「宇宙」か「仮想宇宙」か。それが問題だ。

 世界一の富豪イーロン・マスクは電気自動車を製造販売するテスラ社の他に、宇宙事業であるSpaceXを経営している。マスクの言によればSpaceX社は「火星移民計画」を究極の目標としている。


 これほど遠大で大規模投資を必要とする事業に、マスクはなぜ私財を投入して邁進しているのか?


 その姿勢にはザッカーバーグのメタバース事業に賭ける姿が重なって見える。


 一人は「宇宙」に賭け、一人は「仮想宇宙」に賭けている。これは単なる偶然か? それとも何かの共通性が存在するのか?


 どちらも類まれなる先見性を誇るカリスマ経営者であることは言うまでもない。彼らには常人には見えない「未来」が見えているのではないか? そうだとしたら、それは何か?


 金持ちの道楽とか、気の迷いではなく、稀代のビジョナリーたちが一世一代のビジネスチャンスを見抜いているという前提で、「それが何なのか」を考えてみよう。


 まずは、ザッカーバーグのメタバースだ。


 本稿の第1話で、ザッカーバーグは「毎年100億ドル」をメタバース事業に投資すると宣言したことに触れた。1ドル=160円換算なら「1兆6千億円」である。それを毎年。


 話半分だとしても途方もない金額である。


 そして、実際に2023年第2四半期の決算を見ると、37億ドルの営業損失を計上している。年間100億ドルははったりではない。売上をはるかに上回る資金を研究開発やインフラ構築に振り向けているのだ。


 メタバースにそれだけの価値があるのか?


 ザッカーバーグは「ある」と見ている。それはなぜか。


 世間一般とは見ているものが違うのだろう。凡人には見えない「未来」をザッカーバーグは見ている。


 つまり、メタバースとは「インターネット上に構築された仮想空間にアクセスし、アバターを操作して現実世界と同じように動き回る体験を提供するもの」などではないということだ。それでは単なるSNSと変わらない。


 に「年間100億ドル」も金をかけるわけがない。


 ザッカーバーグはを企んでいる。大丈夫です。陰謀論とかじゃなくて、あくまでも比喩ですから。


 メタバースとは「インターネット上に構築された新しい世界」のことであるはずだ。そして、「現実世界でできることは、(すべて)メタバースでもできる」という状態を目指すものだろう。


 単なる3Dゲームやアバター体験を提供するような浅薄な環境とはまったく異なる。


 そこでは


 遊びがあり、教育があり、仕事がある。コミュニケーションがあり、アクティビティーがあり、クリエーションがある。消費があり、流通があり、生産がある。文化があり、経済があり、享楽がある。


 そして可能な限りの手段において、犯罪を防止する。


 メタバースとはそういう「世界」ではないか?


 ちょっと待てと言う人がいるだろう。

 他のことはともかく「生産」はないだろうと。そして、生産が欠落していたら「世界」として甚だ不完全だ。


 だが、メタバースでも生産は可能なのだ。それについては次話で語ろう。

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