祭りのあと #2

 店に入ると、奥にある個室へ案内された。


 先に来ていた野崎が「よぉ」と笑顔を見せる。

 その向かいの席には、珍しく白石がいて宇佐美は少し驚いた。


「あれ?白石さんも一緒だったんですか?」

 コートを脱ぎながら宇佐美が聞いた。


「ごめんなぁ。2人っきりを邪魔しちゃって」

 白石はそう言いながら両手を合わせると、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。

 2人は違う店で軽く一杯飲んできたようで、すでに少々酔いが回っている白石を、野崎が持て余しているように見えた。

「食いたいもん頼んでいいよ」

 野崎にそう言われて渡されたメニューを見ながら、宇佐美が迷っていると、個室の前を通りかかる店員に、「オネェさん、生ちょうだい」と白石が声を掛ける。

 それを見て、宇佐美は心配そうな顔をした。


「白石さん、結構飲んでません?大丈夫ですか?」

「まぁ、いざとなったら羽交い絞めにするから」

 本気なのか冗談なのか、よく分からない顔をして野崎が言った。


「なにかあったんですか?」

 異変に対して敏感な宇佐美に、野崎は肩を竦めると


「パートナーとお別れしたんだってさ」


 と呟いて、自分もグラスに残ったハイボールを一気に飲み干した。


 ここで言うというのが、男性だという事は宇佐美も知っている。

 以前、白石が打ち明けてくれたのだ。



 自分はゲイだと。



「わたくし!この度、7年付き合った男と正式に同棲解消致しました!」

 白石は敬礼のポーズをとって、勇ましくそう言い放った。

 かと思うと、今度は当然机に額を付け、土下座でもするように突っ伏して、「え~ん」と泣き出す。


 その様子に宇佐美が困惑し、野崎は「まぁまぁ」と頭を撫でながら、驚いた顔して入って来た店員から、ビールのジョッキを受け取って「ほら、ビール来たぞ」と慰めた。

 しおらしく飲み始める白石を見て、宇佐美は聞いた。


「どんな人だったんですか?白石さんのパートナーって。同業者ですか?」

「いや。消防士だよ」

 野崎はそう言うと、両腕を組んだ。

「俺たちって、消防と連携して動くこと多いから顔見知りも多くてさ。そこで知り合ったんだろう?確かレスキューの人だったよな」

「いい体してた」

 白石の合いの手に2人は笑った。


「彼もゲイだって言って付き合い始めたんだろう?」

「あぁ……けど、女と浮気した」

 白石は不貞腐れたように言って頬杖をついた。


「女と付き合うようになって、自分はゲイじゃなくてバイかもって言いだして……はぁ⁉って感じだろう?ならもっと早く言えよ!コソコソ隠れて浮気して」

「でも向こうが別れたくないって言ったんだろう?」

「あぁ。だからやり直す努力はしたさ!割り切って付き合おうって。けど無理だろう。女と1人の男を共有し合うなんて……できっこねぇよ!」


 声を荒げる白石に、野崎は「まぁ、そりゃそうだ」と頷きながら肩を竦めた。

「俺だって嫌ですよ。そんな関係性」

 宇佐美の言葉に白石は涙ぐむと、「ウサギちゃ~ん」と泣きついた。


「慰めて♥」

「え?」

 手を握られ、困惑する宇佐美を楽しそうに見ながら、「俺、ちょっとトイレ行くわ。もし暴れたらこれで殴っていいから」と、野崎は丸めたスポーツ新聞を宇佐美に託して席を離れた。


「ちょっと……」

 宇佐美は思わず狼狽えたが、白石は自分の手を握ったまま大人しく目を閉じている。


 いつもの、おちゃらけた雰囲気とは違って、本気で落ち込んでいる様子が見て取れた。


「ウサギちゃんの手、すべすべしてて、あったかいなぁ」

 そう言って、手を頬に摺り寄せる白石に、宇佐美は思わず「へ?」となって、手を引っ込めようとしたが……


 なぜか、言葉とはウラハラな声が聞こえてきて慌てて動きを止めた。





 ――でもで好きな奴にはこんな風に甘えられないんだよな……――






「……」

 宇佐美はじっと白石を見つめた。

 かなり酔っているように見えたが、実はそうでもなさそうだと気づく。


 


 その相手が、本当は自分ではなく――




「お。大人しくしてたか」




 そう言って笑いながら席に戻って来た野崎を見て、宇佐美は小さく笑った。

 そして、握られていた手で、そっと白石の手を握り返す。


 それに気づいた白石が顔を上げて、少しバツの悪そうな顔をした。

 手を離すと、


「宇佐美はいい子だな」


 と言って笑った。


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