祭りのあと #3
「ほら。ちゃんと歩け」
「うんうん」
野崎に肩を借りながら、タクシーから降りた白石は、そのまま引きずられるようにマンションのエントランスに入った。
エレベーターで8階まで上がり、肩を組んだまま廊下を歩く。
あの後。
結局、店で食事を終えた宇佐美はそのまま帰り、そのあと野崎と白石は再度店を変えて飲みに行った。
途中まで意識を保っていた白石だったが、酔いつぶれて終電を逃し、仕方なく一番近かった野崎の自宅マンションまで行くことになったのだが……
「しっかり歩けよ。あと少しだから」
「うんうん」
頷きながらも歩く気がない白石に、野崎は苦笑すると鍵を開けてドアを開いた。
「ほら入って」
だが、玄関先で躓いて倒れ込む白石に、野崎もつられて倒れ込むと、それがおかしくて白石は大笑いした。
「あははは~!痛ってぇぇ~!」
「バカ、静かにしろ!」
野崎は小声で叱責すると、慌てて体を起こして白石の腕を取った。
「ホラ早く立って」
「イテテテテ!」
腕を引っ張られて白石は悲鳴をあげた。
「うるせぇよ、今何時だと思ってんだ?いいから早く立てって!」
「あ~無理ぃぃぃ!!」
静かな共用廊下に響き渡る声に、野崎は慌てて白石の両腕を掴むと、そのまま家の中へ力任せに引っ張り込んだ。
「まったく……!飲み過ぎだろ」
玄関ドアを閉め、正体なく寝そべる白石を見て野崎はため息をついた。
仕方なく靴を脱がして部屋の奥まで引きずっていく。
さすがに女ではないので、担ぎ上げて寝室まで連れて行くのは無理だと悟り、ひとまず皺にならぬようジャケットとスラックスを脱がすと、それをハンガーにかけた。
「いやん、寒い」
と縮こまる白石に、「起きれるならせめてソファで寝ろよ」とぼやいた。
「抱っこして連れてってよ……」
「バカ言え。ギックリ腰になるわ」
「優しくないなぁ……ウサギちゃんには優しいくせに……」
寝そべったまま、自分を見上げる白石に、野崎は呆れたように言った。
「何言ってんだよ。俺は別に」
「宇佐美なら喜んで抱き上げるだろう?」
「……」
何も言わない野崎を見て、白石は笑った。
「お前、こういう時の嘘下手だなぁ……」
「お前と宇佐美は違うだろう?あいつは軽そうだけど、お前は」
「あーはいはい。体重のせいね。了解」
「……」
黙ったまま自分を見下ろしている野崎に、気まずさを感じて白石はムクッと起き上がると、はぁ……とため息をついて項垂れた。
酒の力を借りなきゃ、何もできない自分が無性に情けなくなって、思わず涙が零れる。
それを見た野崎が、「おい……」と呟いて、白石の傍に跪いた。
「泣くなよ」
「だって……」
「パートナーと別れて寂しいのは分かる」
「……」
「でも時間はかかるけど、ちゃんと立ち直れるから。元気出せって」
自分もその辛さが分かるから、そう言ってくれるのだろう。
野崎の優しさは痛いほど伝わるが、でも「そうじゃないよ」――と言おうとして、白石は言葉を飲み込んだ。
何も言えず。
黙って俯いたまま、すすり泣く白石の肩を、野崎は優しく撫でると、「立てるか?」と聞いた。
「そんなカッコで床で寝てたら風邪ひくから布団で寝ろ」
「……うん」
よろよろと立ち上がる白石を支えながら、自分の寝室に連れていこうとして肩に腕を回した瞬間、野崎は抱きしめられて思わず目を丸くした。
「おい!ちょっと――」
全体重をかけるように羽交い絞めにされて、咄嗟に足払いを掛けようとしたが酔っぱらい相手にそれはマズいと思い、やんわりと受け止める。
「重いよ、白石」
「……俺がお前の事好きなの、知ってるくせに」
「……」
耳元でそう囁かれて、野崎は「はぁ……」と息をついた。
「知ってるくせに……」
「うん。知ってるよ……」
野崎は頷く。
うわ言の様に、「知ってるくせに」と繰り返す白石の背中を、優しく撫でながら、何度も「うん。うん」と頷く。
白石が酔った時のこのくだりは、もうお約束の様なものだが。
いつもより熱がこもっているのは、パートナーと別れたせいだろう。
気の済むまで身を任せ――頃合いを見て野崎は言った。
「もう遅いから休め。俺のベッド貸してやるから。な?」
「……」
その言葉に、もたれかかるように抱きついていた白石は体を離すと、ぐったりと項垂れたまま頭を下げた。
「……ゴメン」
「いいよ、気にするな」
そう言って、野崎は苦笑した。
「――」
なぜか神妙な面持ちで自分を見つめてくる白石に、野崎を「ん?」と首を傾げた。
「どうした?」
「……気持ち、悪い……」
「え?」
「吐きそう……」
「は!?」
野崎はギョッとなり、慌てて白石の腕を掴んだ。
「ちょっと待て!」
そのまま、急いでトイレへ引っ張ていく。
「まだだぞ!まだ」
「も、ダメ――……」
「まだだってば!」
「あぁぁぁぁああぁぁぁあ———―!!!」
深夜のマンションの一室で、男の絶叫があがった。
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