだ。

「褒め上手な俺に……紗希ちゃん!一生のお願いがあります!」

玲央はラグマットに土下座を始める。またお金の催促かな、一生のお願いも何度聞いたか。やれやれと紗希が財布を探して目で追っていたら、嵐のような勢いで女が部屋に入って来た。


「車があったと思ったらまたここに来て!おばあちゃんにまたお金たかってるの?おばあちゃんはあんたの財布じゃないんだからね」

紗希の孫であり、玲央の姉の綾香あやかだった

「裕司じーちゃんに似てるからって調子のんじゃないよ!紗希おばあちゃんの財産食い荒らすな!仕事行けや!」

「ねーちゃんこそ何だよ!口悪すぎだろ。俺はばーちゃんが心配で来てるだけ」

「私はお母さんにも言われているし、心から心配して紗希おばあちゃんを見に来てるの!あんたと違う!お前の土下座しっかり見てんだよ!」

子供の頃からお姉ちゃんに勝てない弟だった。そろそろ玲央に助け舟を出さなきゃいけないかなと紗希は思う。

「はいはい。わかったわかった。今回は玲央にはお小遣い渡しません。みんなでミカン食べてケンカはおしまい」


 紗希は口を尖らせる玲央と満足そうな顔をする綾香を見ながら、気にかけてくれている孫たちを見て心が温まる。

 玲央が紗希の手にミカンを渡してくれた。オレンジ色の小さな果物を両手に包み

『年の差20ってアリかしら?裕司さんやきもち焼いてくれるかな?』

 今年80になる紗希は心の中で裕司に語り掛けて笑顔になっていた。



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