祭りのあと #6
クリスマスが終わると、あっという間に正月準備が始まる。
師も走るとはよく言ったものだ。
クリスマスツリーは早々に撤去され、慌ただしく正月飾りに彩られていく街を見て宇佐美はため息をついた。
家族のいない自分には、あまり実感がわかない季節の風物詩。
ただ、今までと少し違うのは、いないと思っていた身内の1人から、時折手紙が届くようになったことだった。
川島裕子と書かれた送り主の名前。
宇佐美にとっては唯一の従兄弟だ。
「夏に避暑も兼ねて遊びに来てくださいだって」
――昼下がりのカフェテラス。
当直明けで、まだ少しぼんやりした頭で外を見ていた野崎は、宇佐美にそう言われて封筒を手にした。
中から一枚のクリスマスカードが出てきた。
3人の男の子と一緒に写る裕子の写真が添付されている。
ヤンチャそうな子供たちだが、なんだか楽しそうだ。
嬉しそうに笑う野崎の横から、白石も覗き込んで言った。
「へぇ……美人だな」
「子持ちのバツイチですよ」
宇佐美の情報に白石は「へ~い」と野崎の肩を叩いた。
「チャンス到来」
「……そんな気ないって」
野崎は苦笑すると、カードを封筒に戻した。
「何か変化ありましたか?」
宇佐美にそう聞かれ、野崎は視線を向けると「いや」と小さく首を振った。
「毎晩電飾付けて、オモチャの位置も写真に撮って確認したけど……動かした形跡はないし、何も――変化なしだ」
「触らずに見てただけじゃないか?」
「ならいいんだけど……」
野崎はそう言ってため息をついた。
「リアクションがないのは寂しいな」
「見えないだけで、きっと喜んでたよ」
白石に慰められて肩を竦める。
そんな野崎の様子を、宇佐美は黙って見つめた。
「まぁ……子供は気まぐれだし、ツリーは片付けたけどオモチャはそのままにしておこうかと思ってさ。でもお菓子は放置できないから、これは俺から君たちへのプレゼントだ。受け取ってくれ」
そう言って、持ってきた紙袋から長靴に入ったお菓子のセットを取り出して2人の前に差し出した。
2人は嬉しそうに手に取ると笑った。
「こんなお菓子貰ったの、ガキの頃以来だ」
「このまま持って帰るの、ちょっと恥ずかしいな……」
「孤独なオッサンから寂しいオッサンたちへ。俺の愛を受け取ってくれ~」
その台詞に2人は爆笑した。
笑いながら、宇佐美が手にした赤いブーツを眺めていると、ふいに何かが靴に当る感触があった。
コツン、コツン—―と、叩くように当っている。
「でもさ。ひとつ気になることはあって—―」
野崎はそう言うと、笑うのをやめて真顔で言った。
「置いてあったオモチャが一個無くなってるんだ。ツリーの根元に置いてあったのに、今朝片付けた時に無いんだよな……どっか蹴っ飛ばしたかな?」
「どんなオモチャ?」
白石に聞かれ、野崎は少し照れたように言った。
「それが――ミニカーなんだ」
「ミニカー?」
白石が驚いた顔をした。
「女の子だけど、何が好きかなんて分からないし……俺の姉はそういうの好きだったから、一個ぐらいあってもいいかと思って――」
そう言うと「気に入らなかったかな?」と苦笑した。
「――」
話を聞きながら。
宇佐美は自分の足元にそっと目をやった。
黒い、小さな影が、自分の足元に座り、何かを手で動かしている。
床の上をこする様に動かして、コツンコツンと靴に当てている。
宇佐美の視線に気づいて、彼女が視線を向けた。
「あ……」
宇佐美は思わず小さな声を漏らした。
黒い影が取り払われ、花柄のワンピースを着た幼い少女が姿を見せたのだ。
肩までの髪を揺らし、大きな目でじっと宇佐美を見ている。
その手に――小さな車を手にして笑っていた。
笑いながら、嬉しそうに宇佐美の方へ差し出してくる。
「どんなミニカーよ」
「パトカーなんだけど……やっぱり、もうちょっと可愛い車の方が良かったかな?」
そう言って野崎は頭を掻いた。
「そんなことないですよ」
ふいに宇佐美がそう言うので、2人は視線を向けた。
宇佐美は微笑むと、足元から拾い上げたそれを、そっと野崎の前に差し出した。
「案外、一番気に入ったのかもしれませんよ。持ち出して遊ぶくらい」
「あ!それ――」
野崎は驚いて目を開いた。
どうしてここに!?という顔をして宇佐美を見るが、すぐに何かを察知して、息をつく。
「ぬいぐるみやお菓子よりも、コレが一番嬉しかったみたいだ」
宇佐美の手からミニカーを受け取り、野崎は照れたように笑った。
「お父さんの仕事、分かってるね」
白石に言われ、
「さすが……俺の子」
と呟く。
ホッとした空気に包まれ、3人は穏やかに店を出ようとした。
その時――
白石がふいに入り口で立ち止まり、通りの向かい側をじっと見つめた。
その視線に気づいて、野崎も目を向けてハッとする。
「ゴメン。先行ってて」
白石がそう言って店を出ると、通りの向こうへ走っていく。
「誰ですか?」
宇佐美がそう聞いた。
「……別れたパートナーだよ」
「あ……」
一波乱ありそうな予感に、いけないと分かってはいるが――
2人はこっそり後を追った。
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