小学生時代1
金曜日の給食の時間は、流行が遅れてやってくる田舎の小学校でさえみんなが知っているアイドルの、あまり有名ではない曲が流れる。
給食と掃除が終わったら、昼休みの時間だ。今日までに読んでおくのよ、と母親に言われた本を、みんなの声が外から聞こえてくる教室で
だけれども、金曜日のこの時間だけは、星哉は外に遊びに出ないで、教室で本を読むことに決めていた。
「星哉!」
「陽太」
名前を呼ばれて、星哉は思わず頬をほころばせながら手元の本を閉じた。机の中に本をしまっているうちに、陽太は前の席の椅子に座る。そして、交通事故でついてしまったらしい頬に大きな傷跡の残る顔に、にっと笑みを浮かべた。
「今日の曲、どうだった?」
「良い曲だったよ。少し切ない感じで」
「だろ⁉」
星哉の言葉に、陽太は嬉しそうに返事をした。
陽太は放送委員だ。毎週金曜日、給食の時間になると陽太の選んだ曲が流れる。だから毎週、陽太の好きな、テレビに今引っ張りだこのアイドルの音楽が流れる。
星哉は、音楽に疎い。流行の曲だってほとんどわからない。毎日学校が終わった後は習い事や中学受験のための塾があるし、家ではニュースしか見ない。母親がニュース以外を見るのを禁止しているからだ。だから、陽太が流す曲も、いつもわからなかった。周りの子が今日はファイブスターズの曲なんだね、なんて話していても、アイドルの名前であることこそわかっても、ただ、それだけだった。
はじめは、金曜日の放送委員が同じクラスの陽太であることすら知らなかった。星哉はあまりみんなと騒がずひとりでいることが多い。外で遊ぶのだって好きだし、騒がしいのも嫌いじゃないけれど、母がやりなさい、と渡してくるドリルであったり、読書であったりをしようと思うと、どうしたって学校の休み時間にやらないと終わらないからだ。対照的に陽太は、皆の中心にいるようなタイプだ。顔に傷は残っているけれど、明るいし、卑屈っぽくもないし、皆に優しい。運動だって得意だ。そんな陽太がファイブスターズのファンであることも星哉は知らなかったし、それどころかほとんど話したこともなかった。
星哉が陽太と仲良くなったきっかけも、ファイブスターズの曲だった。
ピアノのイントロが、素敵な曲が流れた日があったのだ。柔らかいピアノの切ないイントロが流れたと思えば、続いたのは温かみがあるのに胸が締め付けられるような男性の声だった。いやいやながらとはいえ、ずっとピアノを習っているからなのか、それとも歌声がよかったからか、理由なんてわからないけれど、良い曲だ、と星哉は思った。そしてぽつりと呟く。
「この曲って、誰が流してるんだろう」
「金曜日って陽太くんじゃなかった?」
ほら、あそこの席の、と目の前に座る女子に言われて目を向ければ、確かにその席は給食のまだ早い時間なのに空席になっていた。学校を休む子だっているし、早く食べ終えて他のクラスに遊びに行く子もいるから今まであまり気にしていなかった。
彼が教室に戻ってきたのは、次の授業まで五分の所だった。聞いてみるなら今だろうと思って立ち上がる。
「ねぇ、中田くん」
「ん、なに?」
爽やかな笑顔だなと思った。あまり話したことはないし、どうしても顔の傷に目がいってしまうけれど、話しやすいし性格も良いし、女子に人気があることはなんとなく知っている。
「あのさ、今日のお昼の曲流したの、中田くんなんだよね」
「うん、そうだけど」
「なんか、良い曲だなって思ったから、曲名が知りたくて」
星哉がそう言った瞬間、陽太の目がキラリと輝いた。ズイ、と陽太が身を乗り出す。
「もしかしてファイブスターズ好き?」
その勢いに少しだけ気圧されるようにしながら、星哉は答える。
「えっと……僕、全然知らなくて。ファイブスターズって、アイドルだったよね」
「うん、そう!」
今日流した曲は、ファイブスターズのシーズン、っていう曲なんだ、と陽太は続けた。
「この曲自体はカップリング曲であんまり有名じゃないけどさ。俺、大好きなんだ」
「うん。……良い曲だと、思った」
「本当? うれしいなぁ」
ちょっと待って、の言葉と共に机の中から出てきたのは一枚のCDだった。そこには、五人の男性が写っている。
陽太はそれをずい、と星哉に差し出した。
「ほら」
「え?」
「貸すよ」
「え⁉」
そんなの悪いよ、と星哉は返そうとした。借りたって、ゆっくり聞く時間はきっとないだろう。それに母親にバレたら、勉強しなさい、と怒られるに決まっている。だが陽太は、いいから、とそのCDを星哉の手に持たせた。
「返すの、いつになっても大丈夫だし。聞いてみてよ。それで興味持ってくれたら嬉しいからさ」
「……わかった」
手の中のCDを星哉は見つめた。名前も一致しないけれど、かろうじて見たことのある五人がそこには並んでいる。
借りたCDを家に持ち帰って、母が帰ってくる前に聞かないと、と思ってプレイヤーに入れて曲を流した。歌詞カードを広げて曲を聞く。二回目のはずの曲は、なぜだが一回目よりもより星哉の心に染みるように聞こえて、そっと歌詞に目を落とす。歌詞もいい。なんだか優しくて、けれど押し付けがましくなくて、安心する曲だ。
「いい曲」
そっと微笑んで、星哉は呟いた。
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