祭りのあと #5
12月24日。
今年のクリスマスは週の半ばにあり、人手が分散するのではないかと思われていたが――
そんなことはお構いなしに、夜の街は大勢の人で賑わっていた。
駅前のイルミネーションを見ながら、そぞろ歩くカップルや飲んで騒ぐ若者たち。
家族連れの姿も散見できる。
学校が冬休みに入ったせいだろう。
「クリスマスイブに当直かぁ……ま。別にいいけど」
白石は開き直ったようにそう言って、不貞腐れたようにデスクに頬杖をついた。
「今年のクリスマスは寂しいシングルベルだぁ」
「古ぅ……」
野崎はそう言って笑った。
「あれ?お前、今日当直だったの?」
「今頃気づいたの?」
野崎はそう言うと、呆れた顔して白石を見た。
「代わってあげたんだよ。四月に子供が生まれた奴いたろ?初めてのクリスマスくらい、一緒に過ごしたいだろうと思ってさ」
「いい上司だなぁ」
「俺も寂しいシングルベルですから」
と言って、己の自虐に苦笑する。
「でも今年のクリスマスは、それなりに盛り上がってるんだぜ」
野崎はそう言ってスマホを取り出すと、自宅のリビングを写した動画を白石に見せた。
そこには、子供の背丈ぐらいありそうなクリスマスツリーが置かれていて、青く光ったり赤く光ったりしている。
その足元には、大きなクマのぬいぐるみや、女の子が喜びそうなオモチャやお菓子がたくさん置かれている。
「宇佐美に見せたら大笑いしてた。『やり過ぎじゃないですか?』だって。そうか?」
「まぁちょっと……サンタクロースご乱心って感じだけど。でも、子供だったら喜ぶんじゃないか?」
「喜ぶ姿は見えないけどな……」
事情を知ってる白石は何も言えず、ただ黙って肩を竦めた。
一時は落ち込んでいたようだが、最近は吹っ切れたのかこういう話題を自ら進んで話すようになった。
同じくらいの子供の姿を見ると、嬉しそうに目で追うこともある。
幽霊でもいいから会いたいと願うのも、親心だろう。
「ウサギちゃんに呼び寄せてもらえばいいのに」
「うまくいかないのは【死神事件】で立証済みだろ?アイツの力も万能じゃないんだよ。本人曰く『使えない能力』だって」
「でも、聞きたくない声も聞こえちゃう能力は辛いよな。お互い良い事なさそうだもん」
白石はそう呟くと、少し気まずそうに俯いた。
「俺、もしかしたら聞かれたかも……なぁ、お前は一緒にいて怖くないの?自分の本音……聞かれたらどうしようって」
野崎はパソコンを叩きながら苦笑した。
「いつも聞こえるわけじゃないって言ってるけど、いつ聞かれるか分からない恐怖はあるよ」
「宇佐美のこと好きなのバレちゃうもんな」
その台詞に野崎は手を止めると、「あのさ」と呟いた。
「お前も神原先生も、そうやって煽るけど……俺は別にアイツを好きなわけじゃないよ」
「けど気になるんだろう?」
「放っておけない。弟みたいな感じでね」
あぁ……と、白石は意味深に笑うと、「兄弟愛ってこと?体よく逃げたな」と呟いた。
「けど宇佐美はそうは思ってないかもよ?」
「……」
「普通、女捨てて男選んだりしないだろう?逆にお前がイギリス行くって言ったら、絶対ついて行ったぜ。お前の方に」
「――」
野崎は、パソコン画面を見つめながら、無言でキーを叩き続けた。
「お互い、本音が聞こえあったら面白いのにな。余計な駆け引きしないで済む」
「それじゃ面白くないだろう。本音を探り合うから面白いんだ」
「向こうは聞こえる能力があって、こっちは探る能力がある――どっちが先に主導権を握るかな?」
面白そうに笑う白石に、野崎は顔をしかめた。
「俺に聞かれて困る本音なんてねぇよ。アイツの前では思ったことは口にするようにしてる。聞かれるより先に言っちまえ!って」
その言葉に白石は声を立てて笑った。
「先手必勝かぁ。でもお前、もともとそういう所あるもんな。デリカシーに欠けるっていうかさ」
「人聞きの悪い事言うなよ……ウソがつけない正直者って言ってくれ」
――くだらない雑談に笑いあう。
今が束の間の静寂だと分かっていても。
このまま、何事もなく朝がくればいいが……と、聖なる夜に祈りながら、野崎は時計を見た。
「日付が変わったな」
「25日か……メリークリスマスだな」
苦笑する白石に、野崎は「んじゃ、これ。俺からのプレゼント」と言って、書類の束を差し出した。
「それ、朝までに仕上げといてな」
「えぇ――!?」
「メリ~クリスマ~ス」
野崎はそう言って、笑いながら部屋から出て行った。
「あいつ鬼かよ!」
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