ムラタの現実世界奮闘記
アオダヌキ
第1話 奮闘1日目
「私、追われてるの」
夕食の食卓。姉さんが神妙な面持ちでそんなことを言った。
皆が一瞬箸を止めた。
それもつかの間、またかと箸を進め始める。
いまさら驚くべきことでもない。
彼女は弱冠18にして未だに厨二病を患っている痛い子なのである。
彼女は幼い頃から頭のおかしい言動が多かったらしい。中学の頃には自分を「私は異世界から帰還した戦士だ」とか言ってわーきゃーと騒いでいた。
さすがにもう慣れた。慣れてしまった。生まれながらの厨二病。生まれながらの変人。それが我が姉。ムラタサキ。
バトルもの深夜アニメーションでも見て影響されたのだろう。
「はいはい、わかったから落ち着いて食べなさい」
母さんももう何度目かのわからないこの発作になれたようで。姉さんを軽くいなして食事に戻っている。さすがである。
姉さんは少しムッとした顔をしながらも、口を開けたまま言いかけた何かを白米と一緒に飲み込んだ。
不穏な目つきをしているのが妙に気にかかったが、まあ気のせいということにして置こうじゃないか。
姉さんの言動なんて一々気にしていたら身がもたない――。
その夜、いつものように自分の部屋に戻ると、すぐに課題に取り掛かる。姉弟どちらかがダメだともう片方はしっかりするものなのだ。
さっさと課題を片付け、日付が少し過ぎたあたりで布団に潜り込んだ。特にいつもと何も変わらない普通の一日が終わった。
〇
翌朝、リビングに降りると、妙な静けさが漂っていた。
険しい顔をしている母さんに何かあったのかと尋ねる。
「――サキがね、家出したみたいなの」
少し間をおいて抑揚のない調子でそんな回答が返ってきた。
「……またどっかで遊んでるだけでは」
そう言ってまたか、と肩をすくめる。
たまにあるのだ、こういう奇妙であほな行動。いわゆる奇行。そして半日もすれば、何事もなかったかのように帰ってくるのがオチ。
心配なんてした方が負けなのだよ。
「――いや、今回はいつもと少し違うっぽいの」
母さんが紙切れを差し出してきた。
『少しばかり家を空ける。弟よ、貴様も気をつけろ』
んー。確かにおかしい。
何がおかしいって、手紙を残していることがおかしい。いつもの姉さんならこちらのことなどお構いなしに行動するのに。
それに何を気を付ければよいのだろうか。明確にしてから家出してほしいものである。母さんが何か言おうとしたとき――ピンポン、と玄関のインターホンが鳴った。
「出るよ」
玄関のドアを開けると、立っていたのは驚くほどの美女。しかも外国産。生物としての格がちがう。
身長は俺よりも頭一つ分高く、瞳は鋭く青い。長いブロンドの髪が朝の光を受けて輝いている。白いシャツに黒いジャケット、スラックスという、いかにも想像通りのバリキャリの様相。
「どうも。私はナタリー。サキをだせ」
異様に目を引くそのモデルのようなスタイルにくぎ付けになっているとその女性――ナタリーは、流暢なタメ口で話しかけてきた。
「姉さんですか?」
怪訝な顔をすると、ナタリーは微笑みもしないまま、すっとポケットから何かを取り出した。
黒いカードのようなもので、そこに刻まれたロゴや英語の文字は、一見して何かの政府機関を思わせるものだった。
ああ。なるほど。
「ええ。サキに会わせてもらえるかしら」
笑ってはいけない。彼女もそうなんだ。ナタリーさん、こんななりして、患っているのだ。残念美女だ。
「今留守なんですけど……」
そう答えると、ナタリーは顔をじっと覗き込んできたかと思うと、ふうっとため息を吐いた。いい匂いだ。
「――そう。では、あなたに話を聞く必要があるわね」
「ええ、自分ですか?」
ナタリーは一歩踏み込んできた。その目が、何かを含んでいるのを感じたとき、背筋が少しだけ寒くなった。
〇
彼女に案内されたのは高級喫茶店。学生には手が届かない場所だ。
二人席の対面に座ったナタリーは、席に着くや否や俺に妙な質問を次々と投げかけてきた。
奢ってくれるといわれ。ホイホイついていった自分にも非があるがさすがに面倒くさい。
「サキは普段、どこへ行くのか」だとか「誰と会っているのか」だとか「最近変わったことはないのか」だとか知ってるはずがない。
「そんなこと聞いてどうするんですか」
そう食い下がると、ナタリーは少しだけ笑った。今まで無表情だった彼女が、初めて何か感情を見せた瞬間だったが――それは、明らかに不気味だった。
「君――いや、ムラタくん、別に私はあなたの敵じゃない。ただ、少しだけ知りたいの。彼女が今どこにいるのか。そして彼女が、"能力"をどう使っているのか、とかね」
「はぁ、能力……」
白い目でナタリーをみつめる。だがその瞬間、店の呼び鈴が鳴り入り口から筋骨隆々なスーツ姿の男たちが続々と降りてきた。
「ムラタくん、悪いけど、あなたにも来てもらう必要があるわ」
そう言ったナタリーが静かに手を上げると、男たちは一斉に俺を取り囲んできた。さすがに状況が理解できない。抱えられて無理やり連れられる俺。助けを呼ぼうと店内を見るがいつのまにか誰もいなくなってる。その間にもナタリーは冷静に状況を指示しながら、車に乗り込むよう俺に促す。
「ちょ、ちょっと待てっください。自分、ただの高校生ですよ 」
叫んで抵抗する俺を見下ろしながら、ナタリーは一言だけつぶやいた。
「君がただの高校生なら、こんなことしないわよ。でも、彼女の弟なら話はべつ」
その言葉の意味を理解する暇もなく、俺は車に押し込まれた。
ムラタの現実世界奮闘記 アオダヌキ @aodanuki726
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